第59話 相棒と親友

 マッチョアイドルと元炎上アイドルのユニット結成。各テレビ局で扱われることはなかったが、ネットニュースでは大きな話題となった。批判コメントは多く、炎上アイドルのアンチがネットで大暴れする事態にもなったが、好意的な意見もあり、夫婦アイドルという珍しさに応援する人達も増えてきた。

 マネージャーアイドルユニット「M」のデビュー&ラストライブも決定。ライブ会場は、東京ゲームショウの行われた同会場の幕張メルシア。十月三十一日の一夜のみ。奇しくもパステルがスカウトされた会場で、アイドルデビュー十周年。チケットがネット販売されると同時に即日完売。プレミアがついた。

 決戦のステージまで夫婦は猛レッスンに励む。ストレッチを怠っていたパステルは体が硬く、ゆきひとは背中を押して協力。パステルはあまりの激痛で悲鳴を上げるが、痛みになど負ける訳にはいかなかった。

 次のライブが最後のライブになるのかもしれない。

 その思いが彼女を必死にさせた。

 ユニットやコラボを嫌だという感情はもう無い。ソロで売れたいという気持ちもない。マネージャーアイドル「M」のライブに全身全霊を捧げ、全てを出し尽くしたい。その事で頭がいっぱいなのだ。過去のパステルが嘘のような思考回路。この心境の変化は、大きな挫折をした事が要因になっているのかもしれない。挫折は彼女を成長させた。

 

 ユニットのライブまで後一週間。二人はレッスンの後、深夜のコンビニ前の自販機で缶コーヒーを一缶購入。二人で一缶を回し飲みした。


「ゆきひとさん。ライブもうすぐだね。頑張ろう」

 

 パステルはゆきひとに満面の笑みを見せた。


「勿論だぜ!」

 

 ゆきひとは拳を握り親指を立ててグットポーズ。


「あのさ……嫌じゃなかったらでいいけど、これから相棒って言っていいかな?」


「ん? 俺は構わないよ」


 「……相棒」と口に出してみる。思った通りいい響きだ。パステルは思わず笑ってしまう。パステルにとって夫のゆきひとは、友達以上恋人未満の存在になっていた。ソフィアに対しても、近い感情を抱いている。きっとそういう関係がパステルは好きなのだ。

 批判されること、叩かれること、炎上したこと、アンチが多いこと、一時期は世の中の全てが敵に見えた。でも少なからず好意を寄せて接してくれる人達がいる。

 私はひとりじゃない。

 私はひとりじゃないんだ。

 大多数に望まれなくても、応援してくれる人や期待してくれる人の為に、絶対、ライブを成功させたい。そう強く思いを胸に刻んでいく。


「相棒! 絶対ライブ成功させよう!」


 パステルはゆきひとに手を差し出す。


「おうよ! 相棒!」


 ゆきひとはパステルの手を握りって固い握手を交わした。

 

 ライブ当日の十月三十一日。幕張メルシアの会場前に行列が出来ていた。

 中の会場は、キャパシティ七千人強の縦長の広いホール。入場口から見て、最奥にステージがある。大型スクリーンも複数完備。

 ザワザワと声が潜めくホール内。星空のカーテンが広がるふもとに、続々と観客達が集まって来る。期待と緊張感が入り混じる。

 その緊張感はバックヤードの夫婦アイドルにも伝わる。

 パステルは黄色と白を中心としたフリル付きのアイドル衣装。フリルには黄色やだいだいの花の装飾が散りばめられている。応援に来ていたクレイとセラの姉妹に感想を聞く。一方のゆきひとは緑と白を基調とした前空きのジャケットに白いパンツ。ジャケットはボタンを止めずに全開。筋肉を前面に見せるつけるスタイル。ゆきひとはやっぱり露出が好きだった。

 ソフィアは司会進行役でイベントに参加しており、彼女も少なからず緊張していた。パステルはそんなソフィアの様子が気になり声をかけた。


「緊張してる?」


「ちょっとね」

 

 でも本当に聞きたかったのは、緊張してるかどうかではなかった。

 パステルは別に聞きたい事があったのだ。


「ねぇソフィア。……もしかして怒ってる?」


「えっ、どうしてさ」


「だって、ユニットを組ませるなんて……。ヴィーナさんだったら、絶対組ませないでしょ? 私のこと好きじゃなくなったのかなって」


「もしかしてお姉ちゃんとの扱いの差に嫉妬してる?」


「……そうなのかも、しれない」


「お姉ちゃんとパステルの大事さに関してのベクトルは別。私はただ、パステルのアイドルステージが見たかっただけだよ」


「そっか、安心した! 後、気になってることがあるんだけど……今でも、ゆきひとさんのこと嫌い?」

 

 ソフィアは第三回メンズ・オークションで、ゆきひとを嫌いだと言っていた。パステルはその事をふと思い出し、気になって仕方がなくなってしまっていた。

 本当はこの話題を今出すべきではないのかもしれない。

 でも相棒とライブパフォーマンスをするにあたって親友がその相棒を嫌いなら、最高のパフォーマンスをすることが出来ない。ライブが始まるまでにどうしても聞いておきたかったのだ。

 パステルの思った通り、ソフィアは返答に困っている。

 お互いにソワソワ。


「何て言うか……アイツは、よくやってると思うよ。こんな偏狭な時代に連れてこられても、ああやって明るく周りに接している。私だったら、ああは出来ない。……今は嫌いじゃない。嫌いじゃないよ」


「そう言ってくれてありがとう。嘘じゃないよね?」


「そんなこと嘘ついて、どうすんのさ」

 

 ソフィアは笑う。


「まだ言いたいことがあるんだけど……」


「まだあんの?」


「私、ビアンを装ってたから、ビアンのソフィアに謝りたくて……ごめんなさい」


「……私、ビアンじゃないよ」


「えっ?」


「どちらかというと……ビアン(同性愛者)よりのバイ(両性愛者)かな」


「そうだったんだ、ちょっと驚いた」


「私のセクシャリティはいいの! パステルはどうなのさー」


「ビアンを装ってたけど、ゆきひともソフィアも好き……だから、男と女の何方が好きかと言われると、よくわからないなっ!」


 パステルは笑ってごまかした。あまり自分のセクシャリティを深く考えてこなかったが、今の会話がその答えなのだろう。


「何方の方が好きなの? とか、今は聞かないでおく」


「もう聞いてるじゃん」


「……パステル?」


「何? ソフィア」


「私、パステルがやっていたネコネコ生放送のアイドルソングに救われたの。当時色々あって……。パステルの歌には人を元気にする力があると思う……だから自信を持って」


「……ありがとう。そう言ってくれるのはソフィアだけだよ」


 ソフィアはパステルに抱きつく。


「パステルなら絶対立ち直れるって信じてた……」


「私なんてソフィアがいなかったらどうなっていたか……。きっと誰も信じられなくなってた」


「ライブ頑張って……」


「うん。頑張る……」


 二人は少しの間、溢れる想いを抱きしめあった。

 感極まって泣きそうになる。

 ここまで来るのにどれだけの苦難があったのだろう。

 思い起こせばキリがない。

 でも今は泣けない。

 最高のステージはこれからなのだ。

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