第6話 異世界は繋がっている

 小森透は、実は内心焦っていた。


 もちろん、マイについてである。

 きちんと筋を通さないと一緒になれない。それまでは清い関係でいよう。

 でも、同居は仕方がない。世界の扉は閉じてしまったから、故郷に戻れないマイを放置するわけにはいかないから。


 そう心に決めたのだが。


 マイは既に有名人である。最初は商店街の人気者程度だったが、テレビで紹介されるやあれよあれよと話が大きくなり、ついた二つ名が『筋肉主婦』。いちおう素人枠でプロの芸能人扱いというわけではないが、こないだのハリウッド帰りの女優との『筋肉技能KAMUI』での一戦は凄かった。

 結局は同点・タイムはミリセカンドまで同じでドローとなったが、最後まで逆転に次ぐ逆転のシーソーゲームでハラハラドキドキの名勝負が続いた。番組は人々を釘付けにし、テレビ史上歴代2位となる視聴率58.9パーセントをたたき出した。

 いまだに名場面を再構成したハイライト特番が放送されているぐらいだ。

 それ以前にもマイをモデルにしたアニメが放送され、その主役声優を務めるなど、一部に熱狂的コアなファンがいた。アニメはコミックス化もされ、すでに50万部を超えているとか。

 その人気が、一気に世間一般に広がった。先日は女性誌のグラビアインタビューも受けていた。

 老若男女を問わず、幅広い世代から好感度が高い。


 今の時代はジェンダーフリー、バリアフリーだ。身長が3メートル近くあろうが、髪が緑だろうが、大した問題ではない。むしろ個性である。


 このままでは、マイが遠くへ行ってしまうかも。

 公称主婦だが、籍は入れていないし。


 そう、一緒に暮らしているうちに、透も強くマイに魅かれ、深く愛するようになっていたのである。

 人間離れした怪力とか、人間離れした速力とか、人間離れした食欲とか、人間離れしたアニメ声とか……。


 単に人外が好きなだけ?


 ま、まあ、それはともかく、透は焦っていた。とても焦っていた。


 世界の扉は16年に一度しか開かない。

 ということは、マイの両親に会えるのは16年後。

 それまでこの清い関係?

 透41歳。マイ37歳。

 それはなんぼなんでもあかんやろ~~~~~!!!!


 順番を間違えないというのは単なるマイルールに過ぎないのに、一度決めたことをなかったことにするのは透には出来ないことなのであった。

 堅いところはどこまでも堅い。それが透クオリティ。


 しかし、困った。一体どうしたらいいのか……。


 そしてついに思い切って。


「僕の田舎に行かないか?」

「え? 透さんの?」


 取り急ぎ、まずはうちの両親にきちんとマイを紹介しよう。


(お嬢さんを僕に下さい!)

 という感じで、本当はマイの両親のところに行くのが先だよなあ。でもいつになるかわからないし、まずはうちの親を固めよう。うん。外がダメなら内から!


 とはいえ、テレビである程度の事情は紹介されてしまっているので、マイも電話で母親としょっちゅうやり取りをしているくらいもうかなりフレンドリーになっている。

 今更といえば今更だが、父と母に正式に結婚相手として紹介する。

 そういうプロセスが大事だと思うのが小森透の性格であった。


「ぜひ、お願いします! でも、なんで透さんの方が先何ですか? 以前は、ウチに挨拶行くのが先って言ってましたよね?」

「いや、今でもそのつもりなんだけど。それは難しいから」

「え、なんでですか? いつその気になられるのかなあとずっと思ってたんですけど」

「え?」

「だって、いつでも行けますよ。うちの親のところは」

「え? え?」

「透さんのご実家の近くに住んでます」

「えーーー!!!!」


 聞けば、マイが透の家に行く際に一緒にこっちの世界に出てきたそうだ。

 早く言ってくれよ……と思う透であったが、自分が優柔不断なままマイにきちんと相談しなかったせいである。

 というわけで、次の土曜日、透の会社が休みなので二人は久々に透の故郷方面に向かうことにした。


 長距離の移動なので、あの近未来なトレーラーの出番である。

 このトレーラー、実は後ろのコンテナ部分がキャビンで、マイは座るか寝るかして乗り込む。

 一見運転台に見えるのはダミーだ。AIによる完全自動運転で走る。

 走行中は他の車を驚かせないように、ホログラムで運転手を投影する。


 コンテナキャビンで寝そべったマイと七並べをしながら、


(二人で七並べしても意味ないじゃん! いやそうじゃない! ぼくの苦悩は何だったんだ! 悶々としていた時間を返せ! あああああ!)


 と後悔しきりの透であった。前にも似たようなことを言っていたことがあるが、慎重な性格はなかなか治らないようだ。


 高速に乗って4時間余り。途中SAでお昼休憩をはさんだり、マイは狭い(マイ基準)キャビンでこわばった体を柔軟体操でほぐしてたら注目されたり、ババ抜きをしながら二人じゃこれも意味ないじゃんと透がセルフ突っ込みしたり、そうこうするうちに懐かしい里山の景色が近づいてきた。キャビンには窓がないが、モニターに外がリアルタイムで映る。切り替えるとナビになったりテレビになったりもするのだが。


 なお、北新山市を出発してからずっと1台のミニパトがついてきているのをマイは察知しているが、透は気が付いていない。マイも『ごくろうさま』と思うだけで、今のところスルーしている。


 高速を下り、山間を走る。狭いワインディングロードが続くが、自動運転は危なげなく通り過ぎていく。まれに対向車が来るが、わずかな空き地に寄って道を譲るのも上手だ。

 今どきのAIは凄いなあと素直に感心する透。

 最初にこのトレーラーに乗った時はおっかなびっくりだったが、今では安心してトランプに興じられるくらい、完璧な自動走行だった。


 やがて、透の家のある山を越え更に脇道に入った。マイは当初の予定通り透の実家を先にと言ったのだが、マイの家が先だと透が譲らなかったのだ。さすが堅物である。


 トレーラーが停車した。


「着きました」


 舞台ステージに早変わりするイベントカーのようにコンテナの片側が全面ばっくりと開き、二人は外に出た。透はともかくマイはこのくらい大きく開口しないと乗り降りが出来ないからだ。


「何もないけど?」

「隠蔽されてますから。ここが入り口です」


 ここが、と言われてもよくわからなかった。同じような林のとある隙間にマイが進んでいく。

 と、その姿が消えた。


「マイちゃん!?」

「大丈夫です透さん。光学迷彩です。見えないだけでいなくなったわけじゃありません」


 マイの声はすぐそこから普通に聞こえる。透も同じ場所に進む。


 いきなり景色が変わった。


 林の中は大きく開墾されており、結構な数の住宅が立ち並んでいた。マイと住んでいるロフトハウスによく似た作りでどの家も3階建て以上の高さがある。


 そして、その前に並んでいる身長3メートル前後の巨人たち。女性はマイ同様人間っぽい顔立ちだが、鼻がつぶれた鬼のような顔なのは男性陣だろう。

 そう、オーク9人がそこにいた。もはや褐色の肉の壁だ。

 透は完全に包囲されていた。


「パパ!」

「おう! お帰り! マイ! 思ったより早かったな!」

「私は思ったより遅かったけど……。パパ、この人が透さん。私の旦那様! ……になる人よ」

「あ、はい。初めまして。小森透です。って、マイちゃん、それは僕が言う約束!」

「あっ、そうだった! ごめんなさい! やり直し!」

「はっはっはっ! そんなことは改めて言われなくても、もともとそのつもりでマイを送り出したんだからな! こいつ、5歳の時から心に決めていたんだから!」

「あっ! パパ! それは言わないって!」

「おっとわしも口を滑らせてしまったな! はっはっはっ! これでおあいこだ!」

「誰と誰がどうあいこになるのよ! もう! パパったら!」

「はっはっはっ! して、小森君。君の口から、今日は何をしに来たのかあたらめて聞こうか?」

「は、はい。マイちゃんを、僕に、く、下さい!」


 マイのパパはオークでもひときわガタイがデカかった。腕1本だけで透ぐらいありそうだ。鬼のような形相でぎろりと見降ろされながら、透はかなりビビりながらも、言い切った。


「小森君、よく言った! だが断る!」

「えっ」

「パパ!」

「マイはモノじゃねえ! だからやるやらねえなんて話はしねえ! いいか、もうマイって真名マナを貰った時点で君と一心同体だ。わしの娘は☆★◇×??×〇●□◆■……だ。そしてそいつはもういない。今いるのは、小森マナ。君の奥さんだ!」

「えええ」

「ありがとう! パパ!」

「おう、とうに覚悟は出来てるよ。お前が5歳から出来ていたように! だから日本の先生にも来てもらったし、こんなハウスも用意してもらったんだからな! はっはっはっ!」

「はいはい、とりあえずお約束の『だが断る』ネタはこんなところでいいですね。今日はおめでたい日なんですから、早くハウスに入りましょう」


 マイに似た緑の髪の女性が割り込んだ。


「そうよね、ママ」


 この女性、やはりマイの母親であった。


「はいはい、お兄ちゃんお姉ちゃんたちも、みんな入りましょ。宴会の準備は出来てるから」


 オークたちと透、マイも座って入れる巨大な平屋。

 ハウスというより体育館みたいなフローリングの建物だった。

 その真ん中にこれまた超巨大な鍋。座った透目線ではキャンプファイヤーみたいな感じである。鍋を下から見上げているので何が煮込まれているのかさっぱりわからない。

 ちなみに天井には数基の換気扇、スプリンクラーも完備してあった。屋内の裸火への火災対策は万全である。


「小森君。いや、もう俺の息子だから、透でいいな! さあ食え! さあ飲め! 今日はめでたい!」

「あっ、はい。でも一応車で来たんですけど……」

「自動運転だろ!」

「それにまだ婚姻届けは出してないので、厳密にはまだ息子ってわけじゃ……」

「こまけーことはいいんだよ! まあ飲め! 話はそれからだ!」

「あらら、でも小さなコップがないわ。しまったわねえ」

「構わん! 男はこれでいけ!」


 ドン!


 目の前に樽に取っ手がついたものが置かれた。ちゃぽんと中身の赤い液体が波打つ。座った透の肩ぐらいまであるバレル樽。180リットル入る樽だ。どう考えてもコップではない。


「これ、重くて持てないです……。多分」

「おっとそうか。マイ! 介添えしてあげなさい」

「はい!」

「えええ!」


 パパ側につくのかよ! マイの裏切りモノ!


「んでは、マイの婚約と新たな家族、透を祝して」

「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」


 マイが少し持ち上げて傾けてくれた樽の端に口づけて、意を決して中身を飲む。


「あれ? ワインのようなブランデーのような? なんだろう。おいしい」

「それはな……」

「それはマイが5歳の時に漬けた×★■〇☆×■の実で作ったお酒よ。お父さんが、マイが結婚する時に飲むんだって決めてたの」

「おいママ、それはオレが言おうと思ってたのに」

「だって漬けたのはあたしとマイだもの。お父さんは見てただけでしょ?」

「そりゃオレは作り方知らんもん」

「あっ、パパ拗ねてる!」

「拗ねてねーよ!」

「マイが漬けたお酒……」

「日本でいえば梅酒みたいなものです。強い蒸留酒に皮つきの×★■〇☆×■の実を漬け込んで作ります。寝かせれば寝かせるほど色が濃いルビー色になります。×★■〇☆×■はブドウに近いですから、こんな風にワインにもブランデーにも似た味わいになるんです」

「そうなんだ」

「うふふ。マイは5歳から決めていたものね。透さんと結婚するって。だから、このお酒を漬けたの。本当は嫁に行くときに漬けて、結婚後16年後、32年後に飲む習わしなんだけど、もう16年待ったものね」


 そうこうするうちに頭の上の鍋から巨大な肉が取り分けられていく。

 透は手が届かないので、マイがサポート。

 これまた洗面器のような皿に、肉塊が乗っかったものが上から降りてきた。

 透はおそるおそる口にするが、柔らかくておいしい肉だ。いささか大きすぎるが。


「うん、口の中でほぐれて溶ける! おいしい! これ何の肉?」


 牛でもないし豚でもない。赤身だけど固くないし、筋もほとんどない。不思議な肉。


「ああ、里から持ってきたドラゴンの肉よ。冷凍庫にあと3匹ほどいるわ。オーク族の宴会と言えばドラゴンよね!」


 マイに似た若い女性オークがそう言う。お姉ちゃん?

 へえ、ドラゴンの肉なんだ……。って、ドラゴン!?


「おお、それはオレが捕ってきたエンシャント・ドラゴンだ! 結構デカかったけど、ガツンと絞めてやったぜ!」


 パパオークよりも小さい男性オークが応える。お兄ちゃん?


「あのー、皆さんは、マイのご兄弟さんなんですよね?」

「そうだ。オレが★■〇☆×■×■●■、こいつが〇☆◇□★■、それに◇□★■〇☆、あっちにいるのが□★■〇☆……」

「すみません! 聞き取れません!」

「もう、★■〇☆×■×■●■兄ちゃん! 透さんは日本人なんだから、日本語じゃないとダメって言ってるでしょ!」

「固有名詞はどうしようもないだろ!」

「仕方ないなあ。真名は駄目だけど、仮名カナをわたしが付けることにするわ。透さん、オーク族のハウスにようこそ。こっちがお父さんの太郎。それにお母さんの花子。お兄ちゃんの一郎、二郎、三郎、四郎。お姉ちゃんの松子、竹子、梅子。よろしくね!」


 雑! 名前雑! と透は思った。が。


「オレ一郎か。なんかカッコいいな! 野球選手みたいだ!」

「梅子ってキュートな響きよね! たしか戦隊ヒロインにもいたし!」

「そこは太郎だろう。いろんな物語の主人公がなんとか太郎じゃないか。原初にして究極の名だな!」

「でも、わたしたちの仮名、マイとは響きがだいぶ違うけど、いいの?」

「いいの、松子お姉ちゃん。わたしのは真名だから」

「そっか。ありがとう、素敵な仮名を」


 まさかの大好評!


「でも末っ子のマイが本当に一番に婚約するなんてね!」

「松子姉ちゃん焦ってるぅ」

「うっさいわ! 言い寄る男は多いけど、ビビっと来るのがいないのよ!」

「やっぱ異世界かなあ。マイいいなあ」


 いつしか宴会はヒートアップしていく。


 ここまで怒涛の展開で聞き忘れていたことを透は思い出した。


「ところで、このハウスとか、光学迷彩とか、日本の先生とかって、どういうことなんですか? 16年に一度しか世界は繋がらないんじゃなかったんですか?」

「おお、それはオレが話すより、外にいるあいつらの方が詳しいだろ。実際オレたちは使わせてもらってるだけで、詳しくは知らんのだ! おいお前ら! 外にいないで入って来いよ!」

「……お前ら呼びはないでしょ。さん」

「あれ? 交番の婦警さん!?」


 ハウスに入ってきたのは、ミニスカポリスな制服を着た景山かげやまかおりと三ツ島みつじま美薗みその


「どういうこと? なんで商店街の交番のお巡りさんがここに?」

「よくぞ聞いてくれましたのでーす!」

「問われて名乗るもおこがましいが!」

「街のキュートな婦警さんはかりそめの姿でーす!」

「しかしてその実態は!」

「「特殊移民対策協議会の秘密エージェント! 二人合わせてKKアンドMM!(でーす!)」」


 ちゅどーんとバックでカラフルな爆発が起きそうなポーズを決める二人。いろいろ見えそうなミニスカなのに全く見えないのは案外高等なテクニックのポージングである。


「出た! KKアンドMMの名乗り!」

「いよっ、今日も決まってるね!」

「やんややんや」


 ノリが昭和かよ……。


「で、その特殊移民対策協議会って? KKアンドMMって?」


 若干疲れた透であった。


「ふふふ、問われて答えるのもおこがましいが……」


 長くなるので要約する。特殊移民対策協議会、通称『特移対とくいたい』は超国家機関であり、異世界連結の解明と同時に異世界の住民との対話・交流を平和裏に進めている組織だ。

 異世界連結そのものは神代の時代から発生しており起源は不明だ。16年に一度というかなりの頻度で起きるため、異世界を行き来する者も多くいた。世界に残る神や悪魔、妖怪や妖精の伝説は異世界からの来訪者に遭遇した者の経験談が大元である。


 既に1800年代には彼ら『異邦人』を保護し、異世界の知識を得たり、あるいは婚姻を試みたりということが世界各地でひそかに行われていた。一部には軍事利用を考える国家もあり、実際第一次世界大戦で異邦人軍団が戦地投入され目覚ましい活躍を遂げた。その対抗策として特殊な化学兵器や細菌兵器が開発された経緯がある。戦後これらの反省から、異世界との平和と共存を理念に『特移対』が組織され、友好的な文化交流を軸に異世界との接触を進めている。


 現在、異世界連結の科学理論やデバイスの開発は既に済んでおり、まだ実験段階だが小規模であれば任意に異世界どうしの移動が可能になっている。が、なぜ16年に一度自然に起こるのかの謎はまだ解けていない。また、異世界がいくつあるのかも。


「異世界っていくつもあるの?」

「ありますでーす! いっぱいでーす! だからこんなハウスが世界各地にたくさんあるんでーす! いろんな異世界人が住んでるんでーす!」


 かおりと美薗はオーク族のハウスを離れたマイを陰からサポートするために派遣されていたのだ。


 ああ、あのあつらえたようなロフトハウスって、やっぱりそういうことか。ここのオークハウスと同じような作りだもんな。

 オーク族のマイが驚異的なスピードでご近所に馴染んだのも、『特移対』のおかげってわけか……。

 なんかおかしいとは思っていたけど、そんな超国家機関に監視されていたとは。


「あ、小森さん、勘違いしないでくださいね」

「え?」

「私たちはあくまでもサポート。マイさんや小森さんの生活に干渉はしません。マイさんが小森さんのところに来たのも、マイさんが有名人になったのも、全部お二人の自由意志です。わたしたちはお二人では解決が難しいようなことが起きた場合だけ、ちょっとお手伝いする立場です」

「そう、なんですか」

「はい。商店街で大人気なのもマイさんの人柄からです。大切にしてくださいね!」

「そうなのでーす。先輩のゆーとおりなのでーす。透さん、マイさんと末永くお幸せになのでーす」

「あ、はい。はい……。ありがとうございます」


 透は照れた。


「おーい、大体話は済んだかい?」


 ハウスの外から声が掛かった。


「おお、□★■×□★■〇☆。待たせたな。家族の話は終わった! みんな入っていいぞ!」

「「「「「お邪魔しまーす!!」」」」」


 どどどどと音を響かせてハウスに続々と入ってくるオークたち。

 すぐに部屋が一杯になり、壁が取り払われた。

 このハウス、屋根と柱だけ残してオープンに出来る作りだった。

 ハウス周りの庭に外した壁を寝かせ脚をつけると即席のテーブルになる。


「ハウスに入ったのか入ってないのかよくわからんが!」

「こまけーことはいいんだよ! さあて、ご近所の皆様! お披露目だ! この二人がうちのマイと小森透君だ! 今日は二人の婚約祝い! 改めて杯を上げるぞ! 声高らかにっ、ご唱和願いますっ!」

「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」」」」」」」


 もうみんな立食だ。透とマイは各テーブルを回って挨拶する。オークたちはでかくて見た目は怖いが、みんな気のいい人ばかりで透もすっかり馴染んでしまった。


 やがて日が沈み、LED灯篭の明かりがついても、星空の下でいつまでも、いつまでも宴会は続いた。



 翌日。


 二日酔いでガンガンする頭で透たちは出発した。見送りは花子ママと松竹梅お姉ちゃんズのみ。

 男オークたちは樽グラスを持ったまま芝生で寝ていた。太郎パパのほほには滝のような涙の跡がまだ残っていた。

 酔いが進んで、突然☆★◇×??×〇●□◆■……があ、おれの☆★◇×??×〇●□◆■……があと、大泣きに泣いたのだ。そして泣き疲れて眠ってしまった。


 ☆★◇×??×〇●□◆■……はもういない! と言ったのは、自分に言い聞かせていたのかもしれないと透は思った。


「いいお父さんだね」

「うん。パパ、ありがとう。絶対幸せになるからね!」


 父に毛布を掛け介抱するマイの瞳にもきらりと反射するものがあった。


 本当は昨日のうちに実家に行くつもりだったが、翌日になってしまった。昨日のうちに母親には電話で連絡は入れたが、仕事が日曜日も休みで良かった。今後オークハウスに行くときは連休の初日にすべしと固く心に誓う透であった。


 透の両親との顔合わせは特筆すべきことはなかった。そもそも家にマイが入れないので、玄関先で立ち話という構図になり、挨拶だけであっさり終わるしかなかった。食事も出来ないし。

 式の予定とか、細かいことはもっと先だ。

 両親とも婚約をとても喜んでいた。小森家には女の子がいないからか、透の母が特に喜んでいた。


「裏山に行ってみないか? マイちゃん」

「あの里山ですね! 行きます!」


 時間が空いたので、二人は透の家の裏山、二人が初めて出会った里山に向かった。


「この辺りでしたよね、月見草が咲いていたのは」

「今は季節が違うからなあ。他の草木に埋もれてよくわからないね」

「あの時はすっぽり草むらに隠れてたのに、いまでは私のくるぶしにも届きませんね。ふはは勝った!」


 雑草に勝利宣言するマイ。


「あ、あの小川!」

「マイちゃんがずぶぬれになったところだね」

「とおっ!」


 遥か手前からジャンプし、川を飛び越えるマイ。


「これで小川にも勝ちました!」

「勝負事、好きだね。マイちゃんは」

「人生はいつも勝負です! あっ、そういえば!」

「なに?」

「こないだテレビ局から連絡がありました。春の特番でまたソフィーと対決ですって」

「ああ、あのものすごい美人タレント……」

「ぶー!」

「あっ! 美人さんだけど、僕はマイちゃんの方が可愛いと思うよ!」

「なんか無理やりですが、透さんなので許します!」


 風がやさしく吹いた。


 見つめあう二人。

 自然に近寄り、やがて自然に唇を重ねた。


 いや、訂正しよう。自然ではない。

 透はマイに脇をがっちりホールドされて持ち上げられていた。


 でないと届かない。


「ん……」


 唇が離れる。


「マイちゃん……」

「透さん……」

「僕らはここから始まった。そしてここから始める」

「二人で、です」

「そう、二人で、二人で精いっぱい紡ぐ物語を、今ここから始めよう!」

「はい!」


 鳥が祝福するようにさえずり、柔らかな風が花びらを二人の周囲に舞わせる。雲の切れ間から細く降り注ぐ陽の光。



 ――――こうして、オークさんは奥さんになりました。

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