第46話 マネージャーとの出会い

 先輩がいなくなった部屋は静かだ。

 友人も見送って、パステルの心に少し穴が開いていた。

 でもパステルは落ち込んでいない。

 心の穴を、今月末のイベントが塞いでしまったからだ。


 新しく児童施設に入る女子達を出迎える。三年前は迎えられる側だった。はしゃいでいる女子達を見て、過去の自分を思い出すパステル。幕張の児童施設に来る理由なんて決まっている。幕張メルシアかカラオケルームの何方か、もしくは両方。パステルは他の上級生達に交じり堂々としていた。むしろ一番オーラを放っている。この幕張の施設で、パステルがネコ生の配信者だと知らない女子はいない。もうここではパステルの天下だった。


「私、ビアンなんだけど……それでもよければ同室でもいいよ」


 最初にレズビアンだと告白し壁を貼る。もし同性愛を警戒するなら二人部屋を個室として使える。もし同性愛に寛容なら配信に付き合わせる。何方に転んでもパステルには都合がいい。新しく入る女子達は物怖じし、まごまごしている。結果、パステルの部屋は個室になった。


 パステル自身、感情が芸能人気取りになっている自覚はあった。だからそれを抑えようとした。こういうのはイメージが悪い。わかっていても上から見てしまう。言葉に態度に出てしまう。しかしこの努力は徒労に終わる。


 堀上学園では芸能人の卵が多い。

 女優、歌手、ダンサーなど。

 洗練された美貌とオーラを放つ少女達。

 入学式早々、そのひりひりとした空気に圧倒されたパステルは無言になった。

 

 式が終わり、駅のホームで帰りの電車を待つ。

 これから楽しい高校生活が始まると期待していたパステルは、場違いな空気に疲れていた。仲良く出来そうな子は一人もいない。


「ねぇ貴女、ヴィーナちゃんに文句を言われるの子でしょう」


 パステルと同じ学生服の女子が声をかけてきた。堀上学園の生徒だ。自分の名前より、ヴィーナちゃんの方で声をかけてきたことにムッとしたパステルは、聞こえないふりをした。


「あんなことやってて恥ずかしくないの? ネコ生で有名になったって、本物の芸能人に比べたら、月とスッポンぐらい差があるわよ」


 早く電車が来てほしい。

 到着時刻を確認すると後三分ある。

 無視しきれない。


「あんなオタク達に媚びて、ちやほやされるのが楽しいの?」


 その言葉に、パステルは苛立ちを抑えられなかった。


「配信を見て下さっているなら、ありがとうございます! ですが、オタクを馬鹿にするような発言はやめていただけますか?」


「まぁ、せいぜい頑張りなよ。現実はそんなに甘くないから」


 同じ生徒の女子が離れた頃に、電車が風を切ってホームに着く。

 パステルは急いで車内に入り座席に座る。

 そして頭を抱える。

 しんどい。学校でも児童施設でも感じたことのないしんどさ。芸能界を目指す女子達の火花を身をもって体感した。

 今回の事を遠くに行った先輩や友人に相談したかったが、それぞれ自分の事で忙しいだろうとパステルは相談しなかった。自分で何とかするしかない。

 もしネコネコパーティで結果を出せば、周りの反応は変わる。幕張の児童施設と同じように、堀上学園の生徒だって同じだ。そう自分に言い聞かせ、自分の心を燃え上がらせた。


「エントリーナンバー四番! パステル・パレットさんの入場です!」


 そこはネコネコパーティのアニソンカラオケバトルステージ。

 ステージお姉さんに呼ばれたパステルは、扇形の小さい壇上に降り立つ。気合いを入れて髪型はツインテールにした。衣装の方は控えめ。相変わらずの古着だ。

 ネコ生配信とは別格の緊張感がパステルを襲う。

 観客達の視線の槍は肌を強張らせた。


「皆さん! ヴィーナちゃんに文句を言われるを配信中のパステルです! よろしくお願いします!」


 パステルが選んだ楽曲のイントロが流れる。


「教壇のアクエリアスの主題歌、成績がアクエリアス! 聞いて下さい!」


 上から下へと寄せては返す七色の音色。アップテンポなナンバーにパステルの体は自然とリズムを刻む。パステルのリズムは観客の体もリズムを刻ませた。サビに入りボルテージが上昇。パステルは声を張り上げ情熱を振りまく。放射状に伸びるブルーライトはレッドライトに様変わりし、熱気溢れる観客達とリンク。空気を震わせステージを爆発させた。

 この曲はパステルの十八番。カラオケには、歌いやすい曲と歌いにくい曲、上手く聞こえる曲と下手に聞こえる曲がある。成績がアクエリアスは、歌いやすい曲で上手に聞こえる曲。アップテンポな曲であれば歌詞を間違えても誤魔化せる。それは緊張感も含めてだ。パステルは考えに考え抜いて、この曲を選んだ。

 激しい音が静かに終わると歓声や拍手が巻き起こった。

 パステルは見事、歌い切ったのだ。


「それでは配信視聴者の皆さん! 誰が一番良かったか、五人の中から選んでください!」


 アニソンカラオケバトルステージの様子はネコネコ生放送で配信されている。

 配信には評価システムがあり、「とても良かった」「まぁまぁ良かった」「ふつうだった」「あまり良くなかった」「良くなかった」の五種類が配信画面上に表示される。今回そのシステムがカラオケバトルの勝敗を決める要素に使われた。


「一番表を集めて優勝したのは……パステルさんですっ!」


 パステルの意識が飛びそうになった。

 それぐらいの激情が体を駆け巡った。

 今まで何かで一番を取った記憶が無い。

 勉強も運動も中途半端で、落ちこぼれにならない程度にこなしていた。

 小さい大会とはいえ、歌で一番を取ったのだ。

 パステルは感激のあまり、その場に座り込んだ。

 暫く立ち上がれなかった。


 バックヤードを疲れた表情で歩いているパステル。

 歌で全力を出し切り、脱力感が体を蝕んでいた。


「ちょっと、いいかしら」


 パステルの目の前にシックな装いの女性が現れた。体形はスレンダー。年齢は三十前後ぐらいか。


「どちら様ですか?」


 駅のホームの一件以来、パステルは初対面の相手に警戒心を強めていた。


「失礼しました」


 シックな女性は名刺を差し出した。

 パステルはそれを受け取る。

 名刺という物は知っているが、現物を見るのは初めてだった。

 まじまじと見る。

 

「パノラ・モダーナさん?」


「サービスリップ芸能事務所の者です。パステルさん、私共の事務所と契約して、アイドル活動をしてみませんか?」


 パノラ・モダーナ。彼女はパステルのマネージャーとなる人物。

 パノラとの出会いは、パステルの人生に多大な影響をもたらした。

 それは栄光と破滅と再生。スカウトウーマンとの出会いに浮かれたパステルは、まだ何も知らない子供だった。

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