第3話 真一の『トラウマ』

昼、真一を乗せた新快速電車は名古屋駅に到着した。到着後真一は昼食を済ませ、夕方に梨子と会う為に、事前に叔父・浩二のことを思い返していた。


浩二が亡くなった年、真一は中学3年で高校受験真っ只中だった。

離婚後のある日、高級なステーキ肉を持参して、真一の家に浩二がやって来た。浩二は、ビールを飲みながら、真一達と談笑する。真一は育ち盛り真っ最中で、ステーキ肉の味をしっかり噛みしめながらご飯が進んだ。しばらくしてほろ酔い状態の浩二は真一に話した。



(回想)

浩二「しんちゃん、高校はどこ受験するんや?」

真一「工業高校やで」

浩二「そうか。何かやりたいことがあるんか?」

真一「『何か』って言われたら、まだわからんのやけど、ただ普通科の勉強より、工業系の事に興味があって、もし高校入れたら将来何をするか模索しようとは思ってるんや」

浩二「そうか…。しんちゃん、くれぐれもオレみたいな男にはなったらアカンぞ。オレは失敗例や。オレが学生時代の頃、一人の女に夢中になり過ぎてた。ずっと一人の女を追いかけていた。それだけで進路は二の次やった。女の事を考えてから進路決めてたから、今更後悔しても仕方ないんやけどな…。婆さんにはホンマに迷惑かけっぱなしやからなぁ…(笑)」

真一「…………」

浩二「しんちゃん、絶対オレみたいな男にはなったらアカン。義姉さん(美沙子)と兄貴(一雄)の言うこと、よう(よく)聞くんやぞ。オレは女優と別れたお笑い芸人と一緒の立場や。お笑い芸人はそれを逆手にまた芸を磨く。でもオレは何の取り柄もないから…。今のオレがコレや(笑)」

真一「………」

浩二「ええか、何回でもしつこく言うけど、しんちゃんはオレみたいな男には絶対なったらアカン。これだけは言うとくから…」





それからしばらくして、浩二は亡くなったのだった。それが真一にとって浩二の最期の言葉だった。

そんな事を浩二から言われた真一は、高校入学後、幼なじみの加島優香と再会し『友達以上恋人未満』の状態だった。そして真一は恋愛に積極的にはなれなかったのだった。




(回想)

優香「なぁ、しんちゃん」

真一「ん?」

優香「私な…好きな人がおるんや…」

真一「…あ、そう。そうなんや…ふぅーん…」

優香「………しんちゃんは好きな人いないの?」

真一「オレ? おると思うか?」

優香「さぁ…(苦笑)」

真一「キライな人間以外は、みんな好きやで。…でも、優香ちゃんはそういう意味で聞いてるんやないんやろ?」

優香「……………」


真一と優香はどちらも緊張している。


真一「…オレ、みんなの前では『興味ない』って言うてるけど、いま優香ちゃんとしかおらんから、ここだけの話にして欲しいんやけど、厳密には『わからん』というか、『考えたことがない』っていうか…そんなんなんや…」

優香「一回も考えたことがないん?」

真一「…うーん、一回だけ考えたかもしれん」

優香「最近考えた?」

真一「昔や」

優香「昔って?」

真一「もう忘れたけど、考えた記憶があるようなないような…」

優香「………そうか…」





優香は幼稚園の時から真一のことが好きだった。真一は当時、本当のことが言えなかった。でも真一も優香のことが幼稚園の時から好きだった。つまり両思いだったのだ。それでも真一が本当の事を優香に言えなかった。当時の真一は浩二の事があったからだった。真一は浩二が亡くなってからずっと『トラウマ』になっていた。


真一の『トラウマ』は高校卒業後も優香に『トラウマ』を解かそうとされていた。それは優香が当時付き合っていた森岡と別れた事が発端だった。優香は高校卒業前に、真一には内緒で養護教諭の大川先生から真一が恋愛に興味をもたない理由を聞かされていた。それがあったから、優香は森岡より真一の事がすごく気になったからだった。


高校卒業後初めての盆休み、真一と優香は幼なじみとして『腹を割って話』した。




(回想)

優香「しんちゃんが頑なに『(恋愛に)興味ない』って言うのは何か理由があるのかなって…」

真一「…だからそれは、トラウマやって」

優香「トラウマなんでしょ。私とくーちゃん(優香の友人・村田)のことがあってトラウマになっただけやない、また別のトラウマがあるの?」

真一「……ないよ」

優香「ウソや。顔に書いてある」

真一「…………」

優香「何があったの? 言いづらいのはわかってるけど…。ダメかなぁ?」

真一「…………」

優香「しんちゃん……」

真一「…………」

優香「しんちゃんの心の奥の奥に深い傷があるんやね…。もう我慢しないで。しんちゃん、『一人で抱えたらアカン』って私に言ってくれたやんか。しんちゃんだって『一人で抱えたらアカン』よ(笑)」


車の後部座席で真一は非常に苦しがった。優香はとなりで真一が苦しんでいる様子を見つめていた。


真一「…はぁ……はぁ……はぁ……」

優香「しんちゃん、私だけに話して。誰にも言わへんから。しんちゃんが心の奥の奥にあるトラウマというか問題、私が聞くから…」


優香は真一をそっと抱いた。


優香「相当辛かったことがあったんやなぁ…。しんちゃん、孤独やったんやな…。泣きたかったら泣いていいよ。おいで、しんちゃん、よしよし」


優香は真一を強く抱いて頭を撫でた。真一は必死で泣くのを堪えた。


優香「しんちゃん、言いづらいのはわかってるけど、どうして『(恋愛に)興味ない』って言い続ける訳を教えて欲しい。私が聞くことやないのはわかってるけど、しんちゃん、今度は私がしんちゃんを助ける番やで」

真一「……………」

優香「何があったの?」

真一「……………」


優香が心の中で話す。


優香(しんちゃん、私知ってるけど、しんちゃんから直接聞きたい。しんちゃんが苦しんでいることはわかってる。だから、教えて欲しい。しんちゃん…私、しんちゃんの気持ち受け止めるよ)


優香「私でも言えないこと?」

真一「………ゴメン」

優香「しんちゃん…何かトラウマになってるんやね…」

真一「……………」

優香「もう少し時間がいるなぁ…」

真一「オレのことはいいから、ええ加減、優香ちゃんの話聞くから…」


優香は真一の目を見て話し始めた。


優香「私な、森岡くんと付き合ったの、後悔してる」

真一「えっ? どないしたん(どうしたの)、急に?」

優香「…………」

真一「新潟で寂しかったんか?」

優香「………うん」

真一「………そうか」

優香「でも、しんちゃんに甘えたからもう大丈夫。私を誰やと思ってるん?」

真一「幼なじみの優香ちゃん」

優香「そこまで知ってたら、私はもう大丈夫やって❗」

真一「いや、意味がわからんし…(笑)」

優香「さっきも言ったけど、森岡くんと付き合ったのは後悔してる。新潟に行ってから、森岡くんは何度か来たけど、森岡くんはしんちゃんになれなかった。しんちゃんに会いたかった。電話くれたとき、めっちゃ嬉しかった。電話くれたとき、今すぐにでも新潟に来てほしかった。一緒に居たかった。しんちゃんに甘えたかった。初めての気持ちになった。」

真一「…そうか……」

優香「今度はしんちゃんが話す番やで」

真一「……………」


真一は目をつぶって心の中で考えていた。優香も黙って真一が話すのを待つ。


真一「……はぁ……」

優香「…しんちゃん」


優香はずっと真一の頭を撫でている。


優香「慌てなくていいよ。しんちゃんが落ち着くまで待ってるから…」


真一「優香ちゃん…」

優香「ん?」

真一「めっちゃ偏見かもしれん。言うたらアカンことかもしれん。優香ちゃんが怒ることかもしれん…。そんなんでもオレの話聞きたいか?」

優香「事情はどうであれ、私はしんちゃんの言葉で聞きたいよ」

真一「……………」


心の中で話す真一と優香。


真一(叔父さん、もうオレ、この場には耐えられん…。優香ちゃんと叔父さん、どっちかを選ぶことができない。優香ちゃんがどうしても聞いてくる。オレの為に考えて聞いてくる。ここまで親身になってくれる幼なじみはどこにもおらん。こんな男の為に必死で話してくれる優香ちゃんは、オレにはもったいないで…)


優香(しんちゃん…しんちゃんの言葉で『あの話』聞かせて。このままではしんちゃんはダメになっちゃう…)


真一「そんなにオレの話聞いて得することないで」

優香「損得の問題やないよ。私はただ、しんちゃんの心の奥の奥にある秘めた想いを聞きたいだけ。一番大切な幼なじみの話が聞きたいだけやで」

真一「………はぁ……」

優香「……落ち着いてからでいいから…」

真一「言いたくないんやけど…」

優香「……うん」

真一「それでも聞きたいんか?」

優香「…聞かせてくれへんかなぁ…」





真一は、優香と腹を割って話した時の事を思い出していた。


真一(優香ちゃんか…)


しばらくして、真一は梨子の事を考えていた。


真一(梨子はオレに何話したいんやろ? 誰にも相談できず、オレにだけ…って。叔父さんの死んだことで梨子も何かしら『トラウマ』があるんやろか?)


喫茶店でコーヒーを飲みながら考え込んでいた真一は、時計を見ると3時半だった。真一は喫茶店を出て、名古屋駅前のビジネスホテルへチェックインを済ませ、梨子が勤める名古屋駅前のデパートの地下食料品売場のお菓子屋に向かった。10年ぶりなので、梨子の顔がわからない真一だったが、レジの接客業をしていた店員に声をかけられた。


梨子「いらっしゃいませ。あ、…しんちゃん?」

真一「梨子か?」

梨子「うん。もうすぐ終わるから、1階の総合案内所の辺りで待ってて」

真一「わかった」


真一はそそくさと売場を離れ、1階へ移動した。


真一(がんばってるみたいやな…)

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