第58話 訳がありすぎてアイドル
パステルはアルバム制作についてソフィアに相談。
即座にオーケーが出てトントン拍子に話が進んでいく。
楽曲は一部オリジナル曲を除いて、昭和平成のアニソンアレンジ。過去のアニソンは著作権が切れているので元手がかからない。オリジナル曲については、作詞がパステル、作曲がソフィア、編曲は(ソフィアの)知り合いのサンウドコンポーサーに依頼する事となった。
一方のゆきひとは早朝ランニングにダンスのレッスン。発声練習。普段の筋トレとは異なるメニューに励んだ。
パステルとゆきひとの結婚期間は一か月間。考える時間はない。ただ根本的な問題があり、この短い結婚期間では、アルバム販売までゆきひとのアイドル活動を継続することが出来ない。そこでパステルは自身お得意の作戦を決行した。
九月下旬。夕刻。
マスクをかけたパステルは、ゆきひとと共にSWHのビルの一室であるソフィアの利用している部長室でネコネコ生放送の配信を行った。精密機械でひしめき合う狭い空間で、二人は細々と今後のアルバムについての会話をした。本来マネージャーであるパステルは配信に出るべきではないが、ことをスムーズに進める為に会話に加わった。ゆきひとの歌う曲は半ば完成しておりデモを公開。一万人の視聴者によるコメントが動画内を賑わした。
「実は問題があります。来週辺りに私達の夫婦関係は解消されます。すると、必然的にゆきひとさんのマッチョアイドル活動も来週で終了してしまいます。なので、私達の婚約関係延長を求めます!」
パステルの発言に視聴者は好感触だった。
その配信内容を見ていたソフィアが部長室に入って来る。
「もし二人の婚約関係を延長しても良いという意見が、ネットアンケートで過半数を越えた場合のみ、後一か月間の延長を認めてもいいそうです」
「88888888」というコメントが動画に流れる。連続した8の数字はパチパチパチの意味で視聴者が拍手をしているということ。
生放送配信の流れとしてはとてもいい。
「配信画面上に「延長してもいい」と「ダメ」というアンケートの二択が表示されますので、希望する方を選択して下さい。よろしくお願いします」
ソフィアの声で配信動画にアンケートが表示された。
パステルはゆきひとのアイドル活動をまだ見ていたかった。だがしかし、それを独断で通すことはできない。その為、視聴者に判断を委ねる作戦に出たのだ。
「集計が終了しました。結果は?」
「ドン!」という効果音と共に「延長してもいい」の九割超えが表示された。ゆきひととパステルは向かい合い、両手を叩いて喜んだ。胸を撫で下ろすパステル。もし需要がないのなら無理に継続するつもりはなかった。自分の抱えているアイドルの活動継続がこれほどまでに嬉しいものなのかと、マネージャーという人を支える仕事の良さを噛みしめた。
そんな中、動画配信の一つのコメントがキラリと光る。「わたしはパステルさんのアイドル活動も見たいです」と、大きな文字でゆっくりと流れたのだ。パステルにしてみれば「え?」といった所で、まさに青天の霹靂。
「ユニット、やればいいじゃん」
尻込みするパステルの背中を押したのはソフィアだった。
「……ユニット?」
ユニットということは、ゆきひととパステルでアイドル活動をするということ。マッチョアイドルと元炎上アイドルのコラボレーション。
あれほどコラボを毛嫌いしていたパステル。ボーカロイドの発芽ミクロとのコラボも、ヴァーチャルアイドルのハナロミとのコラボも、コラボ相手の人気で成立していた節があり自分の人気だけで売れたかったパステルにとっては嫌悪のワードだった。今回もマッチョアイドルの人気に乗っかる形となる。でももう昔のような嫌悪感はない。
またアイドルとして表舞台に立てるなら何でもやりたい。
そういった気持ちが大部分を占めていた。
断る理由があるといえば、世間の反応の怖さ。
マスコミに追い回されてアイドル時代のマネージャーは音信不通になって事務所からは解雇通知をもらう。ニート生活に追い込まれても炎上は収まらず、袋叩きは続いて自殺を考えた事だってあったのだ。
今こうやってマッチョ男性アイドルのマネージャーをやってること自体が奇跡であり、大事で手放したくない環境。十代の頃は他者よりも目立ちたい、注目を浴びたいと、努力して願っていたはずなのに。
パステルは完全に受け身メンタルになっていた。
「今でも嫌? 誰かとコラボするのは」
ソフィアは言う。
「……嫌じゃない。ただ……怖いだけ」
パステルそう言って返した。
「じゃぁもうアンケートとっちゃいます。ゆきひとさんの「ソロ」がいいか、それとも「ユニット」がいいか、アンケートをお願いします!」
決意の定まらないパステルをよそに、アンケートの集計が終わる。
結果は「ソロ」が二割「ユニット」が八割となった。
「ほら、八割の人がやってほしいってさ」
逆に言えば二割の人がやってほしくないという事で、パステルの気持ちは更に揺れ動いた。
「俺もパステルとユニットが組みたい」
「……えっ?」
パステルは今までにコラボをした事はあっても、相手から一緒にユニットを組みたいと言われた事はなかった。会社の指示に流されたコラボユニットだった上に、その相手はヴァーチャルな存在だったから無理もない。ゆきひとの「ユニットを組みたい」という言葉に対して、パステルは純粋に感動していた。もっと早くそういった言葉を聞いていれば、コラボに対してここまで嫌悪を抱いていなかったかもしれない。
「俺はパステルと一緒に歌いたい。パステルは歌が好きなんだろ?」
無論だ。小さい頃から歌うことが好きで、アイドルソングが大好きで、ライブ動画を見ながら見様見真似で歌を練習してきた。もし今回を逃せば、二度とアイドル活動をするなんて出来ないだろう。そう思えば、今まで抱いていた怖れや恐怖はとても小さなもの。
これはラストチャンスなのだ。
「……わかりました。期間現限とはなりますが、私はマッチョとユニットを組んで、アイドル活動致します!」
言ってしまった。もう引き返せない。また炎上するかもしれないし、叩かれるかもしれない。それでも、例えそれでも、アイドル活動をしたいという気持ちが恐怖心を上回ったのだ。
「ではライブ会場も押さえちゃいましょう!」
何故かテンションの高いソフィア。そんな部長の発言に「何を言っているの?」という表情を向けるパステル。ライブさせる気満々だ。
「……ユニット名は何にする?」
ゆきひとが言う。
カメラを含めた視線がパステルに集まる。
それはパステルに決めろというサインだった。
パステルは(流れに逆らうことをやめて)考える。
名前、名前、名前、ユニット名に相応しい名前。
今まで大変なことはいくらでもあった。山あり谷ありの人生。その起伏は激しく、常人では経験出来ない経験を何度も体験した。小学生の頃はアイドル動画見る日々。中学生の頃はファッションレズに目覚めて、深夜帯のLGBT特集鑑賞。カラオケとネコネコ生放送の配信に明け暮れる。友人達とステップフェスでの思い出作り、そして別れ。高校に入って間もなくネコネコパーティに参加し、アニソンカラオケバトルで優勝。それがきっかけでマネージャーとなるパノラにスカウトされる。ここから時間が経つのはあっという間。半年間のレッスンに励み、十月三十一日のハロウィンにアイドルデビュー。紅白に出場し、メンズ・オークションのCMも決まる。そこでソフィアと仲良くなり、カラオケで何時間も歌って遊んだ。サードアルバムが売れなくて、アイドル人気が低迷。スケジュールに点々とした仕事をこなすだけの二十歳の時代。そんな時にリリー・レズビアン・ラインの幹部であるカーネーションに目をつけられてノイローゼに。ソフィアに誘われた第二回メンズ・オークションの参加を決め、マネージャーと決別。そしてその第二回メンズ・オークションでファッションレズをカミングアウトし炎上。所属事務所からの解雇通告。ニート生活。第三回メンズ・オークションの司会進行。東京ゲームショウのリポーター。そこで夫となるゆきひととの出会い、期間限定の結婚。ゆきひとにアイドル活動を勧めて、そのゆきひとのマネージャーとなり今に至る。
「マネージャー……」
ぽつりと出た言葉。
パステルの脳裏に浮かんだ言葉は「マネージャー」だった。
「……マネージャー、そうよマネージャーアイドル「M」。私達はマネージャーアイドル「M」を結成します!」
パステルはマスクを外し、立ち上がって力強く宣言した。
配信動画はMの文字で埋め尽くされる。アスキーアートのフェニックスも舞っている。新たなアイドルユニットの名前はマネージャーアイドル「M」に決定。
マッチョアイドルのネコネコ生放送満足指数アンケートは「とてもよかった」が九割超えの大成功となった。
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