第62話 真夜中公園
木枯らし吹く肌寒い季節。
ゆきひとは新宿の街を目的もなく歩いている。スーツを着ていても体は冷える。自販機を発見し、ホットの缶コーヒーを購入……しようとしたが、現金に対応しておらず、近くのコンビニに足を運んだ。
「ファミリーハートか……」
ゆきひとのいた時代にもあったコンビニエンスストア。
電子パネルは少々変わっているが、慣れ親しんだものに近い。
深夜零時の店内に別の客はおらず、筋骨隆々の男が一人。
「いらっしゃいませ!」
「うわっ、びっくりした」と心の中で叫びながら、ゆきひとは仰け反る。カウンター奥の電子パネルに、等身大美少女のヴァーチャル店員が映し出されていた。
ゆきひとは、そそくさとホットの缶コーヒーと菓子パンを選びレジカウンターに置いた。
「どうしました?」
ヴァーチャル店員は可愛らしい声だ。
「もしかして……セルフ?」
「はい!」
ヴァーチャル店員の優しい案内でセルフレジ会計を済ませる。
ゆきひとはお釣りをポケットに入れた後、ふと気になることがあったので質問をしてみた。窃盗が起きた場合はどうするのかと。ヴァーチャル店員は「ムフフッ」と微笑んで「ご想像にお任せします」とスマイルを送った。ゆきひとの「恐怖効果」は重ね掛けになった。
ビルの合間にひっそりと佇む公園。
二人乗りのブランコは風で少し揺れている。
子供が立ちこぎで遊んだ後みたいに揺れていた。
その揺れたブランコに座り、ホットの缶コーヒーを一口飲む。
体がじんわりと温まる。
「……はぁ」
吐く息が白く広がっていく。
その広がりは突風で散りじりになり、男の足元の落ち葉をまき散らした。
体を少し縮こませる。
ふと空を見上げた。
そこには三日月が輝いていた。
寂しさ。みすぼらしさ。孤独。
冷え切った熟年夫婦は、こんな気持ちを抱えて毎日を送っているのだろうか。
そんな事を考えてしまうような情景が、ゆきひとの目に映っていた。
人を好きになる気持ちは一時的なもので、時間が経てば変わってしまう。
離婚したゆきひとの親だけではなく、永遠の愛を誓った大半の芸能人も、時が経てば離婚してしまう。そもそも何故、結婚する必要があるのか。好きであれば、ただ一緒にいればいい。婚姻届けを出す、つまり結婚をするという目的には、金銭的な絡みがあるからだろう。そこに愛はあるのだろうか。付き合っている間だけが、本当の愛とも言えなくはない。
最初の(弁護士)の結婚相手も、不倫裁判を扱っていた。結局、当事者らは離婚し、その周りの人間及びAIは誰一人として幸せにはなれなかった。
結婚をし、誰かを愛したことで不幸になっていったのだ。
結婚なんてろくなもんじゃない。……そう思っているにもかかわらず、ヴィーナの事が気になってしまう。結婚したいとさえ思う。
この矛盾した感情が辛く苦しい。
人を好きなる事は理屈ではない。
確かにそうなのかもしれない。
「俺は……」
ヴィーナの事が好きなのか?
「ゆきひとさん?」
ゆきひとは声のする方を向く。
そこにはヴィーナがいた。
「うわぁっ!」
ゆきひとの仰け反り、本日二度目。
「……驚かして、すみません」
「あ、いえいえ大丈夫です」
ヴィーナは空いているブランコに腰を下ろす。
「妹が、冷たくしているみたいで……」
「いやそんな事はないです! 俺、どちらかというと「マゾ」なんで」
「マゾ」とはマゾヒズムの略で、攻められたり痛めつけられたりすることに快楽を得る人のことを指す。通称「M」。
対義語・反対語に「サド」があり、サディズムの略で攻撃することに快楽を得る人のことを指す。通称「S」。
突然の事に恥ずかしげもなく己の性癖を語るゆきひと。
物思いにふけていた事など、頭から完全に飛んでいる。
「そうだったんですか……。私「サド」って訳じゃないので相性悪そうですね」
「じゃぁ俺が「S」になります!」
「面白いですね、ゆきひとさん」
ヴィーナは小さく笑う。
ゆきひとはヴィーナの一つ一つの仕草に見とれてしまう。
「あの、ソフィアから伝言があります」
ソフィアの名前を聞いた事で、ゆきひとの高揚感ゲージは一気にゼロに。
もはや「ソフィア」という名前が、一種の「バフ効果(能力強化)の消去呪文」と化していた。
「その前にこの写真を見て下さい」
ヴィーナの差し出した写真には、金髪のハンサムな青年が映っていた。白いシャツに青いデニム、笑顔からは白い歯がキラリと光る。
「誰なんですか?」
「最初のメンズ・オークションに出られた方です。この時代に来る前は、モデルをしていたらしいです。……今は、ちょっと見た目が変わっているみたいですが」
ゆきひとと同じ境遇にある男。
自然と興味が湧いてくる。
「何でこの写真を俺に?」
「……会ってみたくはないですか?」
何処で何をしているのか。
どういう考えで、どう生きているのか。
そして今、幸せに過ごしているのか。
答えなんて決まっている。
「会いたい……俺、この人に会ってみたいです!」
「ですよね」
「今、何してるんですか?」
「SUNNY(サニー)というゲーム会社のディレクターをしています。普段はアメリカで活動をしているのですが、東京ゲームショウで、奥様と共に来日していて、今年一杯は日本で過ごすそうです」
「サニーってあのサニー!?」
どのサニーかわからなかったが、取り敢えず頷くヴィーナ。
SUNNY(サニー)はゲームをプレイしたことのない人でも意味が通じるほどの大会社で、据え置きゲーム機「プレイ・ステイ・ジョン」シリーズはあまりにも有名。
「SUNNY(サニー)のゲームプロジェクトチームに、ソフィアが協力していた経緯があって交流があるんです。アイドルライブのステージも、彼が動画配信などで協力してくれてたんですよ」
「それは一言挨拶した方がいいですよね」
「今は新宿にある別宅にいます。ここから近いですね。五日の午後七時からなら、来てもいいそうです。名前はダニエル・ウォーカーといいます。……住所を書いたメモと写真を渡しておきますね」
ゆきひとは貴重アイテムの「住所を書いたメモ」と「ダニエルの写真」を手に入れた。
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