第44話 尊敬する人に文句を言われる

 LGBTとは。

 レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとった総称である。レズビアンは女性の同性愛者。ゲイは男性の同性愛者。バイセクシャルは両性愛者。トランスジェンダーは出生時の性と自認する性が違う。

 ファッションレズとは。

 レズビアンではないのに、レズビアンを装う女性のことを指す。

 

 レズビアンを装うと決めたパステルは、LGBTを詳しく知る為にLGBTをテーマとした番組を片っ端から見るようになった。

 最後の世代の男達がコールドスリープで眠りについて十八年。現時点で地上に生存している男性はタイに一人しかいない。男性がいない社会で、実質ゲイもいない社会だが、LGBTという言葉はGを残して社会に浸透していた。

 それと学校や会社などのイジメやパワハラは減少傾向にある。それでも芸能人を含む富裕層に対しての当たりは厳しく、SNSなどで失言をすれば、たちまち炎上騒ぎになってしまう。LGBTについての差別発言も同様に叩かれる。知識のないパステルも、そこは理解していた。だからLGBTの知識が彼女には必要だった。


 男装アイドルが司会をしている番組で、LGBT特集をやっていた。

 レズビアンとトランスジェンダーの出演者が、それぞれセクシャルマイノリティについて話をしていた。パステルはレズビアンの出演者の発言に注目。レズビアンをレズと呼ぶのは差別的で、ビアンと発言するのがいいとのこと。でもビアン同士の会話では、レズというの言葉が普通に出てくるらしい。つまり自虐は「アリ」なのだ。そしてその出演者は「ビアンはファッションレズが嫌い」という重要な意見を言っていた。パステルは真剣に話を聞いていたが、そこでファッションレズをやめようという思いには至らなかった。自分は本物のビアンではないから、レズという言葉は使わない。彼女の考えはそこまでだ。

 過去のネット記事も読んだ。

 LGBTがどういうモノか、それぞれカテゴリー別に調べ、LGBTに対して「生産性がありません」という言葉で炎上した議員がいたことも知った。

 テレビとネット記事だけでは飽き足らず、アベマTVの番組欄を確認。様々な人間模様を紹介するタヌキ(司会)とキツネ(出演者)の人形劇で、LGBT特集をしていたので視聴。西暦二〇一八年に放送していた番組の再放送で、まだ男性が普通に生活していた時代の話だった。内容はビアンカップルの結婚と出産を追ったドキュメンタリー。ビアンカップルの二人は、精子バンクに登録していた男性から精子を提供してもらい、二人で妊娠、そして出産。母違いの姉妹を育てるというラストだ。パステルは感動し、ティッシュペーパーを一枚、二枚と詰まんで出しては鼻をかんだ。「生産性あるじゃん」と涙を流して呟いた。


 方向性が定まってからのパステルは動きが早い。

 月額五百円かかるネコネコ動画のスペシャル会員に登録し、配信する為の周辺機器を購入した。中学生のお小遣いは月に五千円。他の子達が洋服、コスメ、ソーシャルゲームに課金する中、パステルはコツコツとお金を溜めてきた。自分の衣服はほとんどが古着で、先輩が着なくなった服を頂戴した。資金はそれなりにある。休日にカラオケルームの一部屋を五時間パックで陣取り、〇〇を歌ってみたという題目で配信。いわゆるネコネコ生放送というもの。大好きなアイドルソングをひたすら歌い続けた。一回のオーディションで一万円もかけている富裕層と同じ戦い方ではダメだ。お金が無いなりに知恵を絞る。親の支援の受けられる子供を羨ましいと思うこともあったパステル。それでも生みの親を恨んだことはない。芸能界で成功してアラフォー(四十歳前後)になったら母親と同じように人工子宮を利用し、仕事をしながら子供を授かるつもりで、むしろその生き方をリスペクトしていた。

 

 動画配信をスタートさせてから早一年。視聴者は平均で三人、多くて十人。それ以上は増えなかった。

 何が悪いのか。

 ビアンアイドルグループの「レモンティー」は音楽番組に出るぐらい、人気が出たというのに。ただ歌っているだけでは視聴者は増えないのか。

 パステルは地下アイドルのビアングループをネット検索した。

 「レモンティー」に続けとばかりに、ビアングループが爆発的に増えている。女性アイドルには需要がある。皆口に出さないだけで、昭和や平成を彩ったアイドルをDNAレベルで世間は求めているんだと、パステルは確信した。

 そしてそのビアングループの共通点に気がつく。

 メンバーの数が「二人」「四人」「六人」「八人」と、必ず偶数になっている。ダンスの時は二人一組で踊り、体を密着させる。見ているだけでドキドキしてしまう。本当はストレートのパステルですら胸がときめいた。

 ビアンアイドルはソロで成立しない。

 「ガッテムッ!」とパステルは心で叫んだ。今更アイドルグループに入る気は無い。パステルが目指しているのは、昭和の歌姫セイカちゃんやアネが雪の女王でブレイクしたサヤコちゃんみたいなソロシンガー。パステルはソロで売れたかった。


 まず好きな女性、もしくは女子を設定しようと考えた。

 男装アイドル雑誌を電子版(無料)で読めたので熟読。

 好きな人という項目が無かったので、尊敬する人の項目に注目。

 大半の男装アイドルは「母」と書いていた。パステルは母親との交流がない。母とは書き込めない。この嘘はすぐにバレる。家族愛を知らないパステルにとって、母親が好きと言う言葉は胡散臭い言葉の代表だった。でも尊敬する人を「母」と書いている男装アイドルに対して、不思議と好感度が上昇する。言葉も適材適所というものがあるのか。

 パステルは「母」の次に多い尊敬する人物にも注目した。


「フリージオ・エトワール?」


 誰だろうかと、名前で検索した。

 フランスの王女で本名はフリーシア。フリージオは男装時の名前だった。

 ミディアムの白い髪。吸い込まれそうな青い瞳。ハイスクールの男子用制服を着た彼は、一般人とかけ離れた美男子でパステルは圧倒された。古着をやりくりしている自分とは違う。これが海外のVIPなのかと。

 自分も尊敬する人、好きな人をアピールする必要がある。

 ネコネコのアカウントプロフィールに、セイカちゃんかサヤコちゃんと書き込みたかったが、八百年前の人物。パステルにとって昭和平成はGod Ageだが、知らない人の方が多いだろう。ネットサーフィンをして適切な人物を探す。

 そこで十五歳の美少女に目が止まった。少女用のコスメCMで話題になってる少女だ。コスメだけではない、清涼飲料水やディスティニーランドのCMにも出演していた。十年後は絶世の美女になっていそうな少女の事が、パステルの頭から離れなくなった。

 もちろん調べた。そのオレンジベージュの髪をした少女の名前はヴィーナ・トルゲス。ストック・ウィッシュ・ホールディングス(略してSWH)代表取締約社長、ストック・トルゲスの娘だ。


「ふーん……社長令嬢なんだ」


 王子の肩書には何も思わなかったが、社長令嬢に対して、あまりいいイメージの湧かないパステル。何より金銭的な苦労もせず、芸能活動をしている美少女に対して嫉妬心が沸き上がった。私は一年間ネコ生で配信しているにも関わらず、配信中の視聴者は最大で十人しか稼げず、芸能界はほど遠いのにと。

 更に調べていき、気になる記事を見つけた。

 ヴィーナはSWH主催で三年後に開催されるメンズ・オークションというイベントのイメージキャラクターに選ばれていた。とても大規模なイベントらしい。完全に勝ち組である。

 この子にしよう。

 社長令嬢であれば、将来は約束されたようなもの。

 今はそこまで目立たなくても、尊敬する人物としては有力株だ。

 パステルは十四歳。ヴィーナは十五歳。年は一つ上。年齢も近い。


 メンズ・オークションの支援サイトに登録し五百円を投資。そしてヴァーチャルキャラクター、ヴィーナちゃんを入手。タブレットにダウンロードすると、二等身のヴィーナちゃんが画面の中で歩き回った。


「か、かわいいっ!」


「アリガトウゴザイマス」


 パステルの言葉に、ヴィーナちゃんはお辞儀で反応。あまりの可愛さに心が満たされる。プロフィールに尊敬する人を「ヴィーナちゃん」と書き込みカラオケ配信をスタート。今までアイドルソングばかりだったが、以前から要望の多かったアニメソングを取り入れた。パステルはアニメをあまり見る方ではないが、アニメソングは好きで小学生の頃からよく歌っていた。

 タブレットにヴィーナちゃんをセット。

 ティガー&カンガルーの主題歌「カシオペアをなぞれ」を歌った。

 そして歌い終わる。

 

「ウーン、ビブラートガヨワイカナー」


「もっと頑張るねっ!」


 ソロだけどソロじゃない。

 ペアだけどペアじゃない。

 そこには特殊な百合が成立していた。

 世の中には、太鼓とバチ、閉まりそうで閉まらない自動ドア、さざ波とカニで萌える腐女子がいるという。

 きっとこの百合に魅力を感じてくれる人がいるはず。そう信じて「〇〇を歌ってみたが、ヴィーナちゃんに文句を言われる」というタグをつけてアニソンを歌い続けた。「狂気を感じる」というコメントが多かったが、徐々に視聴者が増え一回の配信で百人を超えるまでになった。

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