第5話 筋肉対決

 その日、帝都放送TBCは異様な熱気に包まれていた。先週の予告時点で既に瞬間視聴率が21.4パーセントを記録した今週の『筋肉技能KAMUI特別生放送スペシャルライブ』。


 最大最強の素人主婦の異名を持つ褐色緑髪の小森マイ。

 275センチという超長身を活かしきり、この『筋肉技能KAMUI』初出場で新記録クリアという偉業を達成。昨今のトレーニングジムブームに乗って各ジムのCMに軒並み出演。また国営放送でのテレビ筋肉体操第一第二や、見た目とギャップのあるアニメ声が受け彼女をモデルキャラクターにしかつ主演声優を務めた『筋肉魔法少女マッスルマイ』がスマッシュヒットとなり、今や押しも押されもせぬ筋肉の女王ポジションである。


 彼女に挑むのが満を持してついに『筋肉技能KAMUI』に出場するスーパータレント椥辻なぎつじソフィーリア。日本国籍ながら金髪碧眼、天使か女神か妖精かといわれる恵まれた美貌。数々のバラエティで披露した超人的な身体能力は各スポーツ界からオファーがあるものの、芸能活動優先で一切断ってきた彼女。ついにハリウッドでシンデレラデビューし凱旋帰国したばかりの彼女が最初に選んだのが小森マイへの挑戦であった。


 これで盛り上がらないわけがない!


 帝都放送TBCは出し惜しみをしなかった。現在のテレビ調査制度では超えるのは不可能といわれる史上最高視聴率『第14回帝国歌劇合戦』81.4パーセントはともかく、『ザ・ビートルジュース日本公演』56.5パーセント、あるいは『2010日本対ハラグアイワルイワ戦』57.3パーセントは抜いてみせるという意地と名誉を賭け社を挙げた絶対勝利の体制が組まれた。歴代の全筋肉技能KAMUIステージを広い野外スタジオであるグリーンスタジオ一杯に組み、2時間連続で二人にライブで挑戦させるというまさに超人的企画である。

 なおこんな無茶な企画を受けてくれるのかダメもとでオファーしたところ、揃って大丈夫ですと即答されスタッフ全員ずっこけたというエピソードはもはやどうでもいい。


 もちろん民放のことであるから完全に連続というわけにはいかない。CMを挟むため、ステージはいくつかの『ピリオド』にまとめられ、3分間の休憩(CM)を入れる。2時間ライブといいながら、実質の競技時間は1時間24分だ。


 夜7時。


 グリーンスタジオにカクテルライトが灯る。昼間のような明るさになったステージには今回の特別司会、お笑い界の帝王放出はなてんまぐろと、去年の朝ドラ主演ですっかり国民的女優になった榿ノ木はりのき淳和じゅんなの二人が立つ。


「「筋肉技能KAMUIスペシャルライブ―! アルティメットヴィーナスファイナルバトルーー!」」


 この二人にわざわざタイトルコールさせる時点で帝都放送TBCの本気度が分かる。このクラスになるとタイトルコールの後に登壇するのが普通だからだ。


「さーはじまりましたで淳和ちゃん。最強の筋肉美女を決める頂上対決ということですが!」

「そうですねまぐろさん。知名度では椥辻ソフィーリアさんが圧倒していますが、そのソフィーリアさんが今回は挑戦者ポジションですからね」

「あー、そやな。淳和ちゃん。ぼくらもソフィちゃんがデビューしたての頃から知ってるけど、まあすごかったよな」

「はい、オリンピック選手が驚くぐらいの身体能力でしたからね」

「しかも今やハリウッド女優やもんな。演技もアクションも出来るってことでこれから5本の契約があるそうやで」

「私が聞いた話では10本は確定だそうですよ」

「うっわーまじかー。やっぱデビューしたての時にお誘いしといたらよかったー」

「え、何にですか?」

「そんなん決まっとるやろ。新喜劇や」


 どっ!


 オープンスタジオは公録ではないので客はいない。笑い声は単なる効果音S.Eである。念のため。


「そしてディフェンディングチャンピオンが小森マイちゃん!」

「はい、筋肉界では知らない者はいないというか、とにかく目立ちますよね彼女。特に身長が」

「せや。普通の人間の倍あるわ。面積は2乗やから4倍。体積は3乗やから8倍や。中卒やけど数学は強いで」

「義務教育の星ですね」

「さて二人はすでにスタート位置にスタンバってるようやで。実況の巽南そんなんはかりちゃん! 第一ピリオドの準備はどうでっか!」

『はーい、まぐろさん! こちらは第一ピリオドステージ。ここは7つのアクションエリアで構成されています』


 巽南秤は元オリンピックのフィギュアスケーターであり、今はスポーツキャスターに転向している。


『この第一ピリオドは5段の足場の斜面を飛ぶフィフスエレメント、逆回転するローラーの山を越えるストーンズ、トロッコの要領でバランスを取りつつ滑走するバルキリー、左右に揺れるお邪魔ポールを避け魚の骨のような足場を抜けるボーンダッシュ、離れた二本の空中レールのバーを握り、途中でジャンプで乗り換え滑り降りるバーライド、5枚の重い壁を押しながら進むパワーラン、今回最終重量は1トンです。そして最後は逆バンクになっている壁を登りきるヌリカベ! 実に10メートル!』

「うっわー、これだけで今までの筋肉技能KAMUIステージ以上のハードさやなあ!」

『はい、そうです。しかもこの後、第2ピリオド、第3ピリオドと続きます』

「今回の特別ルールでは第4ピリオドまでの平均点と、最終のファイナルステージでの点数の合計により勝者が決まります! なお、挑戦順は第1ピリオドはチャレンジャーの椥辻さんからですが、その後は前ピリオドの点数の低かった方が先にスタートします」

「なるほど、各ピリオドで仮に失格してもファイナルステージでの逆転もあり得るってことでんな! 考えましたなディレクター!」

「さあ、いよいよ注目のお二人、最初の挑戦です! まずは挑戦者椥辻ソフィーリアさん! オンユアマーク!」


 金髪の爆乳美女。椥辻ソフィーリア18歳がスポットライトに浮かび、スタート位置に立った。

 


 翌日。


「おー、マイちゃん。昨日のテレビ見てたでー。面白かったわー」

「ありがとう! シゲさん!」


 最近の日課になった夜明け前のランニングで、市場から魚を仕込んできたシゲさんと挨拶をかわす。

 いつものことだ。


 いつもと変わらない、朝。



◇◇◇◇


 椥辻ソフィーリアが気になる方は、拙作『姫とおっさん』をお読みいただければ幸いです(宣伝)。

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