第70話 プロローグアゲイン 白銀の壁 【5】

 食堂にて、プロテインを牛乳に溶かして飲み干す。

 この時間帯に王子が来るか来ないかは半々。

 今日は来ていない。いたらいたで騒がしいが、いなかったらいないで気になってしまう。王子は謎が多く、つかみどころのない人物だった。

 

 そんなこんなではあるが、この閉鎖空間での生活にも慣れてきた。

 欲しい物を注文すればある程度の物は手に入るし、この時代のマスコミも押し寄せることはない。法律で守られているからきっと外に出ても大丈夫だろうが、今はこの病院から出る気にはなれなかった。


 夜になり借りたベットで横になっていると、フリージオ・エトワールが部屋に入って来た。俺は彼を王子と呼んでいる。王子との出会いはフランスでの不倫裁判。あの時は王子とこんなフランクな関係になるとは思っていなかった。王族だし身分が違うし。あの不倫裁判からほぼ一年か……。あっという間に感じるのは、それだけ必死だったんだろうな。

 王子は無邪気な笑顔をしていた。独特なオーラだ。少し体を伸ばした所で俺の隣に寝そべった。


「何か進展あった?」


「それなりに。……ていうか、王子はいつも何してるんだ?」


「何してるもなにも、今はユッキーの事がメインだから」


「相変わらず何考えてるのかわからんな。フリージオっていうかフリーダムだよな」


「上手い!」


「そういうつもりで言ったんじゃないよ」


「それにしてもユッキーの筋肉は湯たんぽみたいに暖かくていいよね」


 王子はいつものように抱き付いて来る。

 もう慣れたので一々変な反応はしない。


「……今クレイは何してるんだ?」


 クレイという人物は、出会ってからずっと俺のボディガードをしていた麗人だ。最初は堅物で怖い人だと思っていたが、フランスでは不倫裁判の証拠を掴むのに協力してくれたり、エジプトでは俺を助けてくれたり、日本ではライブのサポートスタッフを、ダニエルの家では一緒にゲームをしてくれた。勿論タイでの出来事も胸に深く刻まれている。稽古もつけてくれたしな。今では俺の師匠みたな存在になっている。


「新社長のボディガードじゃない?」


 ……新社長か。

 あの一件以来、ニュースなどは見ていない。

 思い出すだけでも胸が苦しくなる。

 エーデルに俺がこの時代に来てからの事を話して、大分気が楽になったと思っていたが、まだ立ち直れていないんだろうな。


「それも聞きたかったんだけど、仲の方は大丈夫なのか? 色々あったじゃんか」


「ねぇ、今それ聞くの? 遅くない?」


「……アメリカにいた時は、周りが見えていなかったというか……」


「クレイとの付き合いは長いからね。十二歳からだったかな? もう十六年近い付き合いだね」


「タイでの……あの時の行動は本気だったと思う?」


「本気だったんじゃないかな」


「……平然としてんな」


「だから僕はクレイの意志を尊重しようと思ったんだ」


「意志ってなんだよ」


「クレイが本気になるほどの事だよ。実はあの時期ぐらいに、クレイと僕との間で意見の相違があってね。あの行動を見て、クレイの本気さというか強い意志を感じたんだ」


「もっと具体的に言ってほしいが、言ってくれないんだろうなー」


「君が僕のものになってくれたら、具体的に話してもいいけど」


「……俺がいなくても、王子なら何でも出来そうな気がするけどな」


「そうかもしれない」


「否定しないんだな……」


「違うよそう言う事じゃない。言葉には言霊があるから、ネガティブな言葉は使わないようにしているだけ。ユッキーが友達になってくれたら、超心強いし。実際、お金で解決出来ることはあるけれど、人間関係でそういう力は使いたくない。ユッキーをお金で支配しても心までは買えないからね。平たく言えば、ユッキーのことが、大・大・大好きっ! だーかーらー仲間になってーっていう話」


「なるほど。わかりやすい」


 俺がエーデルに対して味方になってほしいのと同じ様に、王子も俺に味方になってほしいという事か。何をしたいのかはわからんが、少なくとも王子の行動原理は見えてきた。


「僕はクレイを友人だと思っているし、対等な存在だと思っているけど、彼はきっと僕を重荷に感じているんだろうな」


「まぁ、王族とボディーガードが、対等ってのも難しいだろうな」


 王子とクレイの間にも、普通ではない特殊な関係があるのだろう。

 ヴィーナ達、トルゲス一族にも。

 誰にだって誰かとの関係性があり抱えている悩みや秘密がある。

 俺に対してダニエルは表面的なものしか見ていないと言っていた。

 その通りだ。

 まだまだわからないことが沢山ある。もっと考えて思考を巡らして自分を磨かなければ、その答えにたどり着けないのだろう。


「えーい、こちょこちょこちょこちょ」


「うわっ、何だ何だ」


「スキンシップで、仲を深めようと思いまして」


「スキンシップは嫌いじゃないけど」


「じゃーあぁーイイヨネッ」


「あはははっ! やめてくれぇい」


 俺は子供みたいに笑った。こんなじゃれ合いは学生以来だ。

 何だかんだ言っても王子は俺を元気付けてくれてるんだよな。

 いい奴だ。

 結婚生活の話は五人が終わり、残すは後三人。

 エーデルに対して平常心で話せるだろうか。

 ここからは重い話が続くから。

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