事件です!! 第十話
あれから一週間。私の生活は驚くほど元通りだ。けど
「壊れちゃったんだもの。そこまで気にすることないんじゃないかしら?」
「とんでもないよ、
私がそう言うと、裕章さんはとんでもないと目をむいた。ちなみに私が「気にすることない」と言っているのは、
「どうして、壊れたことが相手国に伝わったの?」
「いただき物で破壊されたものは、もれなくリストにあげなくてはならないんだよ。もちろん、あの
「せっかく壊れちゃったのに」
ブツブツともんくをいうと裕章さんが笑った。
「日本語がおかしいよ、雛子さん」
「だって」
そこで声をひそめる。
「だってあれ、どう考えても悪趣味なデザインなんだもの! 公邸の顔になるのよ? どうせいただくなら、もっと上品なデザインのほうが良くない?」
「それ、相手国の大使に言えるかい?」
「裕章さんが言わないなら私が言う」
「……ま、雛子さんなら本当に言いそうだねえ。そんなこと言ったらせっかくの友好にヒビが入るから、黙っていておくれよ?」
「はいはい」
ってことは、また同じような壷がくるわけねと、ため息をついた。相手国からの贈り物とは言え、気に入らないものは気に入らないのだ。断れないならしかたがない。
「しかたないわね。また、たくさんお花を
「よろしく頼むね、大使夫人?」
裕章さんが笑いながらそう言った。二人で笑っていると、テーブルに置いてあったスマホが鳴る。なったのは私のスマホではなく、裕章さんのスマホだ。
「おや、こんな時間に珍しいね。観光客がトラブルに巻き込まれたかな?」
「それ、シャレにならないからやめて」
裕章さんは笑いながら立ち上がり、スマホを手にする。表示を見た表情が仕事モードに変わった。もしかして本当にトラブル?
「はい、
相手と話をしながら、自分の書斎へと行ってしまった。どうやら本当に仕事の話らしい。
「あの
大きさ的には玄関向きでまったく問題ないのだ。問題なのはそのデザイン。どう考えても私の好みじゃない。次はもう少し落ち着いたデザインの壷がくると良いんだけど。
「ま、無理よね、きっと」
先代の
「雛子さん?」
裕章さんが書斎から出てきた。
「もしかして、本当にトラブル?」
「いや、そういうことじゃないんだけどね。実は防衛省から外務省に、
あの事件からまだ一週間。言うまでもなく、軍病院に入院している三人の容体は安定しているものの、まだ退院できる状態ではない。
「普通の旅客機に乗せるのは論外よ? まだ意識もはっきりしてないんだから」
「それなりの設備がある航空機なら、問題ないということかな?」
「それなりの程度によるけど」
自衛隊の輸送機でも飛んでくるのかしら?と首をかしげる。その手のことには詳しくないけど、自衛隊の輸送機に「それなりの設備」ってあったかしら?
「政府専用機をちょっといじって、あれこれ積んで飛んでくるって言ってるよ。もちろん、あちらから医師も乗ってくるし、帰りは雛子さんも一緒に乗って行けばって話だ」
「私? 私も乗るの?」
「亜衣達のこともあるし、一度、日本に戻ったほうが良いんじゃないかな」
実のところ、今回の事件のこともあり、亜衣と
「僕も一緒に行ってあげたいけど、さすがに大使が仕事を放り出して帰国するのはまずいからね」
「わかった。裕章さんがそう言うなら、患者さん達と一緒に帰国する」
裕章さんは何か言いたげな顔をして私を見おろしている。しかもその顔が、笑いを含んでいるように見えるのは気のせい?
「なに? まだ何かあるの?」
「いや、そうじゃなくて。政府専用機に乗れること、ワクワクしてるだろ?」
さすが裕章さん、よく分かっていらっしゃる。けど今回は重傷患者さんと一緒なのだ。そこまで気楽な気持ちにはなれそうにない。
「ワクワクはするけど、そんなこと考えてるヒマなんてないんじゃないかしら。患者さんが三人もいるわけだし」
「あっちからも医師が乗ってくるから、そこまで雛子さんに負担はかからないと思うけどね」
「私の性格、わかってるでしょ? 三人の主治医になったからには、私がちゃんと退院するまで面倒みます」
「そうだった。じゃあ、主治医さんの許可はおりたということで、こっちで手配を進めるよ。軍病院へもこっちから話をするから」
「お願いします」
どこの病院も医者は患者さん第一の頑固者が多いから、今回のことでもきっと
―― テロリストですら丸め込んじゃうんですもの。医師の一人や二人、裕章さんならお茶の子さいさいよね、きっと ――
+++++
そして一週間後。国際空港に日本から政府専用機が飛んできた。空港に向かう救急車には、私と一緒に彼らの担当をしてくれた軍医も同乗している。黙ってはいるが、若干、ご機嫌が斜めにかたむいているのが分かった。
「キャプテン・ヤマザキ以外の二人に対しても、日本政府が責任を感じるのは理解しますがね」
「申し訳ありませんね、中佐。これが政府の意向でして」
「ま、日本で最新の医療を受けられるなら、彼らの家族も安心でしょう」
軍医からすると、日本政府は彼らの病院に不安があって、三人の治療を任せられないと判断してのでは?と思っているらしかった。
「どこの国にも気が短いお役人がいるんですよ。早く事情を詳しく聞きたくてしかたがないようです。それもあって、私の妻も帰国することになったわけですから」
「わざわざ地球の裏側から飛んでいかなくても、インターネットで話もできるでしょうに」
「そのへんがアナログ的な役人が多い日本の困ったところでして」
一緒に乗っていた裕章さんが苦笑いしながら返事をする。さすが
「まったく信じられない話ですね。最先端の医療サービスが受けられる日本の役人が、そんなアナログ集団だなんて」
「まったくです。たまに私も苛立つことがありますよ。何のためにパソコンがあるんだってね」
私の視線を感じたのか、裕章さんがこっちを見てニッコリと笑った。
政府専用機の前には、作業着姿の自衛官と、明らかに民間人という雰囲気の男性が待っていた。車から降りると、作業着姿の集団は怪我人達の搬入作業にとりかかり、民間人らしい男性が足早に私と裕章さんのところにやってくる。
「
「南山です。よろしくお願いします。これまでの経過を軍医からお聞きになりますか?」
「ぜひ。ああ、ただ、自分はちょっと語学がそこまで
栗林先生はそう言いながら、恥ずかしそうに笑った。
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