第8話 浩二の背中とスナックのママ
翌日、仕事から帰宅した真一は父・一雄に尋ねた。
真一「少し教えて欲しい事があるんやけど…」
一雄「なんや」
真一「スナックのママさんのことなんやけど…」
一雄「スナックのママがどうした?」
真一「叔父さんはいつからスナックへ行ったんやろ?」
一雄「それは知らん」
真一「そうやろなぁ…」
一雄「どないしたんや(どうしたんだ)?」
真一「梨子の話を聞いてて、おっちゃんの離婚後から亡くなるまでの間、どないしてたんか(どうしてたのか)、ちょっと気になってなぁ…。ある程度のことはわかるけど、スナックではどうやったのか、ママさんがおっちゃんの事が好きやったことの他に何か手がかりがないか…と思って…。何か聞いてへんの?」
一雄「昔、会ったときはそこまで聞いてへん(ない)からなぁ…」
真一「スナックはどこにあるか、教えてくれへんか?」
一雄「教えたるけど、もう10年も前やから、ママも忘れてるかもな…」
真一「ダメ元で確認するだけや。無茶はせえへん(しない)から…」
一雄「あんまりママや店に迷惑かけるなよ」
真一「わかってる」
翌日、真一は仕事を定時に片づけ、北町のスナックへ向かった。
ママ「いらっしゃい」
真一「すいません、ママさんですか?」
ママ「はい、そうですが何か…」
真一「私、堀川浩二の
ママ「…あ、浩二さんの甥っ子さん?」
真一「はい。はじめまして」
ママ「いらっしゃい。その節は叔父さんにお世話になりました」
真一「こちらこそ、生前は大変お世話になりました」
ママ「いえいえ…。どうぞ座ってください」
真一「お仕事中、申し訳ありません。失礼します」
ママ「今日は何かご用ですか?」
真一「…実は、叔父のことで少しお尋ねしたいことがありまして…」
ママ「浩二さんのことで? どんなことでしょう?」
真一「ボクはこのお店で叔父がどんな酒をママさんと飲んでいたのか、ママさんが叔父とどんな話をされていたのかお聞かせいただきたいのですが…」
ママ「そんなこと聞いて、叔父さんの事を調べてるの?」
真一「えぇ、まぁ…」
ママ「10年も前の話なのに?」
真一「はい…」
ママ「叔父さんの何が知りたいの?」
真一「このお店で叔父はどんな男だったか、お聞かせいただきたいのです」
ママ「足跡をたどっているのね」
真一「えぇ…」
ママ「あなたが浩二さんの背中を見たいのね…。わかったわ、1回だけ話すわ」
真一「ありがとうございます。あの、ビールを1杯だけいただけないですか?」
ママ「ビールでいいの?」
真一「ボク、
ママ「叔父さんと正反対ね(笑) でも、大人の対応で努力してるし、店の邪魔はしてないから、浩二さんのこと話してあげるね」
真一「ありがとうございます」
真一の前にビールとおつまみのピーナッツが出てきた。
真一「いただきます」
ママ「私もビール飲むわ」
真一「どうぞ」
ママもビールを注いだ。
ママ「浩二さんに献杯」
真一「献杯」
真一とママがグラスを少し上に上げ、お互いビールを一口飲んだ。そしてママは話し始めた。
ママ「10年前、フラッと浩二さんがこの店にやって来たの。おとなしくてほとんど無口で、ビールとか焼酎とか日本酒、何でも飲んでたなぁ…」
真一「そうでしたか…」
ママ「何も話さないから、私が声かけたの」
(回想)
ママ「はじめまして…ですよね」
浩二「えぇ…」
ママ「お仕事で北町に?」
浩二「半年前に北町に戻ってきて地元で仕事を始めたんだ」
ママ「そうなの…。何か元気なさそうだけど、仕事でトラブルでも…?」
浩二「いや、嫁さんと離婚した」
ママ「離婚? なんで?」
浩二「オレ、半年前まで名古屋にいたんだ。でも名古屋で就職しても人間関係がギクシャクして合わないから、辞めて北町で働こうと思って戻ってきた。けど、嫁さんが北町に住むのは反対で…。確かにオレが何の相談もなく北町に帰って就職するって決めたのはマズかったかもしれない。でも嫁さんだから、オレの気持ちわかってくれると思って相談しなかった。結果的にそれが仇になって、嫁も娘2人も名古屋に帰って、オレは1人ぼっちになったんだ…」
ママ「そうやったんや…」
浩二「日本酒ある?」
ママ「うん、あるわよ」
浩二「冷酒くれ」
ママ「飲みすぎはダメよ。体に悪いんだから…。いま家に帰って一人ぼっちになっても、いまここ(スナック)では、私がいるわよ。だからあなた一人じゃないよ」
浩二「優しいママさんじゃないの。お世辞でも嬉しいなぁ…(笑)」
ママ「お世辞じゃないよ、ホントだよ」
浩二「なんでだよ?」
ママ「あのね…、実は私も最近旦那と別れたのよ」
浩二「え、ママもなの?」
ママ「うん」
浩二「どうして? こんなベッピンが別れるなんて、旦那も見る目ないねぇ…」
ママ「実は、旦那が不倫してたの」
浩二「そうだったのか…」
ママ「あなたの元奥さんも見る目ないわね…というか、自分勝手よね。北町が嫌だから離婚って…。見る目ないわね(笑)」
浩二「気をつかってくれてありがとう、ママ」
ママ「浩二さん、優しい人だから…。話してたら意気投合しちゃってね…。そしたらいつの間にか私の方が浩二さんのこと好きになっちゃって…」
真一「そうでしたか…」
ママ「でも“うつ”だったとは知らなかった。気がついていれば今頃は浩二さん、また違う人生を歩んでいたかもしれんし…」
真一「叔父が亡くなってから、ママさん結構ショックやなかったですか?」
ママ「ショックやった。好きな人がこの世からいなくなるのは…。あなたのお父さんがお礼の挨拶に来てくださった時も丁寧にしていただいて…。だから余計に浩二さんが亡くなってから今でも、恋をしていないのよ。まぁ、私もいい歳なんだけどね…(笑)」
真一「いやいや、そんなことは…。でも、恋をしていないのは叔父が亡くなったからですか?」
ママ「そう。浩二さんのような男性、中々いないわよ。浩二さんに匹敵する男は探してもいないわね。浩二さんの背中は大きかった。私の一目惚れみたいなもんやから…。それに私も歳だし、若いときとは違うから…」
真一「…………。今後も恋はされないのですか?」
ママ「多分しないと思う。私の心の中に浩二さんがいるから…」
真一「そうですか…」
真一はスナックのママの話を真剣な眼差しで聞いていた。ママにも『トラウマ』のようなものがあるのかもしれない…と思った真一だった。
ママ「あとね…」
真一「はい」
ママ「名古屋にいたとき、娘さんと長良川の鵜飼を見に行ったことがあって、その時の話で盛り上がったことがあったの…」
真一「長良川の鵜飼…。どんな話やったんですか?」
真一はママの話に釘付けになって聞いた。
スナックを後にした真一が帰宅した。
軽くシャワーを浴び、自分の部屋に入る。
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