第5話 真一と梨子…浩二のぬくもり
真一と梨子は居酒屋を後にして、飲み直すことにした。梨子が店を案内する。
梨子はカクテルを、真一は顔真っ赤にしながら梅酒の水割りを注文した。
梨子「ここ彼と行くバーなんだ(笑)」
真一「そうか。『地元のことは地元の人に聞け』って言うのが鉄則やからなぁ」
梨子「何それ?」
真一「ん? 旅に出て、行ったことないところへ行くやろ?」
梨子「うん」
真一「確かにガイドブックとか見て行くのもいいけど、やっぱりそこの地元のことは、地元の人に聞くのが一番や。だから『地元のことは地元の人に聞け』ってね、オレの旅の暗黙のルールというやつかな…」
梨子「旅慣れしてるね、しんちゃんは(笑)」
真一「そうかぁ?」
梨子「うん。昔、いとこの家にバスに乗って2人で行った時と同じだね。しんちゃん、ちっとも変わってないね(笑)」
真一「そうか…」
梨子「『かわいい子には旅をさせよ』って言うしね…」
真一「梨子だって『かわいい子』やないか。『旅』
梨子「彼と行きたいなぁ…」
真一「彼と行きたいなら、引っ掛かってることないやんか」
梨子「でも、やっぱり考えてしまうの」
真一「そうか…」
梨子「ところで、しんちゃんは彼女いないの?」
真一「オレ?」
梨子「好きな女の子の1人や2人いるでしょ?」
真一「オレ、そういうのあんまり興味ないねん」
梨子「一人っ子やのに?」
真一「一人っ子だろうが何だろうが、興味ないもんは興味ないねん」
梨子「どうして?」
真一「理由はない。オレの彼女は『旅』やからなぁ…(笑)」
梨子「えー、そんな寂しいこと言わないでよ」
真一「ええやん、オレの勝手なんやから…」
梨子「しんちゃん、将来結婚しないの?」
真一「そんな人がおったらなぁ…。おらん(いない)し、今は『旅』が彼女や(笑)」
梨子「『旅』が彼女って、どうやってデートするの?」
真一「『旅に出ること』がデートやな(笑)」
梨子「しんちゃんらしいといえば、しんちゃんらしいけど、なんか現実逃避してない?」
真一「気のせいや。梨子がオレに手紙くれたこともあったから、今回名古屋に『彼女とデート』しながら来たんやで(笑)」
梨子「何それ(笑) 何か、しんちゃんと話してたら少し気分が楽になったよ」
真一「そうか」
梨子「うん。私にとって、しんちゃんはお兄ちゃんだよ」
真一「そうか…。そんな良いもんかなぁ…」
梨子「うん。世の中の女子は何見てるんだろう…。しんちゃん、年下でよかったら紹介してあげよか?」
真一「気持ちだけでいいよ。おおきに(ありがとう)」
梨子「しんちゃん、明日帰るよね」
真一「そうやな…」
梨子「ねぇ、しんちゃん」
真一「ん?」
梨子「私、どうしたらいい?」
真一「どうしたら…って?」
梨子「私、これからどうしたらいい?」
真一はまた絶句した。
(回想)
真一が新潟にいる大学生の優香が電話で話している。
優香「なぁ、しんちゃん」
真一「なんや?」
優香「私、どうしたらいい?」
真一「どうしたら…って?」
優香「私、森岡くんと別れたやんか」
真一「うん」
優香「私、これからどうしたらいい?」
真一「どうしたら……って…。どうしたらいいんやろなぁ…(笑)」
優香「どうしたらいい?」
真一「いや、今まで優香ちゃんに相談されたことないから、初めてで…。どうしたらいいんやろなぁ…ホンマに」
優香「………」
優香は真一の本当の気持ちが聞きたかった。『叔父さんの事』を乗り越えられるのか、それともまだトラウマなのか…。
真一は突然の相談で悩んでいた。
真一「アイツ(森岡)とはやり直さんのか?」
優香「やり直さへん。それはないわ」
真一「そうかぁ…。優香ちゃん、好きな人いるの?」
優香「いるよ」
真一「そうなんや…。どこにおってん(いるの)か知らんけど…」
優香「北町南町」
真一「え? 誰なん?」
優香「…近所のお兄ちゃん」
真一「アイツ(森岡)とアカンよなった(別れた)時、『遠いから』って別れたんやないんか?」
優香「別れたよ。けど、北町南町は近いで」
真一「いやぁ、大阪も北町南町も距離変わらんで(笑)」
優香「でも、好きな人いるよ」
真一「そうかぁ…。なぁ、盆に帰ってくるんなら、今度会った時に2人で腹を割って話さへんか? 幼なじみとして」
優香「わかった。腹を割って話そ、幼なじみとして」
真一は昔、幼なじみの優香が高校時代交際していた森岡と別れた後、新潟で大学に行っている優香と電話で話した時の事を思い出した。優香が森岡と別れた後、真一に自分の身の振り方、つまり誰と付き合えばいいのか、真一に聞いていたことがあった。
真一「どうしたら、ええんやろなぁ(いいのだろう)…」
梨子「…………」
真一「彼氏はお父さんの事を話してるんか?」
梨子「お母さんと離婚したことは話した。でも、亡くなったことは…」
真一「そうか…。真美もトラウマなんやなぁ…」
梨子「うん。実は、お母さんが私たちの事を心配してて、私が結婚するのかしないのかヤキモキしてて、真美は真美で、好きな幼なじみの男の子がいるのに、付き合わないから、お母さん同士でヤキモキしてるみたい」
真一「そうか…」
真一は考えていた。
真一(これは難儀な話になってきたなぁ…。姉妹でトラウマになってるやないか…。オレだけやなかったんか…)
真一「なぁ、梨子」
梨子「なぁに?」
真一「この話は、ちょっとでは結論が出そうになさそうやから、少し宿題で一度南町に持ち帰ってもかまへんか(構わないか)?」
梨子「うん、いいよ。ゴメンねしんちゃん」
真一「あぁ、かまへんで。ところで梨子、お前のお父さんとの思い出って無いんか?」
梨子「お父さんは昔から私を優しく面倒見てくれた。真美が生まれた時も、真美につきっきりで私をほったらかしにするのではなくて、お父さんは必ず私と一緒に真美の面倒をみてくれた。そこは他所のお家より良かったかも。お父さん優しかったから…」
真一「そうか…」
梨子「それに、しんちゃんにも『叔父』として優しかったでしょ?」
真一「あぁ。オレが子供の頃のおっちゃんは優しかった。将棋とかトランプの相手してくれたし、正月とか盆にウチの親父と、いとこのおっちゃんと麻雀したりして、美味しい酒呑みながら叔父さんらしく接してくれた。ワープロ(ワードプロセッサ)も教えてくれて、ワープロ本体をもらったことがある」
梨子「そうかぁ。私達が名古屋に帰ってからはどうだったの?」
真一「この前、ウチのお母ちゃん(美沙子)から聞かんかった?」
梨子「聞いたよ。でもしんちゃんから見たお父さんって、どうだったんだろうって…」
真一「とにかく優しい叔父さんやった。皐月さんと別れる時、ウチで両家の話し合いの場が設けられたけど、ケンカ別れみたいやった。お前のお母さんが離婚届を持ってて、叔父さんと皐月さんが離婚届に署名捺印して、確か皐月さんが離婚届を役所に出したんやなかったかな…。お前のところの親族一同、ウチを飛び出して、さっさと名古屋に帰ったんや」
梨子「そうだったんだ…」
真一「オレ、その時、2階の自分の部屋におったんやけど、何もできなくて、トイレに行くのも行き辛かったなぁ…(笑)」
梨子「しんちゃんも大変だったんだね…(笑)」
真一「それからの叔父さんはガックリきてた。お前と真美がどちらの親に就くか…って話になったとき、2人とも名古屋に行くことになったから、叔父さんからしたら何もかもを失う感覚やったんかもしれんなぁ…」
梨子「………」
真一「バツイチになった叔父さんは、離婚前からすでに“うつ”やったこともあり、余計にガックリきてた。けど、いとこ達と魚釣りに行って鯛釣ったときなんかは子供みたいに大はしゃぎして、釣った魚で酒盛りして、気をまぎらわしてたみたいやった。確かその時は真鯛だけやなくて、ブダイって白身魚フライにはもってこいの魚が大漁やってなぁ、晩飯とかオレが中学の時やったから、弁当には必ず毎日ブダイのフライが入ってて、食べても食べてもなかなか減らんかったことがあったわ(笑)」
梨子「そうだったんだ…。しんちゃん、白身魚フライ飽きたでしょ?(笑)」
真一「『飽きた』って言いたかったけど、叔父さんの大はしゃぎした姿見てたから、文句は言えんかった(笑) 叔父さんの事を考えて、甘んじて毎日白身魚フライを食べ続けたで(笑)」
梨子「優しいなぁ、しんちゃん(笑)」
真一「なんせ、お前のお父さんはオレの叔父さんやし、優しかったからなぁ…」
梨子「うん」
真一「けど、叔父さんは1人になるとまたガックリしてたなぁ…。酒に明け暮れてたみたいやったし、自分を責めてたようやった。ウチでもいとこの家でも、晩飯一緒に食べたけど、酒の量は多かったなぁ…」
梨子「お父さん、寂しかったんだね…」
真一「あぁ…」
真一はそれ以上、梨子に話しにくかった。
真一(あの時、梨子だけでも叔父さんのそばにいてくれてたら、今頃どうなってたやろ…。そしたらオレだって、高校の時に優香ちゃんと…)
真一は自分の気持ちを押し殺し、梨子に対してどう話そうか少し迷っていた。
真一と梨子はお互いに酒をかなりの量を飲んだため、今宵の席はお開きとなった。
真一「梨子、駅前からどうして帰る? 近いんか?」
梨子「いつもなら地下鉄に乗って帰るけど、もう遅いから歩いて帰ろかな…?」
真一「お年頃の女子がこんな時間に歩いて帰るなんて無防備やで。タクシーで帰れ」
梨子「でも…」
真一「彼氏に迎えに来てもらうか?」
梨子「あ、そうしよかな…。『何かあったら連絡して』って言ってくれてた」
真一「もう日付が変わる頃やぞ。寝とってないんか?」
梨子「大丈夫や。電話してもいい?」
真一「あぁ…」
梨子が彼氏に電話する。電話はつながり、10分位で到着するとのこと。真一は待っている間、梨子と話した。
梨子「しんちゃん」
真一「なんや?」
梨子「明日、何時頃名古屋を出るの?」
真一「夕方前くらいに出よかな…。どうしたん?」
梨子「もし、しんちゃんさえよかったら、明日真美と一緒にしんちゃんと会えないかな?」
真一「真美は明日予定ないんか?」
梨子「さっきバーに行く前に真美にメールしたの。そしたら『しんちゃんに会いたい』って」
真一「そうか…」
梨子「いい?」
真一「あぁ、かまへんで」
梨子「やった(笑) じゃあ、今日は遅くなったから、明日お昼前にしんちゃんのホテルまで私達が行くね。お昼ごはん一緒に行こうよ」
真一「わかった。梨子は明日仕事やないんか?」
梨子「休みとったの。だから、明日もしんちゃんと真美共々デートするの(笑)」
真一「彼氏にやきもち妬かれるぞ(笑)」
梨子「大丈夫。心が広い彼氏だから(笑)」
真一「そうか…。でも無茶するなよ」
梨子「うん」
2人が話し込んでいると、目の前に1台の車が止まった。
梨子「彼氏来た」
真一「うん。今日はおおきに(ありがとう)」
梨子「ううん、こちらこそありがとう、しんちゃん」
真一「あぁ」
梨子「また明日ね」
真一「うん。ゆっくり休むんやで」
梨子「うん。あ、しんちゃん、彼氏」
梨子が彼氏を紹介する。
梨子「私の彼氏の俊介」
俊介「はじめまして、梨子さんとおつきあいさせていただいています、北村俊介です」
真一「梨子のいとこの堀川です。いつも梨子がお世話になってます。夜分遅くに申し訳ありません」
俊介「いえいえ、お話は伺っていましたので…」
梨子「じゃあ、しんちゃんまた明日ね」
真一「あぁ、ゆっくり休めよ」
俊介「失礼します、おやすみなさい」
真一「おやすみなさい」
梨子「おやすみ」
真一「おやすみ」
梨子は俊介の車で帰路についた。真一もホテルに戻り、長い名古屋の夜が過ぎていこうとしていた。
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