第42話 児童施設の少女達

 元アイドルが生まれたのは日本の東京。

 母親から授かった名前はパステル。

 日系カナダ人の母親とイタリア系アメリカ人の父親の間に生まれた混血、いわゆるミックスだ。父親といっても顔は知らない。精子バンクに登録されたもので生まれてきたから。母親自体、顔しか知らない。関心がなく興味が湧かなかったから。生まれが日本なので国籍は日本。一応パステルは日本人という事になる。

 

 この時代に生まれ落ちる子供はほぼ確定で女の子。そして試験管ベビーならぬ人工子宮ベビーが当たり前。母親は人工子宮から授かったパステルを受けとった後、保育所に預けてそのまま児童施設に入れる手続きをした。ピンクの髪をした乳児は成長して順当な流れで六年後、児童施設に入所する。


 パステルは物心ついた頃から、児童施設の生活を謳歌していた。母親から貰った名前と体があれば生きていける。同じ境遇の仲間は多く、児童施設といっても小学校の面子とあまり変わらない。施設内の設備は充実しており、食堂に大型テレビ、コンビニ、カフェまである。児童施設は学校のすぐそばに位置している場合が多く、施設イコール寮といった認知がされていた。子供に対するネグレクトなんて言葉は聞かない。児童施設の子供達より、母親と娘が一つ屋根の下で暮らしている方が少数派。母親が子育てをしながら働こうが、施設に入れて働こうが、どちらも一人の女性の生き方として認められていた。


 二人一部屋の中に設置された二段ベット。

 下のベットに桃色の髪をした少女はいた。

 十歳になったパステルはタブレット見て微笑んでいる。

 大好きなアイドル動画を見ていた。


「ねぇねぇ、パステルその曲いい曲だよね」


 上のベットにいた友人が降りて来た。


「赤いレットイットビーって曲。セイカちゃんの」


「セイカちゃんって誰?」


「昭和の歌姫」


「昭和って江戸時代の次だっけ」


「違うよー。江戸、明治、大正、その次が昭和」


「そんな大昔のことはわからないよー」


 普段、男装アイドルにしか興味がない同室の女子。

 この女子だけではない。

 今頃食堂では、男装アイドルグループの熱狂的ファン達が、あの場所を占拠している。派閥という物騒なものは無く趣味の違うグループで分かれている。

 同じ施設内の女子は家族という関係に近く、パステルが知る範囲内でイジメは無かった。年長組の天下ではあったが、多種多様な娯楽の溢れる時代でそれぞれが忙しかった。

 パステルはため息を吐く。

 今の音楽シーンのアイドル業界は、ほぼ男装アイドルが占めている。昭和や平成を彩った女性アイドル達は見る影もない。同性に好かれなければいけないアイドル業界で、男装アイドルが流行るのは自然な流れだった。

 パステルはせっかく話しかけてきた友人に、アイドル及び女性歌手の魅力を知ってもらう為、別の動画を見せた。その動画は大雪の斜面を可憐な女性が歌いながら駆けている内容のアニメだった。その情熱溢れる歌声は友人の心を揺さぶった。


「知ってるこの映画。何だっけ……」


「ヒント。ウォール・ディスティニーの映画の曲」


「ア……」


「アから始まる」


「アネが雪の女王!」


「そう! アネが雪の女王!」


 笑い合う二人。動画が終わった所で、パステルは雪の女王の妹役が昭和の歌姫の娘であることを教えた。パステルは娘のサヤコのファンでもあった。サヤコはアイドルではなくマルチタレントだったが、透明感のある歌声がファンの間で人気だった。パステルは動画を切り替えてアネが雪の女王の劇中歌で「あれがママやで~your mother~」というサヤコの曲を友人に聞かせた。


「この曲もアップテンポでいい感じ! でもこの人アイドルじゃないんでしょ?」


「うん、そうだけど」


「平成のアイドル何組か知ってたけど、思い出せない……」


「ブレックファースト娘?」


「違う」


「CMK9310?」


「そう、そんな名前! 平成アイドル特集でやってたけど、名前の由来がわからなくて気になってたの」


「コミケ腐ってから。代表曲は「コミケdeクサッテ」っていう曲」


「へぇ。今度カラオケで歌ってみない?」


 友人が女性アイドルに食いついた。

 同じ施設の女子で、今まで女性アイドルに興味を持った子はいなかった。

 パステルはその事が嬉しくてたまらない。

 そんな少女は、この頃から将来の目標を決めていた。

 絶対に昭和平成の頃の華やかなアイドルになってみせるという大きな目標だ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る