第43話 ファッションレズの誕生

 小学校を卒業したパステルは、東京千代田区の児童施設から千葉の幕張にある児童施設に転居した。中学は幕張メルシー中学校に通う。この場所を選んだ理由は、様々なイベントが開かれる幕張メルシアが近いから。尚且つ、児童施設内にカラオケルームがある。ここ以外考えられなかった。同室だった子とは離れ離れになり、電話やSNSで話す関係に。新しい環境に不安を覚えつつも、パステルの気持ちは常に前を向いていた。

 

 幕張の児童施設は、デザイナーズマンションを彷彿とさせる芸術的な内装で、蛍光色の強い椅子や本棚、踏むと光る螺旋階段、歩く歩道なども完備されていた。

 パステルの胸のトキメキが止まらない。しかしここは気持ちを抑える。重要な転居者の部屋決めがあるからだ。

 まず、パステルを含む入所者達の自己紹介。ここは目立たないように振る舞う。イジメは無いだろうが、上級生に目をつけられたら住みづらくなる。目立つのは今じゃない。

 それぞれの挨拶が終わった所で部屋決めになった。


「あの……すみません。部屋決めについて相談があるのですが」


 手を上げるパステルに注目が集まった。


「私、イビキがうるさいみたいなので……」


 勿論嘘だ。

 同室の女子は音に敏感じゃない方がいいと、パステルは考えていた。


「じゃぁ、アタシの部屋に来る? 寝る時はナノマシンオーディオで音楽を聞いてるから」


 ボーイッシュな先輩女子のサバサバとした口調。

 パステルは周り女子達の反応を見る。異論は無さそうだった。

 恐らくボーイッシュな先輩の立場はこの施設内で高い方なのだろう。


「ありがとうございます! 先輩!」


 この先輩の機嫌を損なわなければこの施設でやっていける。

 パステルはしたたかに計算した。


 先輩の部屋は以前いた児童施設と同様に二段ベットが置かれていた。お洒落な広間とは対照的で、少女達が寝る部屋はざっくばらんとしていた。


「君は上使ってね」


「はい!」


 先輩の言葉にパステルは嬉しそうに返事をする。

 夜の九時を回った所で先輩は下のベットに入った。パステルはそれを見て部屋の電気を消し、タブレットを持って上のベットに昇る。最初の内は先輩の生活スタイルに合わせる。行動パターンがわかるまでは大胆な行動はしない。パステルは仰向けになりながらタブレットでアイドルのオーディション情報を調べた。体内のナノマシンでも調べられるが、ナノマシンを意識しながら情報整理するのは脳が疲れる。ただ何も考えずに音楽を聞くのとは違う。緊急事以外は普段からタブレットを利用していた。


「……ない」


 オーディションは全て「男装アイドル」向けばかり。しかも身長が百六十センチ以上などの制限(パステルは百五十センチで参加資格が無い)がある。更に言えば参加費用が一万円以上かかる。完全に母子家庭でも生活出来る富裕層向けで、この金額を払って何度もオーディションを受けるというのは現実的ではない。そもそも男装アイドルは目指していない。「ガッテムッ」とパステルはつい声を出してしまった。検索ワードを変えても女性アイドルのオーディション情報は出てこない。オーディションは中学に入ってから受けるつもりで今まで調べてこなかった。何件かあるだろうと高を括っていた。一つもヒットしないとは思ってもみなかったのだ。


 中学一年の梅雨。

 この頃のパステルは既に先輩の行動パターンを把握していた。先輩はバスケ部で、夜の九時にベットで横になったら朝まで起きない。部活動が激しく、疲れ切って寝てしまうのだろう。先輩が寝静まった所で、パステルは電気を点けてテレビを見る。真夜中のテレビは、中二病手前のパステルにとって甘美なモノだった。

 そんなポテチを食べながらテレビを見ている中二病手前少女の元に、電話の着信音が届く。


『パステル起きてる? 今、地下アイドルの特集やってるよ。見てみたら?』

 

 友人からの電話だ。

 パステルはチャンネルを変える。どうせ男装アイドルの裏話だろうと期待していなかったが、アイドルという言葉に反応してしまった。8kのテレビに可愛らし女性アイドルが四人映っている。肌と肌を密着させ甲高い声で歌っている。そのフリフリとしたダンスは甘酸っぱさを漂わせ、パステルの目を釘付けにした。口からポテチが零れ落ちる。


「な、何これはっ!」


『最近話題の地下アイドル、レモンティーだってー。ビアンアイドルグループらしいよー』


「ビアンアイドル?」


 聞き慣れない言葉だ。

 タブレットで「レモンティー」と検索する。


「……出た。レズビアン四人で結成された地下アイドル。人気急上昇でサードシングルがテレビアニメの主題歌に決定している……」


 ……これだ。

 砂漠に迷いながらも、オアシスを見つけたような感覚。

 パステルの中に光が差した。


「ありがとう! 私、今日からレズビアンになる!」


『えっ、何それ……』


 電話を切りパステルは立ち上がった。

 もうこれしかない。このご時世、遺伝子調整で可愛いは作れる。可愛いは当たり前。ナノマシンで容姿の維持や理想の姿に近づくことが出来る。その為、芸能界で生きていくのに「個性」は必要不可欠。女性アイドルとして脚光を浴びるには、レズビアンになるしかない。パステルのファッションレズ人生は、友人の電話がきっかけで始まったのである。

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