セクシャルアクターズ

第69話 プロローグアゲイン 白銀の壁 【4】

「随分半端な所で話が終わるんだな」


 いつもの渋い落ち着いた声のエーデル。怒ってはいない。

 俺がエーデル・スターリンに出会ってから三週間、お互いに自然な会話が出来る様になったとは思う。この精神病院に来るまでは、絶望の淵に立ち、何の為にここに来ているのかと目的を見失っていた。第二回メンズ・オークションに出場した壮年の男を、何故俺が救わなければならないのかと、そう思っていたのだ。

 だが実際会って話してみると、思いの外気持ちが落ち着いて和んでいる自分がいる。エーデルの事情を聞きだそうしていたのに、完全に自分の悩み相談になってしまっている。心のどんよりとした黒いものが少しずつ薄く消えてきている。


「どうした、ゆきひと。疲れたのか?」


「いや、少し考え込んでいたんだ。半年前の事なのに、妙な懐かしさを覚えて。中途半端になったのは誕生会が終わった後、一人部屋に籠ってRPGをプレイさせてもらったからなんだよ」


「ロールプレイングゲームか、何のゲームだ?」


「知ってるかどうかはわからないけど『クロノスイッチ』と『クロノスクロ』っていうタイトルのゲーム」


 クロノスイッチとは「ファイナルクエスト」と「ドラゴンファンタジー」の製作チームが、合同で共同開発した伝説のロールプレイングゲームだ。主人公である少年少女達(仲間には、ロボ、カエル、原始人、魔王がいる)は、銀翼の翼に乗って時を超え、来たる世界滅亡の危機に立ち向かうというストーリーのSF冒険活劇。当時学生だった俺は、プレイ・ステイ・ジョン版を寝る間を惜しんでプレイしていた。ストーリー、世界観、キャラクター、BGM、どれをとっても素晴らしく、あの時の感動は今でも色あせてはいない。

 クロノスクロは、クロノスイッチの続編にあたり、タイムトラベル(時間旅行)を主軸としたクロノスイッチとは違い、続編の方はパラレルワールド(並行世界)を主軸としている。当時の俺には内容が難解で理解出来なかったが、この年齢でプレイしてみると、なかなか考え深いものがある。何より八百年後の未来に飛んだ俺にとっては、主人公に対しての感情移入効果は絶大で、プレイ中涙腺が何度も緩んでしまった。


「クロノスイッチは……聞いた事があるな」


「エーデルはゲームをやった事とかない?」


「テトリスなら」


「知ってる知ってる。小っちゃい頃やった記憶がある」


 テトリスはロシア発祥のパズルゲーム。

 有名なゲームだから俺も知っているが、話を広げるのは難しいな。


「そう言えば彼女は今どうしてるんだ? パステルだったか」


「アイドル活動はもうしてないけど、新しい夢に向かって何かにチャレンジしているみたい」


「そうか。彼女には酷い事を言ってしまったな。もし今後、会う事があったら謝っておいてほしい」


 今後……会う事はあるのだろうか。

 エーデルをこの病院から連れ出せたとして、その先どうすればいいのか、皆目見当がつかない。

 突き詰めたい件はある。

 だがそれをするのは単独では無理だ。


「会う事があれば、謝っておくよ。……そうだ、ここを出たらエーデルの誕生会をしよう」


「悪いが、自分の誕生日を知らないんだ」


「……ごめん」


「別に構わないさ。僕には戸籍がなくてね。スラム街で育ったんだ。自分の手を汚して生きていくしかなかった。夢なんてなかったな。でも……」


「でも?」


「今度君と……一緒にゲームでもしてみたいかな」


「そうだな。やろうやろう」


 エーデルの優しい表情に俺は笑ってしまう。

 大丈夫だ。打ち解けてきている。

 その日の会話はそこで終了し、今日も白銀の壁のある部屋を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る