第63話 漫画喫茶ノスタルジー

ヴィーナと別れたゆきひとは宿を探す。

 深夜一時を回った外路地は人っ子一人いない。

 それでも都市部という事もあって、ネオンだけは淡く煌めいている。

 ゆきひとはどうしたものかと途方に暮れる。

 そんな男の肩を何者かが叩く。

 振り向くと、そこにはボディガードのクレイがいた。


「いたのか!」


 全く気配を感じなかった為、ビビりまくりのゆきひと。


「外を出歩く時は大抵光学迷彩で隠れて後をつけていたが」


「まさか……全部みてないよな?」


 男には見られてはいけない状況というものがある。


「四六時中ではない」


「そっか……でももう俺一人で自分の身は守れるよ」


「ローズが襲って来たら、そうはいかないな」

 

 ゆきひとは否定出来なかった。

 エジプトで襲われた時の事を忘れた訳ではない。

 アイドル活動の最中でも、自主的に格闘技を学び、殺陣の練習などもしてきた。

 今なら抵抗ぐらいは出来るかもしれない。

 でも勝てるかというと、そこまでは意識がいっていなかった。

 クレイの言葉で自分はまだまだだと再認識した。

 やはり、更なるレベルアップが必要なのだ。


「……だったら今度、稽古つけてくれないか? 次、ローズに襲われたら……俺は彼女に勝ちたい」


「いいだろう。ちなみに今夜はそこに泊まったらいい」

 

 クレイの指さす先には漫画喫茶「メンボー」があった。

 街頭掲示板が点滅しており、利用料金の表示がそれぞれ光っている。


「漫画喫茶には身分証明書が必要だ」

 

 建物のエレベーターに二人で乗る。

 赤い絨毯の上に黙って立つ。

 この緊張感はゆきひとにとって懐かしかった。

 クレイがゆきひとのボディガードになって約半年。

 当時のような威圧感は覚えない。


 店内に入ると透明感のあるカウンターレジが目に入る。その壁伝いにフリードリンクコーナー、様々な雑誌が並ぶマガジンラック。カウンター奥のスタッフが顔を出し、クレイが対応する。ここのスタッフは生きた女性でヴァーチャル店員ではなかった。その事にゆきひとは何故か安心感を覚えてしまっていた。

 ゆきひとは待っている間、マガジンラックを物色。

 週刊誌の「少年ステップ」「少年バレッタ」「少年サタデー」から、月刊誌の「ケロケロコミック」「コミックドンドン」まである。他には、IT雑誌、スポーツ誌、ゲーム情報誌、ファッション誌など、全ての雑誌が揃っているのではないかと思うほど、バリエーションは豊富だった。

 一つ一つを手にとって読んでみる。

 少年誌に至っては、ほとんどが復刻盤で、ゆきひとの知っている漫画がちらほらある。「ケロケロコミック」や「コミックドンドン」の内容は覚えていなかったが、友人の家で読んだ記憶がある。全てが懐かしい。気持ちだけが過去に戻ってしまいそうな勢いだ。


「ゆきひと、部屋が取れたぞ」


 ゆきひとはクレイに再度肩を叩かれる。

 伝票挟みを渡されたゆきひとは内容を確認する。部屋番号は二十二だった。

 二人は黒い仕切りの個室群の壁と本棚の間を進む。間接照明がぼんやりと光る空間は幻想的で、現実を忘れさせるような雰囲気を醸し出し、壁の本棚には漫画本がビッシリと並べられていた。どの漫画を読もうかと悩んでいる女性客と何度かすれ違い、フリードリンクを個室に持ち込もうとしている女性客と二人は目が合った。というか、女性客とすれ違う度に必ず目が合う。無理もない。屈強な男と男装の麗人が目に入れば、あまりの珍しさに注目を集めてしまう。

 ゆきひとといえば本棚の漫画本が気になって仕方がない。子供時代に放送していたテレビアニメの原作本がズラリ。宿屋を求めて漫画喫茶に来たわけだが、目的意識が完全に変わってしまった。「漫画」喫茶なのだから、本来の利用目的とは合致しているし問題はない。五日まで時間はある。読めるだけ読もうと、内心ウキウキ状態になっていた。


「ここだ。一緒に入るぞ」


 クレイは言う。


「同室?」


「不満があるなら貴殿の「今の妻」に抗議してくれ」


 今の妻、つまりはソフィア。

 ゆきひとのバフ効果が、また剥がれた。


「いえ、結構です……」

 

 二人はツインソファで一夜を共に過ごした。


 四日は丸一日漫画喫茶で過ごす。

 現時刻は午前十一時。

 ゆきひとはフリードリンクコーナーで、コップ一杯分のメロンソーダを飲み干した。炭酸飲料を飲むのは久しぶり。今までだったら、栄養配分が気になって口にしないところだが、京都でアルコールを口にしてしまった事で、歯止めが効かなくなった。改めなければと頭を悩ましている時に、近くのベンチでファッション誌を見ているクレイが目に入った。ゆきひとは気になったので声をかけた。


「おっ何見てんだ?」


 クレイの見ている男装ファッション誌に載っていたのは、アイドル活動をしていた時のゆきひとだった。


「うわっ、何見てんだよ」


「よく撮れてるじゃないか」


 自分のファッション撮影の決めポーズを知り合いに見られるとか、恥ずかしいことこの上ない。

 ゆきひとはふと視線を感じたので周囲を見る。女性客で結構賑わっていた。正午付近だからだろうか。壁際から二十歳ぐらいの女子二人がこちらを見ている。俺達のパーティに入りたいのか? ……という冗談は置いといて、目が合うと驚いて逃げてしまった。

 何だろうこの空気感は。

 クレイは全く気にせずにファッション誌のページをめくっている。

 ゆきひとは、もやもやしつつもクレイを放置して読みたい本を探した。読みたいのはもちろん漫画本。青年誌向けのコーナーへ向かった。


「ないかなー「ゴールデンカユイ」……多分完結してるよなー」


 八百年前の漫画だ。

 絶対に完結している。

 「ゴールデンカユイ」だけではない、他の漫画本も。

 「名探偵ドイル」もきっと完結している。

 赤の組織のボスはやっぱ黒佐博士だろうか。後で読んでみよう。

 個室内で山のように積まれた「ゴールデンカユイ」を一冊ずつ読んでいく。

 三冊読み終わった頃にクレイが戻ってきた。


「おかえり」


「ああ」


「女子達の視線に、気が付かなかったのか?」


「気付いていたが」


「あのさ、疑問に思ってるんだが……見てるだけで話しかけてはこないんだな」


「貴殿は「男子保護法」で守られているからな」


「……なんだそれ」


「こちらが許可を与えていないのに、不用意に近づいて、ボディタッチを行えば罪に問われるということだ」


「そうだったのか……こちらって、ヴィーナさんの会社が許可を与えるか与えないか判断出来るってことか?」


「社長の会社SWHとアメリカ政府は密接な関係があると言われている。SWH自体に強い権力があると言ってもいい」


「そう言われると、何か怖いな」


「怖気づいたか?」


「別に……」


「ネット上ではアイドルだった男が滞在していると、もう広まっている。スタッフには事情を説明している。粗相は起きないと思うが、あまり店内を歩き回らないでほしい」


「……わかった。ネット上か……」


 個室にはパソコンと8kテレビが設置されている。

 インターネットも出来るので、色々調べてみるかとゆきひとはPCに向かった。

 ナノマシンでもネットは使えるが完全に放置状態。

 慣れてないものは使わなくなる。……それではダメなのだが。


 最初のメンズ・オークションは八年前の二八十七年の七月に開催。

 まだ公式ホームページが残っている。

 ページ内を、テクテクテクと二等身の可愛らしいキャラクターが歩いていた。


「公式キャラクター……ヴィーナちゃん? ヴィーナさんがモデルかなぁ……」


 公式ホームページをブラウザバックし、出場していた男のことを調べる。

 男の名前はダニエル・ウォーカー。アメリカ人男性。

 当時二十五歳。つまり現在は三十三歳。

 他にワードを絞って詳しく検索するが、情報が出てこない。

 そういえば、二回目の動画も残っているのだろうか?

 第二回メンズ・オークションについても検索する。出場した男の情報は、全く出てこないが、かろうじて動画はヒットした。そのヒットした動画を再生しようとするも「削除されています」や「非公開設定になっています」と出る。だかこういうのは何かしら動画が残っているはず……と、まとめサイトや動画サイトを渡り歩く内に、エロ広告ひしめき合う怪しい動画サイトにたどり着いた。隣ではクレイが横になって休んでいる。恐らく寝てはいないだろうが、こんな所でうっかり無料AVでも流してしまったら恥ずかしい事になる。ヘッドフォンが刺さっているから音は漏れないが、メンズ・オークションの検索はここで断念した。


 その日もゆきひとはクレイの隣で寝る事に。

 ゆきひとは不思議と落ち着いていた。

 この漫画喫茶という、非現実的な空間にいるからだろうか。読み終えた漫画の山。隅に置かれたジュースの少し入った紙コップ。パソコンの画面は無料で見れるアニメの動画サイト。こんなにゆったりとした時間を過ごしたのはいつ以来だろうかと、ゆきひとはツインソファにもたれかかり目を瞑った。その数分後には意識を失い眠りについていた。

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