第64話 第一回目の男
十一月五日の午後五時。
ゆきひと達が漫画喫茶から出る頃には、空は赤く色づいていた。外には十数人女子達が集まっており、ゆきひとはクレイに「行くぞ!」と手を掴まれて走った。その様子を見ていた女子達から黄色い歓声が聞こえる。漫画喫茶で某鍋シーンを読んだゆきひとにとって、その歓声の原因を予想するのは容易いことだった。
クレイは女性的な凛々しさがある反面、言葉遣いが男っぽく男性的な雰囲気も持ち合わせていた。男から見ても立ち振る舞いなどがかっこいいと思えるほどで、大方、出待ちの女子達はゆきひととクレイでBLを想像したのだろう。
ダニエルの別宅の高層マンションには、十五分前に着いた。
辺りは平地で他に高い建物は無い。このマンションの上層部からは見晴らしのいい景色が見えるのではないかと想像が膨らむ。
豪華なエントランスは綺麗に磨かれた大理石の床。水が零れていたら滑りそうなほどに磨かれている。その上をそそくさと歩き、重い扉のエレベーターが開いてそこに乗る。そして、鏡の反射する密閉された空間でゆきひとは黒いサングラスをかけた。ヴィーナから貰ったあのサングラスだ。生の漢と会うのに気合いを入れる為だ。七階で降りてメモの住所の部屋の前で立ち留まる。外廊下は強風が吹いており、骨身に染みるほどの凍える風だった。
「ダニエル氏は時間前に来るのを嫌がる性格らしい。私はセラを連れて来る。七時を越えたら、自分でベルを鳴らしてくれ」
クレイはそう言ってその場を去る。
ここまで来なくても大丈夫なのに……と、思ってしまうが、クレイの面倒見の良さが表れた行動なのかもしれない。
指定時間に知り合いの家で待ち合わせ。
子供の頃、誰しもが経験をしたことだと思う。
他者の家に上がり込む時は物凄く緊張する。
中に他の家族はいるのだろうか。
どんな内装で飾られているのだろうか。
結構、独特な香りを発していた家が多かった気がする。
指定時間まで後数分。待っていると数分間が長く感じる。
ゆきひとは、かじかんだ手に息を吹きかけた。
指定時間になったで、ゆきひとは意を決してベルを鳴らした。
「ブー」と、奥まった音が聞こえた。
勢いよく玄関のドアが開いて、ゆきひとの顔面を直撃。突然の激痛にゆきひとは座り込んで額を抑える。黒いサングラスは横に飛んで落ちてしまった。
「ああ、スマン! もう玄関で待ってたゾ!」
ゆきひとは頭上の男を見た。
思わず二度見。
三度見。
写真と見比べる。
写真と本人を重ねてゆっくりとずらして見る。
ゆきひとの目の前に写真と同じようなハンサム男はいなかった。
いるのは顎の無い金色の巨大柏餅。
「ダニ……エルさん?」
「お前、失礼な奴だな」
「失礼しました。俺、大桜ゆきひとっていいます。ライブステージ関係でお世話になりました。よろしくお願いしますっ!」
「ああ、よろしく。かしこまらなくていい」
ダニエルはゆきひとの持った写真を奪い取る。
「俺様の八年前の写真か。あの時は細かったな」
ダニエルは写真を投げ捨てた。
写真はふわふわと木の葉が舞うように落ちる。それをゆきひとは下からすくい上げた。そして黒いサングラスが強制装備解除されていることに気が付いてそちらも拾い上げる。
ゆきひとは狭い廊下を歩くダニエルの後ろをついて行く。
いや、廊下が狭いのではない。
ダニエルが太いのだ。
優しく言えばぽっちゃり。
控えめに言ってデブだった。
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