第57話 アイドルソングはやっぱいいなって

 現在パステルの所属している芸能事務所は、SWH連結子会社のスターライズ。パステルにこの事務所を勧めたのは勿論ソフィア。日米で活躍するハリウッド女優やバラエティタレントなどが多く所属している。パステルのようなアイドル路線タイプは皆無と言っていい。その為、パステルの受ける仕事は歌の仕事以外が多い。それ以前に、過去に炎上した歌手という世間的イメージが未だに残っており、テレビの仕事は受けられない。それをわかった上で、パステルはスターライズに所属する事を決めたのだ。

 本来、一タレントのパステルが、誰かのマネージャーになる事は出来ない。

 今回は結婚生活を送るという特殊な期間の為、特別に許可が下りた。やはりメンズ・オークションのイベントを開いた会社と、所属している芸能事務所の会社が同じだという点が大きい。それと仕事の少ないパステルはマネージャーをつけておらず身軽だった事も理由に加えられる。

 

 仕事はすぐに舞い込んだ。

 最初の仕事は雑誌撮影。某スタジオでゆきひとは撮影に挑む。

 女性カメラマンの前で、ジャケット、タンクトップ、海パン姿など様々な衣装を身に纏った。体は仕上がっており問題はない。

 モデル関係の仕事は相性が良かった。

 パステルはタブレット(スケジュール帳の入った)を片手に持ち、ゆきひとの撮影シーンを静かに見守っていた。百八十センチの身長と、筋骨隆々の肉体美は、見栄えが良く華がある。楽しそうに撮影に挑んでいるゆきひとを見て、パステルの感情も朗らかになっていく。自然とそれはパノラ目線になり、担当アイドルの成長を嬉しく思うマネージャーがそこにいた。

 パステルがメンズ・オークションのCM撮影を受けていた時、パノラは何を考えていたのか。今のパステルのように担当アイドルの成長を微笑ましく見ていたのだろうか。そんな事を考えてしまう。もし担当するアイドルがゆきひと(男性アイドル)ではなく、女性アイドルだったら、きっと自分が叶えられなかった夢をその女性アイドルに託していたのかもしれない。

 

 マッチョな男性アイドルのスケジュールは、真っ黒で埋まっていく。自衛隊フェスのイベントで軍服に襷をかけて広報活動を行ったり、千葉県のマスコットキャラ、センパ君と共に落花生の売り子をしたり、ヴァーチャルマッチョカフェで一日店長をしたり、怒涛の勢いで日々が過ぎて行く。淡々と仕事を着実にこなしており問題は特になかったのだが、パステルにとって少し避けたいオファーが入ってきた。そのオファーはビアンアイドルグループ「レモンティー」のメインステージイベントのゲスト出演だ。ビアンアイドルグループなのだから、顧客もビアン。「何故そこにマッチョ?」とパステルは思ったが、最近は顧客拡大の為、バイセクシャル(両性愛者)にまでターゲットを広げているらしい。


 レモンティーの人気は一時期ほどではなくなっていたが、お茶の間で親しまれるビアンアイドルグループとして、バラエティ番組などで活躍していた。彼女達も二十代後半。時の流れは早いものである。

 トークで盛り上がるレモンティー。そこにゲストとしてゆきひとが割って入る。「私ビアンだけど筋肉はいいですよね」とグループ内の一人が発言し、笑いを誘う。主に筋トレ、ダイエットの話で盛り上がる。とても楽しそうだ。ステージの陰から見ているパステルから見てもそう思えるぐらいに。ちなみにパステルは帽子にマスクで完全防備。当時アイドルをしていた人間だとバレないようにしていた。張り合っていた時期がもはや懐かしい。

 トークの最後にレモンティーはデビュー曲を披露。その甘酸っぱい爽やかな歌声をパステルも聞いていた。もう自分はアイドルとして表舞台に立てない……と、切ない気持ちが沸き上がる。ただマイナスな面だけではなく、レモンティーの動画を研究して純粋にアイドルソングを楽しんでいた時の懐かしさもこみあげてきた。レモンティーのステージが終わると、パステルは自然と拍手をしていた。アイドルソングはやっぱいいなと、心からそう思うのだった。


 マッチョな男性アイドルと元アイドルのマネージャーは馴染みの居酒屋に入った。男は黒いサングラスで女は帽子にマスク。傍から見ると怪しいペアだ。案内された部屋に入った所でそれらは外し、今後のスケジュールについて話し合った。


「体調とかどうですか?」


「俺は大丈夫ですよ。今までに比べたら全然」


 今まで何があったか気になる所ではあるが、パステル自身、過去を色々突っ込まれるとキツイ。話題は慎重に選ばなくてはいけなかった。


「私も似た経験をしましたが、その時は疲れが中々取れませんでしたね」


 苦笑いのパステルは、ハンディターミナルで食べる物を選んでいく。


「似た経験って何ですか?」


 ハンディターミナルに映る揚げ物を押す手が止まる。気をつけても失敗するのはもはやパステルの十八番。でもアイドルとマネージャーの信頼関係を強めるのに隠し事は良くないし、別に話してもいいかと、むしろ心が落ち着いた。


「私……アイドルやってたんですよ」


「凄いですね。そういえばパステルさんって、スターライズの所属タレントですもんね」


 男に悪気がないのは見ればわかる。

 それよりも別に言いたい事がパステルにはあった。


「あはは……。まぁ色々あってアイドルはやめて、司会やリポーターの仕事をしているんです。それでなんですが、ゆきひとさんに提案があります」


「はい、なんでしょうか」


 ゆきひとは正座をして真剣な眼差し。


「歌、歌いません?」


「歌……ですか?」


「歌うことは嫌いですか?」


「いや好きですよ。カラオケでたまに歌ってましたし」


「えっ、何歌うんですか?」


 パステルは興味津々でウキウキになる。


「でも昔の曲は知らないんじゃ」


「平成生まれですよね」


「はい」


「その時代の楽曲は大体把握してるので大丈夫」


「そうですか……。俺の好きな曲は、徳永広重さんの「希望を信じて」ですね」


 「昭和の曲じゃねーか!」と、パステルは心の中で突っ込んだ。


「昭和の曲ですよね。何処でその曲を知ったんですか? それと松井セイカちゃんはご存知ですか?」


 この手の話題になると、パステルは興奮して止まらなくなる。ゆきひとは押されて戸惑うが、パステルの趣味はここにあると感じ取っていた。


「確か「希望を信じて」はアニソンなんですよ。ユーチューブで聞いたら、いい曲だなって思って。松井セイカはご存知です」


「そうですか、やっぱ歌いましょう。声もいいですし絶対に売れます」


 ゆきひとは少し悩んでいたが、納得した表情になり「わかりました」と答えた。

 こうしてマッチョアイドルのファースト&ラストアルバムの制作が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る