第9話 それぞれの『トラウマ』と優香の説得

真一は自分の部屋でボヤいていた。


真一(梨子、真美、そしてスナックのママ…皆『トラウマ』になってる。えらいことになってきたなぁ…)


真一は電話する。


真一「もしもし」

真美「はい」

真一「真美か?」

真美「しんちゃん?」

真一「あぁ」

真美「こんばんわ」

真一「遅くにゴメンな」

真美「大丈夫です」

真一「今一人か?」

真美「うん、お姉ちゃんは俊介くんとデートだよ」

真一「そうか。あのな、梨子に内緒で俊介くんの携帯電話の番号知らんか?」

真美「知ってるよ」

真一「ホンマか?」

真美「うん」

真一「梨子に内緒で教えてくれへんか(もらえないか)?」

真美「お姉ちゃんには内緒なの?」

真一「うん…」

真美「わかった」


真一は真美から俊介の携帯電話番号を教わった。


真一「あ、あと真美、お前はいまは夏休みか?」

真美「そうだよ」

真一「そうか…」


翌日夕方、真一は俊介に電話する。


俊介「もしもし」

真一「もしもし、堀川です」

俊介「あ、どうも先日はありがとうございました」

真一「こちらこそ、ありがとう」

俊介「どうなさいましたか?」

真一「ちょっと聞きたいことがあってね…」

俊介「何でしょうか?」

真一「長良川の話なんやけど…」

俊介「長良川?」

真一「うん…」

俊介「長良川がどうかしましたか?」

真一「この前、長良川の話を聞いたけど、その後も梨子と長良川の鵜飼見に行ったことがあるかな?」

俊介「いや、ないですね」

真一「一度だけ?」

俊介「はい。初めて行ったのが3年前で、確か一昨年に『久しぶりに長良川へ行かないか?』って梨子を誘ったのですが、『行かない』って顔色が変わったんです」

真一「そうか…。顔色が変わったのは何か理由あるんやろか?」

俊介「詳しくはわからないですが、何か昔、お父さんと長良川の鵜飼に行ったことがある…って聞いたことがあります」


真一(やっぱり長良川か…。一昨年やったら、梨子の耳におっちゃんが亡くなったことを知ったときやなぁ…)


真一「そうか。それと、梨子にプロポーズしたのはこの前か?」

俊介「そうです」

真一「そのタイミングは何か根拠あったんか?」

俊介「そうですね、ないことはないですね。梨子が長良川へ行かないって話になってから今まで様子が少しおかしかったので、ボクが何とかしてやらないと…と思って、先月末にプロポーズさせていただきました」

真一「そうか、わかった。ありがとう。あ、今度梨子とはいつデートするか決まってるか?」

俊介「えっ? ええと明後日金曜日ですね」

真一「そうか」

俊介「何かありましたか?」

真一「俊介くん、ちょっと頼みを聞いてくれへんやろか(くれないだろうか)?」

俊介「はい、何なりとおっしゃってください」


真一は俊介に頼み事をお願いした。


翌日、真一は会社へ金曜日の有給休暇を申し出た。

その夜、真一は考えていた。


真一(梨子は俊介くんとどないかせんとアカン(どうにかしないといけない)。真美はなんとかなるやろ…。あとはスナックのママか…。長良川でうまいこといかんやろか(上手くいかないだろうか)…。長良川かぁ…長良川、長良川…。…『トラウマ』か…)


真一はトラウマになっていた頃の自分の事を思い返していた。



(回想)

高校時代、幼なじみの優香と一緒に下校途中の時だった。


優香「なぁ、しんちゃん」

真一「ん?」

優香「私な…好きな人がおるんや…」

真一「…あ、そう。そうなんや…ふぅーん…」

優香「………しんちゃんは好きな人いないの?」

真一「オレ? おると思うか?」

優香「さぁ…(苦笑)」

真一「キライな人間以外は、みんな好きやで。…でも、優香ちゃんはそういう意味で聞いてるんやないんやろ?」

優香「……………」


真一と優香はどちらも緊張している。


真一「…オレ、みんなの前では『興味ない』って言うてるけど、いま優香ちゃんとしかおらんから、ここだけの話にして欲しいんやけど、厳密には『わからん』というか、『考えたことがない』っていうか…そんなんなんや…」

優香「一回も考えたことがないん?」

真一「…うーん、一回だけ考えたかもしれん」

優香「最近考えた?」

真一「昔や」

優香「昔って?」

真一「もう忘れたけど、考えた記憶があるようなないような…」

優香「………そうか…」





(回想)

夕方、真一は一人で下校し、高校駅に向かっていた。後ろから優香が真一に手で目隠しをする。


優香「だーれだ?」

真一「……えーっと…、誰だっけ?」

優香「だーれだ?」

真一「………あ、わかった。優香ちゃん」


優香は笑う。


真一「どないしたん?」

優香「何が?」

真一「『だーれだ?』って目隠しなんかして…。ハイテンションやなぁ」

優香「そうかぁ? こんなもんやろ」

真一「そうか…」


真一は自動販売機で冷たいミルクティを2本買って、1本優香に渡す。


優香「ありがとう」

真一「おう」





(回想)

優香が新潟の大学に進学し、森岡との交際に終止符を打った後、真一が新潟の優香と電話で話す。


真一「いま優香ちゃん1人やで、近くに誰かおったらええんやけど…」

優香「しんちゃん来てよ」

真一「え、オレ?」

優香「うん」

真一「相変わらず南町在住やでなぁ…(笑)」

優香「新潟においでよ。案内するわ」

真一「そうやなぁ、新潟行ったことないからなぁ…」

優香「それは尚更こっちに来ないとアカンなぁ(笑)」

真一「いつ行ったらいいの?」

優香「いつが良い?」

真一「今週末は展示会があって、来週は大丈夫かな…」

優香「来週は私がサークルの演奏会やから…」

真一「そうかぁ…」


優香は大学で吹奏楽のサークルに入っている。


優香「でも、もうすぐお盆やから、私、北町の実家に帰るよ」

真一「うん…。優香ちゃん、それまで大丈夫なんか?」

優香「大丈夫…やと思う」

真一「ホンマか?」

優香「しんちゃんがいてくれたら…」

真一「相変わらず南町やでなぁ…生粋の北町南町の人間ですから(笑)」

優香「新潟に来てよ」

真一「おう。マンションの近くにビジネスホテルかなんかあるの?」

優香「ウチに泊まったらええやん」

真一「いや、さすがにお年頃の女子が一人で暮らしてるマンションに男が…って」

優香「ええやん、しんちゃんは大丈夫や」

真一「なんでや? じゃあ、(男の同級生の)白木とか(が来て)もええの?」

優香「アカン」

真一「ほな(そしたら)、オレかてアカンやん」

優香「しんちゃんはいいの❗」

真一「じゃ、オレはとりあえずこたつで寝たらいいんやろ?」

優香「アカン、ベッドや」

真一「ベッド? 優香ちゃんはどこで寝るの?」

優香「私? ベッド」

真一「………。いや優香ちゃんはベッドで寝るやんか。オレはどこで寝るの?」

優香「しんちゃん? ベッド」

真一「襲われたらどうするんや?」

優香「襲ったらええやん(笑)」

真一「おいおい…、何言うてんの? お年頃の女子が『襲ったらええやん』って…。アカンアカン❗」

優香「そんなん、せっかく南町から来てくれるんやから、こたつでは寝させへんよ」

真一「でもそういうわけにいかんやろ?」

優香「いいの❗ しんちゃんは私と寝るの❗

しんちゃんは私と一夜を共にするの(笑) 」


真一は唖然となっていた。


真一「…なぁ、どうしたん? やけくそになってるんか? 寂しいんか?」

優香「…寂しいよ。しんちゃんの声しか聞こえへんから…」

真一「そうか…」


優香は思っていた。高校卒業前に保健室の大川先生から聞いた真一の『叔父さんの話』で深く傷ついていることに、少しでも真一が立ち直れるように。そして、普通に恋愛してほしい…と。そして、幼稚園の時から大好きだった真一と結ばれたい…と。

優香は自分が森岡と別れてから一人寂しくしている…と思って真一が気遣ってくれているのを身に染みてわかっていた。昔から優しい真一、幼稚園の時『イス』を取ってきてくれた真一のことを思い出していた。そして、優香は真一に話した。


優香「しんちゃん」

真一「ん?」

優香「声聞けてよかったけど、会いたい…」

真一「寂しいんやな…」

優香「…寂しいよ。しんちゃん寂しい…」

真一「そうか…」

優香「しんちゃんは寂しくないの?」

真一「そうやなぁ…。うまくは言えんけど、幼稚園と高校の時、オレの横には優香ちゃんがおったのは、普段と変わらん、当たり前なんやと錯覚してたんかなぁ…。就職してから、何かポッカリ穴が開いたような感じ…」

優香「私がいないと寂しい?」

真一「…どうなんやろ…。大学行ってるんやから仕方ないと思ってるけど…」

優香「寂しくないんか?」

真一「『どっち?』って聞かれたら寂しいかな…」

優香「素直やないなぁ…(笑)」

真一「ウソはついてないけど…」

優香「ちゃんとハッキリ言ってよ」

真一「言うたやん…(笑)」

優香「あ、またはぐらかしてる(笑)」

真一「はぐらかしてへんわ。なんやねん(笑)」

優香「顔赤くなってるくせに(笑)」

真一「なってへんわ」

優香「ウソや。なんぼ『電話や』って言うても、私はしんちゃんが今どういう状況かわかるで(笑) 『わぁオレ、優香ちゃんに鋭く突っ込まれてるー』ってなってるやろ?(笑)」

真一「悪いか?」

優香「素直にならなきゃダメよ(笑)」

真一「ホンマにお盆まで待てるんか?」

優香「待てへんかも…。でも我慢する。お盆になったら会おうよ。楽しみにしてるから」


………………………………………


真一「わかった。待ってるわ。また盆になったら、連絡して。オレも何かあったら連絡するわ」

優香「うん」

真一「あと、盆までに何かあったら携帯に連絡しておいで。今日みたいに愚痴は聞くでな」

優香「うん、ありがとうしんちゃん」

真一「うん」

優香「なぁ、しんちゃん」

真一「なんや?」

優香「私、どうしたらいい?」

真一「どうしたら…って?」

優香「私、森岡くんと別れたやんか」

真一「うん」

優香「私、これからどうしたらいい?」

真一「どうしたら……って…。どうしたらいいんやろなぁ…(笑)」

優香「どうしたらいい?」

真一「いや、今まで優香ちゃんに相談されたことないから、初めてで…。どうしたらいいんやろなぁ…ホンマに」

優香「………」


優香は真一の本当の気持ちが聞きたかった。『叔父さんの事』を乗り越えられるのか、それともまだトラウマなのか…。


真一は突然の相談で悩んでいた。


真一「アイツ(森岡)とはやり直さんのか?」

優香「やり直さへん。それはないわ」

真一「そうかぁ…。優香ちゃん、好きな人いるの?」

優香「いるよ」

真一「そうなんや…。どこにおってん(いるの)か知らんけど…」

優香「北町南町」

真一「え? 誰なん?」

優香「…近所のお兄ちゃん」

真一「アイツ(森岡)とアカンよなった(別れた)時、『遠いから』って別れたんやないんか?」

優香「別れたよ。けど、北町南町は近いで」

真一「いやぁ、大阪も北町南町も距離変わらんで(笑)」

優香「でも、好きな人いるよ」

真一「そうかぁ…。なぁ、盆に帰ってくるんなら、今度会った時に2人で腹を割って話さへんか? 幼なじみとして」

優香「わかった。腹を割って話そ、幼なじみとして」


そう言って、2人は電話を切った。







(回想)

盆休み、真一が優香の家に車で迎えに行く途中、車を停めて考えていた。


真一(腹を割って話せるやろか…。この間の電話を聞いていると、オレを誘惑してるのか? まさか優香ちゃん……違うわな。1回フラれてるし…。あれは白木らに言われて…やったから。けど、優香ちゃんがもしオレのこと…好きやったとしたら…どうしよう、叔父さんと同じ轍を踏むことになる…。気のせいや。幼なじみや…)


………………………………………


真一は帰宅後、家でずっと考えていた。なにもなければ、とっくに優香に告白して付き合いたい、いや『お嫁さん』になって欲しい気持ちがあった。でも真一は『トラウマ』に縛られていて自暴自棄になっていた。

翌朝、真一が仏壇にお茶と水を供える。線香に火をつけ鈴(りん)を鳴らし合掌。


真一(おっちゃん、オレはどない(どう)したらええんやろ? やっぱり優香ちゃんと付き合うのは、現状困難やろか…。付き合ったとしても最低でも3年半は遠距離になってしまう。おっちゃんがオレに『オレみたいな男になったらアカン』と言われたあの言葉、忘れてないし。でもこのままでは、おっちゃんと同じ轍を踏むかもしれん。けど優香ちゃんは幼稚園からずっと好きやし、初恋の人や。どないしよう…)


………………………………………


優香を車で家まで迎えに行き、真一は車を走らせながら2人は話す。


優香「今日はずーっとしんちゃんと2人っきりやで(笑) それで今日は、しんちゃんの『トラウマ』を解こうとしてる」

真一「オレのことはいいって」

優香「アカンの。しんちゃん一人っ子でしょ。彼女も結婚もしないなんて、アカンやんか❗ しんちゃんの家はしんちゃんで終わるやんか❗」

真一「別にいいやん、ウチのことは。それより優香ちゃんの事で腹を割って話すんでしょ?」

優香「だからその前にしんちゃんの『トラウマ』を解きたいの❗」

真一「なんでやねん?」

優香「しんちゃんを苦しめてるのは、私のせいやからよ」

真一「いや優香ちゃん関係ないし。オレ自身の問題やから…」

優香「違うんよ。あのね、聞いてくれる?」

真一「あぁ…」

優香「私、森岡くんと付き合ったでしょ。その時、しんちゃんにやきもち妬かせるためにあえて付き合う感じに見せたんやけど、そのままホンマに付き合ったんや。ただの幼なじみでも、しんちゃんの立場じゃホンマに辛かったと思ってるの」

真一「……もう気にしてないよ。それは優香ちゃんの勝手なんやから」

優香「わかってたよ、しんちゃんがやきもち妬いてたの。それで卒業式の前日、白木くんたちと4人で電車で帰ったやんか。あの時私、しんちゃんの肩にもたれて寝たのよ」

真一「覚えてる」

優香「ホッとした気分と寂しい気分やったの。また離ればなれになってしまう…と。それで4月から新潟行ったけど、森岡くんは月イチ(月一回)か隔週で新潟に来たけど、正直付き合ってても楽しくなかった。会えなくなったしんちゃんの存在が私にとっては大きかった。『彼氏より幼なじみの存在が大きかった』って、変な話やんか(笑)」

真一「あのな優香ちゃん、オレも話していい?」

優香「いいよ」

真一「オレも4月というか3/17~仕事行ってるけど、4月~7月、めっちゃしんどかった。体力的なしんどさよりも、気分的にしんどかった。それはなぁ小中時代もそうやったんやけどな、幼稚園卒園した後、オレてっきり優香ちゃんと同じ小学校行くと思ってたら違う小学校やったんや。でも友達もできたけど、何か違ったんや。中学ではいじめにあったし、ロクなことなかった。高校で優香ちゃんに再会した時、優香ちゃんやら幼稚園の時の記憶が甦って嬉しかった。高校生活は優香ちゃんがいるだけで楽しかったし、器用なことは優香ちゃんに任せて甘えられたからホンマに助かった」

優香「うん」

真一「けど高校卒業する前日、さっき話が出てた帰りの電車で、優香ちゃんはオレの肩にもたれて寝てた時、オレ実は手を繋ぎたかった。けど、拓(森岡)の存在があったら自粛したけど…。『3年間楽しかった。おおきに。もうこれからは自分でしないとアカンから、力を蓄えさせて欲しい』と思って、心の中で念じてた。高校卒業してからは優香ちゃんは新潟やし、拓がおるから、オレは自分で何とかせな(しないと)アカンから、めっちゃしんどかった。オレにとって優香ちゃんの存在は大きかった。でも、拓が『別れた』と言ってきたとき、『嬉しかった』ではなく、『1人で大丈夫か?』って思ったのが一番に思った」

優香「そうやったんや。…しんちゃんは私の事、どう思ってるの?」


真一(出ました、その質問…。どないしよう……)


真一「……………」

優香「しんちゃん❗ 『トラウマ』に負けないで❗ 時間かかってもいいから。私…しんちゃんの返事待ってるから…」

真一「……………」


真一は幼稚園の近くにある野球場の駐車場の木陰に車を止めた。


優香「『腹を割って話して』るから言うけど、昨日夜にくーちゃん(優香の同じクラスだった友人の村田)に、しんちゃんの『トラウマ』の事話したんよ」

真一「話したんか?」

優香「しんちゃんが怒るのはわかってる。でもこうしないと何の解決にもならないからよ」

真一「………」

優香「くーちゃん、反省してたよ『しんちゃんに悪いことした』って。で、現状も話したら『苦しい気持ちにさせてホンマにゴメン』って凹んでたわ。まぁ私がちゃんとフォローしといたから、もう大丈夫やけど。確かにくーちゃんがあの時言った返事は軽率やったと思う。でもいつまでも頑固になってたら、本当に誰もかまってくれなくなるよ。女の子を好きになることはいいことなんだからね。恥ずかしいけど、本当に良いことなんよ」

真一「……………」

優香「すぐにトラウマが解けるとは思ってないから、ゆっくりリハビリじゃないけど慣れていこうね」

真一「なんで優香ちゃんはオレにここまで優しいんや? 普通なら、みかぎってるやろ?」

優香「気のおけない幼なじみやからよ。しんちゃんは私がいないとダメなんやから…。タクくんと付き合ってても、しんちゃんに何かあったら、タクくん放っておいてまでしんちゃん優先にしてたんやからね。タクくん説得させてたから」

真一「ゴメン、不器用で…」

優香「しゃあない(仕方ない)やん、幼稚園の時から不器用なんやから。私がせんと誰がするの? 私を誰やと思ってんの? 私は幼なじみの…」

真一「器用な優香ちゃんやで」

優香「そうやで(笑)」

真一「そうやな…」

優香「…しんちゃん、私を抱いてみる? 今なら彼氏いないから大丈夫やで…」

真一「ここ、車や。…抱いてどうすんねん?」

優香「◯◯チしてもいいよ(笑)」

真一「ここ、車や。無茶言うたらアカン❗」

優香「じゃあ、ラブホテル行く?」

真一「行かへん。なんでやねん…」

優香「しんちゃんに抱いて欲しい」

真一「…ハグという意味なら、100歩譲ってOKとしよう。でも一線を越えるのはアカン」

優香「しんちゃん、まだわからんの?」

真一「何が?」

優香「普通の女の子やったら、とっくに怒られてるで」

真一「えっ?」

優香「抱いて欲しいの❗」


と言って、優香はシートを倒して寝ている真一に抱きついてきた。真一は冷や汗タラタラだった。


優香「この先は、しんちゃん次第や。服脱がすなら脱がしたらいい」

真一「……ここ、車や…」


真一は頭の中が真っ白になり固まってしまった。


優香「ラブホテル行く?」

真一「…行かへん」


真一は固まったままだった。真一は目をつぶって心の中で叫んだ。


真一(優香ちゃん、大胆な行動に出たなぁ…。あぁ、どうしたらええんや…。このまま抱いてしまったら…叔父さんに申し分たたない…。でも優香ちゃんが大好きなんや…。どうしたらええんや…どうしたら…)


優香(しんちゃん…お願い…ラブホテル行って私を襲っていいんだよ…トラウマ解けないかな…しんちゃん…私、しんちゃんが好きなんやで…しんちゃん…)


真一は優香と抱いたまま、優香の頭を撫でた。優香は真一に頭を撫でられて、目をつぶった。優香と真一はお互い心の中で思った。


優香(しんちゃん…『頭なでなで』もいいけど…。でも今のしんちゃんは精一杯の気持ちの表現なんかな…。もっと積極的になってもいいのに…)


真一(どうしよう…これ以上したいけど、それでは『同じ轍』を踏んでしまう。やっぱりダメや…。大好きな優香ちゃんと抱き合ってるのに…。どうしよう…)


優香(しんちゃん、くーちゃん(村田)からひっちゃん(加藤)の話聞いたでしょ? 私らもひっちゃんのようにはなれないの?)


真一(そういえば、村田さんが加藤さんの話してたよなぁ…。近所のお兄ちゃんって、となりの家のお兄ちゃんで『幼なじみ』やって…。まさか優香ちゃん、ひょっとして『近所のお兄ちゃん』って…?)


………………………………………


2人は後部座席へ移る。


真一「なぁ、優香ちゃん」

優香「何?」

真一「優香ちゃんの好きな人って、『近所のお兄ちゃん』やったよなぁ?」

優香「…うん」

真一「…………隣近所ではないって言ってたよなぁ…?」

優香「…うん」

真一「……北町のお兄ちゃん?」

優香「…さぁね…。どうしたん?」

真一「いや、なんでもない…」

優香「止めないで、ちゃんと言うて」

真一「…だから、なんでもないって」

優香「言いな❗」

真一「………」

優香「腹を割って話すんでしょ?」

真一「それは、優香ちゃんが『どうしたらいい?』って言ってたから…」

優香「それは…しんちゃんの『トラウマ』の話が終わったら…」

真一「なんで?」

優香「…いいから…」

真一「…………」

優香「…南町の…お兄ちゃんやったかも…」

真一「…………」


優香と真一が心の中で叫ぶ。


優香(しんちゃん、お願い…トラウマをなんとかして❗)

真一(それって、やっぱり……加藤さんのところと同じ…。南町のお兄ちゃん…ということは………?)

優香(しんちゃん❗)

真一(ウソやろ❗)

優香(しんちゃん…)

真一(優香ちゃんもオレのこと…なんか?)

優香(トラウマから卒業して❗)

真一(どうしよう……)


………………………………………


真一「どうしたん?」

優香「いや、しんちゃんが頑なに『興味ない』って言うのは何か理由があるのかなって…」

真一「…だからそれは、トラウマやって」

優香「トラウマなんでしょ。私とくーちゃんのことがあってトラウマになっただけやない、また別のトラウマがあるの?」

真一「……ないよ」

優香「ウソや。顔に書いてある」

真一「…………」

優香「何があったの? 言いづらいのはわかってるけど…。ダメかなぁ?」

真一「…………」

優香「しんちゃん……」

真一「…………」

優香「しんちゃんの心の奥の奥に深い傷があるんやね…。もう我慢しないで。しんちゃん、『一人で抱えたらアカン』って私に言ってくれたやんか。しんちゃんだって『一人で抱えたらアカン』よ(笑)」


車の後部座席で真一は非常に苦しがった。優香はとなりで真一が苦しんでいる様子を見つめていた。


真一「…はぁ……はぁ……はぁ……」

優香「しんちゃん、私だけに話して。誰にも言わへんから。しんちゃんが心の奥の奥にあるトラウマというか問題、私が聞くから…」


優香は真一をそっと抱いた。


優香「相当辛かったことがあったんやなぁ…。しんちゃん、孤独やったんやな…。泣きたかったら泣いていいよ。おいで、しんちゃん、よしよし」


優香は真一を強く抱いて頭を撫でた。真一は必死で泣くのを堪えた。


優香「しんちゃん、言いづらいのはわかってるけど、どうして『興味ない』って言い続ける訳を教えて欲しい。私が聞くことやないのはわかってるけど、しんちゃん、今度は私がしんちゃんを助ける番やで」

真一「……………」

優香「何があったの?」

真一「……………」


優香が心の中で話す。


優香(しんちゃん、私知ってるけど、しんちゃんから直接聞きたい。しんちゃんが苦しんでいることはわかってる。だから、教えて欲しい。しんちゃん…私、しんちゃんの気持ち受け止めるよ)


優香「私でも言えないこと?」

真一「………ゴメン」

優香「しんちゃん…何かトラウマになってるんやね…」

真一「……………」

優香「もう少し時間がいるなぁ…」

真一「オレのことはいいから、ええ加減、優香ちゃんの話聞くから…」


優香は真一の目を見て話し始めた。


優香「私な、森岡くんと付き合ったの、後悔してる」

真一「えっ? どないしたん(どうしたの)、急に?」

優香「…………」

真一「新潟で寂しかったんか?」

優香「………うん」

真一「………そうか」

優香「でも、しんちゃんに甘えたからもう大丈夫。私を誰やと思ってるん?」

真一「幼なじみの優香ちゃん」

優香「そこまで知ってたら、私はもう大丈夫やって❗」

真一「いや、意味がわからんし…(笑)」

優香「さっきも言ったけど、森岡くんと付き合ったのは後悔してる。新潟に行ってから、森岡くんは何度か来たけど、森岡くんはしんちゃんになれなかった。しんちゃんに会いたかった。電話くれたとき、めっちゃ嬉しかった。電話くれたとき、今すぐにでも新潟に来てほしかった。一緒に居たかった。しんちゃんに甘えたかった。初めての気持ちになった。」

真一「…そうか……」

優香「今度はしんちゃんが話す番やで」

真一「……………」


真一は目をつぶって心の中で考えていた。優香も黙って真一が話すのを待つ。


真一「……はぁ……」

優香「…しんちゃん」


優香はずっと真一の頭を撫でている。


優香「慌てなくていいよ。しんちゃんが落ち着くまで待ってるから…」


真一「優香ちゃん…」

優香「ん?」

真一「めっちゃ偏見かもしれん。言うたらアカンことかもしれん。優香ちゃんが怒ることかもしれん…。そんなんでもオレの話聞きたいか?」

優香「事情はどうであれ、私はしんちゃんの言葉で聞きたいよ」

真一「……………」


心の中で話す真一と優香。


真一(叔父さん、もうオレ、この場には耐えられん…。優香ちゃんと叔父さん、どっちかを選ぶことができない。優香ちゃんがどうしても聞いてくる。オレの為に考えて聞いてくる。ここまで親身になってくれる幼なじみはどこにもおらん。こんな男の為に必死で話してくれる優香ちゃんは、オレにはもったいないで…)


優香(しんちゃん…しんちゃんの言葉で『あの話』聞かせて。このままではしんちゃんはダメになっちゃう…)


真一「そんなにオレの話聞いて得することないで」

優香「損得の問題やないよ。私はただ、しんちゃんの心の奥の奥にある秘めた想いを聞きたいだけ。一番大切な幼なじみの話が聞きたいだけやで」







真一(昔、優香ちゃんに何か必死で説得されたけど、オレのトラウマは(長野の)夏美に解かされた。その時優香ちゃんの気持ちがわかったんやったなぁ…。優香ちゃんはホンマにオレのこと好きやったんやなぁ…。幼なじみやったから余計やったんかも…。しかもお互い初恋の人同士やったこともわかったし…。梨子、真美、スナックのママもやけど、オレも含めて、もしおっちゃんが離婚するときに梨子か真美がおっちゃんについていったら、おっちゃんは生きていたかもしれん。そしたら皆『トラウマ』はなかったかもしれん。『トラウマ』がなかったら、オレは優香ちゃんとすんなり付き合ってたかもしれん。勿論、梨子、真美、スナックのママも…。けど現実は違った。皆、重たい荷物を背負わされてるなぁ…。背負うのはオレだけで充分や。優香ちゃんにはホンマに申し訳ないけど…。しかし、何て梨子と真美を説得しようか…。あとはスナックのママやな…。とりあえず、長良川やな…)

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