自殺者の手紙

松長良樹

自殺者の手紙


 この手紙を見て君がどういう顔をするのか僕にはおよそ想像がつく。たぶん君の顔にはもう血の気もなく、意識も霞んでいるかもしれない。


 実をいうと君は僕に確実に殺されるのだよ。


 君が目を覚ました時にはもう遅いのだ。すべてが手遅れなのだよ。


 君の死にざまを想像するだけでぞくぞくするよ。まあ見ものだ。


 だが本来が情け深い僕は、理由もわからずに非業の最期を遂げる君にせめて、その理由を明かそうかと思う。その為にこの手紙を書いているのだ。


 つい先週の事だ。僕は主治医の園田先生から君とマイが結婚すると聞かされた。それを聞いた時、この僕はあまりのショックで息が出来なかった。


 呼吸困難に陥った僕を園田先生が驚いて介抱してくれてやっと落ちつけたのだ。


 だがその時、僕こそがマイを誰よりも深く愛しているとは言えなかった。どうしても言えなかった。


 僕は君と違って根暗だからね。思ったことも言えないんだ。ハルヒコ。君が優等生なら、僕は劣等生だものね。


 それにしても忌々しいじゃないか。マイは君と結婚することを僕に言わない。それに最悪な事に僕を君と間違えて愛し始めているみたいだ。信じられないよ。冗談じゃない。


 どうしても許せないんだ。


 ところで君は解離性同一性障害って知っているか? 


 簡単に言えば多重人格の事だよ。知っているに違いないよね。僕と同じように先生から説明は何度も受けたはずだ。

 

 いつの頃からか僕と君は一つの身体を二人で共有し始めた。だから君にも全く同情できないわけじゃない。


 父は酒乱で何かにつけて僕を虐待した。凄く恐ろしくて母はいつも泣いていた。

 その時に君は現れたのだよね。ネガティブな心をもった僕の前に平然として。園田先生によれば崩壊寸前の自我を守るためにだ。


 僕は根暗だが君は陽気だった。まったく笑えるよ、喜劇だな。


 それにしても僕はマイが君に抱かれて恍惚に酔うなんて断じて許せないのだ。


 君と僕は違うのだ。歳までもが違うのだ。園田先生の分析によれば君は名をハルヒコと言って十八歳だ。

 僕はシュウジと言って二十三歳。精神分析の得意な園田先生のカルテによればそうなっている。むろん名付け親は園田先生だ。

 

 どうだ、事態がわかるかハルヒコ君。わかるはずだ。僕はここに深い覚悟と決断を持って君を殺す。

 しかしそれは僕シュウジの自殺と同義だ。


 皮肉な話だ。切ないが僕はそれを実行する。君が僕にどう詫びてももう遅いのだ。これは喜劇的な死ってやつだ。


 誰も同情なんかしっこないし、もししたならそいつは偽善者だ。

 

 君はここまで読んでくれたのだろうか……。まあ読んでくれているものと仮定して先を書こう。


 しかし、繰り返すがマイと君の結婚の件は僕には実に辛かったよ。いったいいつから君はその紳士面を引っ提げてマイと寝ていたのだ。


 その事を知ったとき僕は嫉妬に狂ったんだ。普段の僕が殺意に取り付かれて凶暴な獣に変わっていたのだよ。

 

 君を殺してしまいたいのだ。くどいようだが、二重人格である僕にとっては自殺をする事以外に君を殺すすべがない。

 

 僕はこの手紙を書き終えたら、麻酔を使って君が痛みをすぐに感じないように処置してからナイフを腹に突き刺すつもりだ。


 この手紙を読みたまえ。そして泣け。叫べ。


 僕は君が死ぬ前に君を目覚めさせるつもりなのだ。


 ハルヒコ、君の覚醒の方法については園田先生の話を注意深く聞いて会得しているのさ。

 

 ――さようなら。ハルヒコ君。天国でいい夢でも見りゃいいや。


 天国で……、 いや、 地獄で君と、もし会ったら僕らに二つの身体があるように祈るよ。君が天国に行けるように。



 

 マイ、悲しまないでほしい。僕にはこうするよりなかったのだ。許してくれマイ。心から愛するマイ。


  

   *   *



 ――手紙を手にしたハルヒコは、床が鮮血で見る見る深紅に染まってゆくのを、泣き声もたてないまま、ただ静かに眺めていた。





                  了


           



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自殺者の手紙 松長良樹 @yoshiki2020

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