第47話 アイドルオタク・マイフレンド
サービスリップ芸能事務所の所属アイドルとなったパステルは、半年間のボイストレーニング、ダンスレッスンを経て、十月末のハロウィンにアイドルデビューを飾った。
デビューアルバムは、ボーカロイドの発芽ミクロとのコラボアルバム「A×V infinity(インフィニティ)」。Aはアニメソング、Vはボーカロイドを差している。アニメソング中心のアルバムだが、アニソンではない楽曲も収録されている。一曲目の楽曲「ミリオンブロッサム」をリメイクした「ミリオンピーチ」や、隠しトラックの「赤いレットイットビー」などだ。「赤いレットイットビー」は昭和の伝説的アイドルである松井セイカの楽曲で、パステルがパノラに土下座をして頼み込んで実現した。このアルバムはダウンロード販売(CDという媒体は消滅している)で、百万ダウンロード記録。デビューでいきなりミリオンヒットをとばしたことで、パステルは超新星ビアンアイドルとして華々しいデビューを飾った。
A×V infinity(インフィニティ)はA×V「エーケーブイ」という名で広まり流行語大賞に選ばれた。超新星アイドルはそのままの勢いで紅白の出演が決定。紅組は女性歌手組、白組は男装歌手組で分かれ、パステルはボーカロイドの発芽ミクロと共に紅組で出場した。結果は五年ぶりの紅組優勝となり、パステルは最高の年末を堪能することが出来た。
年が明けて数日後。リップホイップ株式会社のパーティが東京銀座で開かれた。サービスリップ芸能事務所はリップホイップ株式会社の子会社で、所属アイドルであるパステルもこのパーティに呼ばれていた。
会場内は白を基調として飾られており、円形のテーブル、椅子、ソファが点々と置かれている。その空間に芸能事務所社長、プロデューサー、所属タレント達が、華やかな衣装を着てパーティに彩りを加えた。ワイングラスを片手に会話を楽しむ彼女達は完全にセレブである。
パステルは疲れた様子でソファに座り、オレンジジュースを飲んでいた。
「お疲れ様」
パノラの声に顔を上げるパステル。
「パノラさん、お疲れ様です」
「デビューしてからずっと働き詰めで疲れちゃったわね。でもこれからもっと忙しくなるわよ。なんたって紅白に出演したんだし」
「……はい」
「大丈夫?」
「いえ、どうもこういう場所は慣れなくて」
「いずれ慣れるわよ。そうだ……会社の二次会はお断りして私達で慰労会しましょうか」
「お願いします」
一次会が終わり、パステルとパノラは三百円前後の単品メニューが楽しめる居酒屋へと移動した。店内は和風な造り。二人はカラオケ付きの部屋に入り、テーブル周りに敷かれた座布団に腰をかけた。パステルはハンディターミナルで注文する商品を選んでいく。焼きカレー。フライドポテト。たこ焼き。鳥のから揚げ。軟骨のから揚げ。
「そんなに食べれるの?」
「パノラさんもー半分食べるんだよ」
パステルは元気を取り戻していた。
セレブが集まるパーティよりも、庶民派の居酒屋の方が落ち着くのだ。
畳の部屋が心に温もりを与える。
「さっそくだけど、セカンドアルバムの話があるのよ」
「どうせまたペア組まされるんでしょ?」
「そんな言い方はダメよ」
パノラは微笑みながら答える。
二人がアイドルとマネージャーの関係になって早二か月。出会ってからは八か月。もう完全に打ち解けていた。パステルは今まで十歳以上年の離れた人に心を開いた事がなかった。身近にいた児童施設の職員は、施設児童の誰かの母親である場合が多く、相談しにくい環境だった。デビューしてから時の人となったパステルは、年末までの激動の時間をパノラと共に乗り切った。パステルにとってパノラの存在は、姉や母親と同等の存在になっていた。
「次はハナロミとのコラボよ」
「ハナロミ!?」
パステルが驚いた理由は、次のコラボ相手がサービスリップの看板アイドルだったから。
ハナロミの正式名称は、87(ハナ)/630(ロミオ)。昼は乙女の百合を演じ、夜は男装キャラで百合を演じるハイブリットレズビアンのヴァーチャルアイドルだ。サービスリップの親会社はヴァーチャルAIの技術に特化しており、社内での力の入れ具合はとてつもない。ハナロミはアイドルだけではなく、ヴァーチャルユーチューバーとしても活躍している世界的に有名なアイドルなのだ。
「うーん……」
「気が乗らない?」
「嬉しいけど……また相手のお蔭で売れたって言われる」
「パステルの功績が認められたって事じゃないかしら」
「良くとればね。それにしても本物のアイドルより、ボーカロイドやヴァーチャルアイドルの方が上だなんて世も末だわ」
「とは言っても、センチメンタル事務所のライジングには敵わないけどね」
「それは男装アイドルグループじゃないー」
パステルは、自身が超新星アイドルとして売れたのは、ボーカロイドの発芽ミクロのお蔭だと思っている。ネットでもそう話題になっていたからだ。パステルは現状に満足していない。発芽ミクロの方が知名度は上だ。
その発芽ミクロの上にヴァーチャルアイドルの87/630がおり、そのまた上には男装トップアイドルグループ、ライジングがいる。上を見たらキリがない。
「機嫌を損ねている所悪いけど、CMも決まったわよ」
「ホントに?」
パステルの機嫌はコロコロ変わる。
「デビューアルバムにミリオンピーチが収録されてるじゃない? それがメンズ・オークションの日本向けCMに起用されることが決まりましたー。パチパチパチ」
「メンズ・オークション……どこかで聞いたようなー」
「メンズ・オークションに支援して、ヴィーナちゃんをダウンロードしたんじゃないの?」
「……そうだった!」
「パステルにも出演依頼が来ているわ」
「ミクロちゃんにもでしょ」
「そりゃそうよ」
会話の途中で料理が運ばれてくる。
パステルはアツアツの料理に爪楊枝を刺して口に運ぶ。
そのジューシーな美味しさに笑みがこぼれる。
「メンズ・オークションでは過去の男性をタイムマシンで連れて来るらしいわよ」
「今の時代ってタイムマシン実装されてるの?」
「過去には戻れないらしいけど」
「じゃぁ、どうやって連れて来るの?」
「詳しくは知らないけど、物質は過去に送れるらしいから、タイムマシンだけを過去に送るんじゃないかしら」
「せっかくだから男子千人連れて来てくれないかな。そうすれば女性アイドルも復活すると思うし」
「もし過去に行けたら何がしたい?」
「私はもちろんーセイカちゃんのライブ行ってー赤いレットイットビー聞きたい」
「私は……ブレックファースト娘のライブ行きたいかな?」
「卒業してメンバーが入れ替わるシステムができたのは……多分、ブレックファースト娘からよねー」
「おワン子クラブも卒業とかあった気がする」
「えっ、おワン子クラブ知ってるの? パノラさんもアイドルオタク?」
「実はそうなのよ。いつか女性トップアイドルのライブ見たいなーって思ってる」
パステルはパノラの手を掴む。
「同士。マイフレンド」
「そうだブレックファースト娘の曲が聞きたいな」
「私、ブレックファーストコーヒー歌えるよ」
パステルはデンモクでブレックファースト娘のデビュー曲の「ブレックファーストコーヒー」を入れた。マイクを手に取り爽やかなイントロからしっとりとした声で歌う。アイドルはマネージャーの為に歌い、マネージャーは手拍子で応えた。
お互いにアイドルオタクだと知った彼女達。
そこには確かな信頼関係が生まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます