第48話 不機嫌なガールフレンド
都内某所。
とあるビルのCM撮影現場。
パステルはブルーシートの前で、ひたすらジャンプを繰り返していた。監督が納得いくまでやり直す。ブルーシートが敷かれているのはクロマキー合成の為。
クロマキー合成とはキーイングと呼ばれる切り抜き合成の一種。実際の映像では、パステルのバックに、メンズ・オークションが行われるニューヨークの風景や会場の様子などが流れる。
「……いたたた」
パステルは腰を押さえてハンモックチェアに座る。ジャンプのしすぎで腰を痛めたのだ。寛ぐパステルはふと視線に気が付いた。スタジオセットの端からラウンド型の眼鏡をかけた少女が、じーっとパステルのことを見ていた。パステルは戸惑いながらも、自分を見ている少女に興味が湧いて、近づき声をかけた。
「私の事が気になる?」
「な、何よ……」
少女はもじもししている。
それと同時に警戒心の強さも見てとれた。
髪の色はオレンジベージュ。泣きぼくろがチャームポイントになっている。同年代ぐらいだろうか。
「……お名前は?」
一般人がこの撮影現場に入れる訳がない。
パステルは情報を得る為、名前を聞いた。
「ソフィア……ソフィア・トルゲス」
「ソフィアって言うのね。……ん?」
トルゲスというラストネームが引っかかった。
聞いた事がある。
「貴女、お姉ちゃんの何処が好きなんですか?」
「お姉ちゃん?」
お姉ちゃんという発言で、パステルはヴィーナとソフィアのラストネームが同じだという事に気が付いた。
「ヴィーナちゃんって妹さんがいたのね」
「今時一人っ子なんて、まずいないと思うけど」
「私、一人っ子じゃないの?」
「精子バンクが一般に開放されているなら、貴女にも母違いの姉妹が世界の何処かにいると思う」
「ふーん……でも自分の姉妹とか親とか別に興味無いな。それよりソフィアー……私のことはパステルって呼んでくれない?」
「じゃぁパステルに聞くけど、もうヴィーナちゃんに文句を言われるの配信はしないの?」
「もうそんな事しないよ。次のアルバムのレコーディングしなきゃいけないし」
「……ヴィーナちゃんを尊敬しているって嘘でしょ」
「えっ……」
嘘がバレた。
パステルは困った表情になる。
ヴィーナが社長令嬢だとすると、妹のソフィアも社長令嬢。
この子と仲良くした方がいい。直感がそう告げている。
パステルは咄嗟にソフィアの手を掴んだ。
「私と友達になりましょう!」
「何よいきなり」
「年齢は?」
「十六」
「同い年じゃない! 私達、仲良くなれそうな気がする」
これは本心。
パステルは高校を中退しており、同年代の友達が一人もいない。
同年代の子と仲良くしたいと、心の何処かでそう思っていた。
それに加えてVIPとお近づきになりたいという気持ちも含まれている。
パステルはソフィアの手の甲を撫でた。
「やめてっ……!」
「ごめんなさい。あまりに手が魅力的だったから」
「嬉しくない」
ここでソフィアとの関係を紡いでおきたい。
パステルは勝負に出た。
「ヴィーナちゃんを尊敬しているのは設定なの」
「やっぱり嘘なのね」
「ソフィア……もしかして、ヴィーナちゃんに文句を言われるの配信……見てくれてた?」
「見てたけど、悪い?」
「悪くない。悪くない。アニソンとアイドルソング……どっちが好き?」
「アニソン」
「私も!」
そこは合わせる。
「はぁ……それも嘘でしょ。最初はアイドルソングだったじゃない」
嘘はバレたが、ソフィアが初期の視聴者だという事がわかった。
自分に興味がある。パステルは確信した。
「これから、心を入れ替えるからー私と友達になって!」
「友達になってほしいなら、なってあげてもいいけど」
「えっ本当に? じゃぁ私達、もう親友だね」
「何でそうなるのよ。調子に乗るな」
「ごめんごめん」
「謝るなら今度ヴィーナちゃんに文句を言われるの配信やって。メンズ・オークションが終わったらヴィーナちゃん、サービス終了しちゃうから」
「わかった、やるやる!」
二人は電話番号とナノマシンのIDを交換。
このCM撮影現場がパステルとソフィアの出会い、そして友達になった瞬間の場となった。
メンズ・オークションのCMはその年の十一月から放送。メンズ・オークションの開催地はアメリカのニューヨーク。海外という事もあって、日本での注目度は低かったが、CMの影響で注目度は鰻登り。話題の的になった。
パステルは同じ月に87/630とのコラボアニソンアルバム「ロミオとイブ 反逆のジュリエット」をリリース。デュエットソングを中心にしたアルバムで、教壇のアクエリアス第二章のエンディング曲「偏差値のシンフォニア」や、パケットモンスター劇場版ダイヤドラゴンVSパールドラゴンVSコウジの主題歌「be With us ~騒音協奏曲~」などが収録されている。
このアルバムは初週三百万ダウンロードを記録。音楽産業が完全ダウンロード販売になってから(アニソンアルバムの中で)最大のヒットとなった。ビアンアイドルグループのレモンティーも同日にアルバムを出したが、初週三十万。
この差がパステルに自信を与えた。
自分はもうトップアイドルの仲間入りだと。
年末には87/630と紅白に出場。
年明けにはVRゲーム「ジュラシックバスター」の声優及びモーションアクターの仕事が入り、アニソンサマーフェスの出演も決まった。そのサマーフェスの一か月前の七月に、第一回となるメンズ・オークションが開かれた。
パステルは一大イベントそっちのけでヴィーナちゃんお別れ会のニコ生配信を行った。その配信でセカンドアルバムの楽曲を歌い、最後にファーストアルバムの隠しトラック、赤いレットイットビーで締めくくった。視聴者は十万人まで膨れ上がり、自分は今キテいるとパステルの鼻を高くした。
八月下旬のアニソンサマーフェス。パステルは87/630とのデュエットで、ラクロス・フロントゲームの主題歌「零音」を披露。大トリで火花を散らした。この時のパステルにはもう怖いものなど無かった。
そしてサードアルバムの制作が決定。
パステル念願のアイドル曲中心のソロアルバムだ。トップアイドルの雲行きが怪しくなったのは、サードアルバムを発売した頃だった。
「十万枚?」
パノラから売り上げの話を聞いて、パステルは驚きを隠せなかった。
「えぇ……次のアルバムでアイドル曲は難しいでしょうね」
理由は聞かなくてもわかる。
セカンドアルバムから売り上げが三十分の一まで落ちたのだ。
しかも同日発売のレモンティーのアルバムに売り上げで負けている。
相方のお蔭で売れた。
パステルの脳裏にそのフレーズが浮かんだ。
「次は……きっと売れる」
「ごめんなさい。次のアルバムの話は白紙になったの。今回は十万人の人がダウンロードしてくれたんだから良かったじゃない」
「よくない……! よくないよ。発芽ミクロちゃんやハナロミのお蔭で売れたことが証明されちゃったじゃない!」
「パステル落ち着いて……! これからコツコツとやっていけば、またアルバム出せるから」
「コツコツって何? 次のアルバムがどうしたら売れるかを考えなきゃいけないでしょ?」
パステルとパノラの間に亀裂が生じた。
この一件が過ぎてからパステルはパノラのことを名前ではなく「マネージャー」と呼ぶようになる。
パステルは都内に借りた自宅マンションで自分の名前を検索した。
サードアルバムの売り上げについて取り上げられており「人気低迷か」の文字が躍る。SNSでは相方のお蔭で売れたと話題になっており「二発屋」のあだ名がつけられていた。
気が動転したパステルはソフィアに電話をかけた。
『どったの?』
「ソフィア、どうしよう……私終わっちゃう……」
『アルバム買ったよ。いい曲だね』
「そのアルバムの売り上げがっ!」
『そのアルバムに収録されてる曲教えてくれない? カラオケで歌いたい』
「あ、うん……いいけど」
『じゃぁ来週辺り予定空けといて。また来週ー』
「また来週ー」
話の流れでソフィアとのカラオケデートが決まった。
何を話そうとしていたのか忘れたパステルは首を傾げた。
二人のカラオケは夕方から始まった。優しい曲。激しい曲。悲しい曲。楽しい曲。パステルは歌い続けた。不安を掻き消す為に。
ソフィアは最初にアイドルソングを歌ってから、ずっとジュースを飲みつつパステルの歌を聞いていた。眠たそうな表情の中に笑顔がある。
「ソフィア、ねぇキスしていい?」
「何なのよ急に」
「ほっぺにだよ。ほっぺに」
「ほっぺならいいけど……」
パステルはソフィアの柔らかいほっぺたに口づけをした。
「カラオケに誘ってくれてありがとう。何かスッキリした。これは感謝のキス」
「また何かあったらカラオケに行こうよ。私もストレス発散したいし」
「うん!」
パステルの依存対象がパノラからソフィアに変わった。
その依存対象変更がアイドルとマネージャーの会話を激減させた。
パステルが二十歳になっても人気は回復せず、子供向けバラエティ番組の出演で空白の予定を埋める日々。四番目のアルバムも発売出来ず、トップアイドルの肩書に「元」がついて回った。VRゲームの「ジュラシックバスター」が発売しても、パステルの存在は空気で、空しい日々を送っていた。
自宅マンションのダイニングに飾ってある十月のカレンダーをめくる。アイドルデビュー五周年だというのに、何の予定も無かった。完全に事務所から見捨てられている。
ニット帽にマスクで買い物。顔を知っている人に声をかけられるのが嫌だからだ。そんなパステルの前に出会ってはいけない女が現れる。
その女は百合柄の帽子を深々と被り、目元が暗黒に満ちていた。口元のほくろが色気を漂わせ、なんとも異様な雰囲気を放つ。
百合柄の帽子をかぶった女はパステルのマンション入り口前に立っていた。独特な空気感が、買い物帰りで両腕が塞がっているパステルを立ち止まらせた。
「パステルさんですか?」
「人違いです。……というのは嘘です」
つまらない嘘をつくのはやめていた。
「初めまして。わたくし、リリー・レズビアン・ラインのカーネーションと申します」
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