第68話 ジェラシーはシャンメリーと共に溶けてゆく

 半身浴が終わってお風呂から出てドライヤーで髪を乾かす。体をバスタオルで拭いてパジャマを着て脱衣所を出る。明かりは点いていない。まだこの家の夫婦は帰ってきていない。

 空いている部屋を使っていいと言っていたが、どの部屋を使っていいのだろうかと、ゆきひとは視界に入るドアを開いてみる。何だかホラーゲームみたいだと、ドキドキする。知らない家の探索はワクワクするものだ。部屋の電気を点けると殺風景な空間が見えてきた。あから様な「客間」といった感じの部屋。少しストレッチをしてから布団に入る。ベットではなく敷いてあった布団。フカフカの布団で寝心地がいい。そのまま意識を失ってしまいそうだった。


「あ、名探偵ドイル読むの忘れた」


 結局黒幕は誰だったんだろうかと落胆するが、知らないものは知らない方がいいこともあると「ま、いいか」と忘れることにした。

 他にも忘れていたことがある。

 第一回目の男に「今幸せなのか」と聞くのを忘れていた。でもそんなことを聞いたら「下らねぇ質問してんじゃねぇ!」と怒られていただろう。もはや第一回目の男は、そういうベクトルで生きていないのだ。ゆきひとは自分の精神面の弱さを思い知らされた。

 

 次の日の昼。

 ゆきひととダニエルは前日と同じゲームの「アスリートファイターⅡ」をプレイしていた。するとチャイムが鳴る。立ち上がろうとしていたダニエルを引き留め、ゆきひとが玄関のドアを開けた。


「ゆきひとさん、こんにちわですっ! 遊びに来ました!」


 赤いコートに黒いレギンスのセラが現れた。腕やももは細く、スタイル抜群。そこから放たれる可愛らしい笑顔。あまりの美少女っぷりに、ゆきひとはドキリとしてしまう。だがバックに強面の姉がおり、特性「威圧」でその胸のトキメキは一瞬で葬られた。

 リビングに、ゆきひと、ダニエル、セラ、クレイ。ヴィオラは放置プレイ中なので四人対戦のゲームをすることに。ゆきひとは散乱しているゲームカセットの中から、いい感じの物を発見。


「おい、ダニエルー! 「ボン婆さん」しようぜ!」


「俺様をISONOみたいに呼ぶんじゃネェよ」


 「ボン婆さん」とは。

 ブロックマスのステージ内で、爆弾を配置し攻撃して倒すアクションゲームである。対戦は基本四人で、それより人数が少ないと他はCPUになる。四本のコントローラーが挿せるハイパーマルチタップをセットし、いざ対戦へ。

 四角形のマスの隅に、プレイヤーキャラの「婆さん」が配置されている。最初はブロックに囲まれているので、爆弾を置いて壊していく。壊せるブロックと壊せないブロックがあり、壊せる方からはアイテムが出現する。火力を上げるアイテム「カレムーチョ」や、ボムを置く数を増やす「火器のタネ」などがある。ゆきひと、ダニエル、セラは、順調に壁を壊してアイテムを入手していくが、クレイは自分の置いたボムと壁に挟まれ自滅していた。麗人はつい真顔になる。ゆきひとはセラとダニエルのボムに挟まれて倒される。最後はセラとダニエルの一騎打ち。ダニエルは、壊せるブロックを貫通出来るようになるアイテム「ハバネロ」を手に入れていたが、終盤は壊せる壁がなくなり、アイテムの能力を発揮出来なかった。一方のセラは爆弾の爆破時間を指定出来るアイテム「うまいボン」を手に入れており、優勢な状況だった。アイテム性能の有利さのままに初戦はセラが優勝した。

 途中、クレイとヴィオラが交代しながらも、対戦は続いていく。

 勝率が高いのはダニエルとセラ。中間はゆきひととヴィオラ。クレイはゲームが下手クソだった。妹は姉に勝つと喜び、男同士の熱いバトルもあり、夫婦のSMバトルも展開された。お茶やお菓子が振る舞われ、ただのゲーム対戦がちょっとしたパーティに。全員が一喜一憂し、その一瞬一瞬を楽しんだ。

 

 ゲームパーティは連日続き、十一月の下旬に差し掛かった。

 そんなとある日の夕方、ゆきひとは、壁にかけられているカレンダーを見つめた。SUNNYのゲームキャラクター達で構成されたイラストに目を奪われるが、他にも気になることがあった。


「今日って、十一月二十二日なのか……」

 

 ゆきひとの言葉に反応をみせるセラ。


「いい夫婦(1122)の日に、何かあるんですか?」


「いや、俺の誕生日だなって……」

 

 セラは口に手を当てて驚く。


「そんなの祝わないとじゃないですかっ!」


「なんだ小娘、煩いゾ」

 

 ダニエルも話に加わる。


「今日、ゆきひとさんの誕生日なんです!」


「何だよ、お前誕生日かよ! 早く言えよ! そういえば昨日は「ハイファミ」の誕生日だったな、合同誕生会しようぜっ!」


「そこは単体で祝って下さいよ。合同でもいいですけど……」

 

「おいババァ! ピザのLサイズ四枚デリバリー頼め!」


「はいはい」

 

 ゆきひとの呟きはセラからダニエルへ、ダニエルからヴィオラへと瞬く間に拡散していった。ゲームを練習していたクレイの耳にも入る。

 ダニエルは体全身を揺らし両手を突き上げる。


「今夜はハイファミさんとゆきひとの誕生日を祝してぇー、ピザ&ゲームのパァティナイトッ!」


 セラはスマホを取り出す。


「ヴィーナさん? 今日、ゆきひとさんの誕生日なんです! これから来れますか?」


「ちょっと、セラちゃん?」

 

 ゆきひとはセラを制止した。もちろんヴィーナに来てほしいという気持ちもあるが、自分が自分でいられなくなってしまう。

 通話中のセラはというと、どんどん表情が暗くなっていた。


「セラちゃん……ヴィーナさん来れないって?」


「いえ、そっちではなく……」


 三十分後。

 ピザのデリバリーに対応するヴィオラ。それと同時にヴィーナがやって来る。洋菓子が入っていそうな袋を引っ下げて。

 リビングは簡単な装飾が施され、祝賀ムードが漂う。ゲームは一端中止で隅に寄せられる。クレイとセラの二人が中央の床にシルクのシートを引いていく。ナイフやフォークなどの食器類やワイングラスも並べていく。ゆきひとはというと、隣の部屋でサングラスをかけて待機しているという状況。ヴィーナが来るということで心臓が破裂しそうになっていた。半月前はまだ大丈夫だったのに、日に日に悪化している。

 ヴィオラとダニエルがピザボックスを並べている所にヴィーナがリビングに入って行った。


「お邪魔します」

 

 そう言って袋を床に置くヴィーナ。

 内装を確認する。


「床……ですか?」


「そうだゾ。床で食べるのが俺様の流儀だぜ」


「いつも妹と仲良くして下さってありがとうございます。……随分と変わられましたね」


「デブなのは自覚してるから気を使わんでええゾ。お嬢は来るのか?」


 たじたじなヴィーナ。

 続いてまた玄関からの物音。

 二人追加でリビングへ。


「ダニエル氏おひさー」


「ハイハイー! 私も来たよー!」

 

 仲良さげに入ってきたソフィアとパステル。

 二人はシャンメリー(ノンアルコール)の入った袋を床に置く。

 同じアイドルユニットを組んだパステルの声にゆきひとは反応。

 勢いでリビングに入場。


「二人共、どうしたんだよ」


「まぁ……私は今の妻ですから。誕生日ぐらいは祝ってやるわよ」


「相棒の誕生日に出席しない訳ないじゃん!」

 

 ヴィーナは苦笑いで事情を話す。


「実は、ゆきひとさんの誕生日は知っていて……私達はサプライズで登場する予定でしたー」


「あ……」


「そんなことは、どうでもいい。俺様のピザが冷めちまうだろうが。さっさと席につけ!」

 

 ダニエルの声でヴィオラを除いた全員がピザを囲んで座った。

 ヴィオラは手慣れた様子で、シャンメリーのコルクを「スポンッ」と小気味いい音色を響かせながら抜いていく。グラスに注がれるシャンメリー。ピンクパールのような輝きが放たれ、泡が満ちてゆく。そして全員がグラスを持つ。


「お前ら! ゆきひととかいう色男とハイファミさんの誕生日を祝って乾杯!」

 

 一斉に「乾杯!」と祝杯を上げる。


 「ゆきひとさん、お誕生日おめでとう」とヴィーナ。「相棒! 先月はお世話になりました。誕生日おめでとっ!」とパステル。「お誕生日おめでとうございます!」とセラ。「ゆきひと、おめでとう」とクレイ。「俺様からも、おめでとう」とダニエル。「ゆきひと様。ハッピーバースデーですわ」とヴィオラ。


「……」


 ソフィアはムスッとして黙っている。

 先に口を開いたのはゆきひとの方だった。


「その……サングラスなんだけど、元々はソフィアのなんだろ? 大事に使うから貰ってもいいかな」


 緊張気味のゆきひとを見て、ソフィアは気が抜けてしまった。


「お姉ちゃんにあげた物だし、お姉ちゃんがゆきひとにあげたなら好きにしていいわよ。……もう、そんなこと気にして馬鹿じゃないの?」


「ゴメン。ありがとう、ソフィア」


「私に感謝しなくていいわよっ! その……誕生日おめで……と……」


 ゆきひとはシャンメリーを一気飲みして口を拭いた。嬉しくてたまらなかったのだ。今までこれだけの人数に誕生日を祝福されたことはなかった。

 感謝しかない。


「俺、めちゃくちゃ嬉しいよ! 皆、ありがとう!」


 感謝の言葉と共に食事と談笑が進んでゆく。ゆきひとはノンアルのシャンメリーでほろ酔い気分になり、顔が赤くなった。ヴィーナにお酌されて照れている。


「今日ぐらいは許してやるわよ。色男」

 

 ソフィアは誰にも聞こえない声で呟いた。そして彼女もシャンメリーを一気飲みした。この三週間、ゆきひとと(放置プレイという形で)結婚生活を送り、ソフィアも気がついた事があった。それは自分が恋愛したり結婚したりするよりも、他者の恋愛や結婚模様を見ている方が好きだという事だ。夫と姉が楽しそうに話しているのを見て、幸せな気分になれたのだ。いつぞやのジェラシーは何処へやら。

 ソフィアはゆきひとに対するジェラシーのスキルを密かに消去した。


 ピザボックスが空になったので、ヴィーナはケーキボックスを中央に持っていく。ボックスを開くと白い生クリームに包まれたホールの苺ショートケーキがお目見えした。ねじられた白いロウソクの塔が立っており、シルクを隠すように二十六個のガーネットが光輝く。部屋の照明を消してシルクの塔に明かりを灯す。小さい光だが心を暖めるのには十分だった。


 パステルは立ち上がる。

 定番のバースデーソングを披露するのだ。


 「~ Happy Birthday to You ~」と、想いを込めて。

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