第33話 砂漠の薔薇
八月十四日。深夜。
時間が経つのは早いもので、タンナーズとの結婚生活も後一日。エジプトのカイロに来て最初の二週間はカジノに入り浸り、その後は連日戦闘訓練に明け暮れた。
ゆきひとは寝室のベットで疲弊した体を休めている。明かりは点けず、辺りは闇で染まっている。高い天上は黒い靄、紅蓮に染まる高級なカーペットもくすんでいる。ゆきひとはベットのシーツを撫でた。自分の汗で滲んでいる。これは連日の鍛錬のたまものだ。寝心地は悪いが、このベットとも後数日でお別れ。そう思うと少し寂しくもある。
鍛錬をスタートさせてから私服にしていたカンドューラは着ていない。寝る時はタンクトップに短パンだった。慣れている物は落ち着くし扱いやすい。実際体内のナノマシンを活用するよりもスマホばかり見ていた。
ゆきひとは前から少し気になっていることがあった。第三回メンズ・オークションはイベントとして、どう評価されているのか。
この暗さでスマホを見るのは目に悪い。
せっかくなので体内のナノマシンを有効活用し、検索をかけることにした。
目を瞑り、こめかみを叩く。事前に扱い方をスマホで調べていた。脳内のイメージにブルースクリーンが浮かび、メインメニューが表示される。
「第三回メンズ・オークション」で検索をかける。約一億件ヒットした。出品された男の評価は概ね筋肉に関する内容だった。そして動画検索の上位に引っかかったのは、LLLのリーダーであるマスターリリーとSWH社長ヴィーナとの討論。そして入札者の一人の萌香の号泣動画だった。
次の結婚相手は萌香だ。
今どんな気持ちで過ごしているのか。ゆきひとは萌香の気持ちをふいにしてしまった訳で、次の結婚生活は一筋縄ではいかないと、男を憂鬱にさせた。
ゆきひとは気を取り直してLLLについても調べてみる。最初に表示されたのはLLLのホームページ。マスターリリーが圧倒的存在感を放ち表示された。流石LLLの顔といった所だ。LLLの正式名称は「リリー・レズビアン・ライン」で、そのことは既にヴィーナから聞いている。幹部は二人。広報担当のカーネーションと、戦闘特化型のローズ。カーネーションは距離が遠かった為、容姿を確認していないが、ローズは近場で見ている。顔の上半分をヘッドマシーンで覆い、体は黒いボディスーツ。空中バイクでホバリングしている様子が男の印象に深く刻まれていた。
調べていくと、LLLが天井を崩して乗り込んだ一件は、最初から第三回メンズ・オークションに組み込まれたプログラムということになっており、事件化されていなかった。ゆきひとにとっては腑に落ちない。重役のヴィーナやソフィアの反応は、LLLが来ることを予め知っていたとは思えなかった。場を盛り上げる理由で身内に知らせないとか、そうゆう類のものなのだろうか。
「あーもう、わからん!」
男の集中力が切れて脳内イメージのブルースクリーンが閉じる。今は考えても仕方がない。ただ結婚生活をこなしていくいくだけ。そう自分に言い聞かせて男は考えるのをやめた。
スマホが鳴る。タンナーズからだ。
郊外でマフィアが暴れているらしく、制圧しに行くという内容だった。ゆきひとはタンナーズの身を案じながらも、ついヴィーナのことを考えてしまっていた。
ヴィーナのことを考えると胸が苦しくなる。この感情は何なのか。本人もまだわかっていない。
また音がする。「ミシッ、ミシッ」と足音が聞こえてきた。
ゆきひとは体を起こしてドア付近を見る。
「誰かいるのか?」
緊張感が走る。
タンナーズは今出払っているはず。女帝ではない。
クレイやセラの気配とも違う。
男は今までの鍛錬や野生の勘でそれがわかった。
「誰だ!」
暗がりから、薄っすらと女性のシルエットが現れる。
男の目が暗闇に慣れてきたのだ。
「久しぶりだネぇ。君とは二度目かナぁ?」
独特の印象を与えるヘッドマシーン。
そして黒いボディスーツ。
「……幹部のローズ?」
検索すれば何とやら。LLLの幹部ローズがゆきひとの目の前に現れた。ローズは助走をつけて飛び上がる。そのままニー・ドロップを放った。ゆきひとは慌てて避けベットから転げ落ちた。ローズの膝落としはベットを陥没させ破壊した。
「何なんだ、いきなり!」
「……ヘェ。アンタ反射神経あんじゃん。しかもアタシの名前覚えていてくれてるとか」
殺気なのか狂気なのか、ローズは只ならぬオーラを放っている。棒立ちしていたら殺られる。ゆきひとはそう思った。咄嗟にゆきひとは右ストレートを放つ。ローズはその場で蝶が舞う様に宙を飛んだ。ゆきひとはローズの人間離れした体術を見て怯む。空中での三回転半は美しかった。ローズはゆきひとの隙を見逃さない。目にも止まらぬ速さで男の背後に回り込み、両腕を後ろに交差させる。そのまま体重をかけてゆきひとを絨毯に叩きつけた。
一瞬の出来事だった。何が起きたのかわからない。ローズはゆきひとの背中に交差させた両腕を縄で縛る。ゆきひとが声を上げようとすると、ローズはゆきひとの頭を片手で押さえつけた。
これが戦闘特化した幹部の力。
タンナーズの部下達とは格が違う。
ゆきひとは今までの鍛錬で自信をつけてきた。力を試したいとも思った。マフィアとの抗争も自分は戦力になれると感じていた。なのに、なんだこれは。何も出来なかった。くやしくてたまらない。この一か月近くの鍛錬は何だったのか。
うつ伏せのゆきひとは、ローズに壁際まで引きずられて片手で投げ飛ばされる。
「ぐはっ」
ローズの細い腕からは想像できない程の怪力。
ゆきひとはたじろいだ。
「助けは来ないよ。マフィアをそそのかして女帝にぶつけたから」
「……ハァ……ハァ。……何なんだよお前」
ローズはゆきひとの口を左手で押さえつけた。
「男ってこんなもんかよ。クソ弱エェな。期待したのにガッカリだぜ」
男の体から冷や汗が出る。
心拍数が高まる。
胸の鼓動が抑えられない。
「アタシが怖いか?」
ローズの被るヘッドマシーンの奥からニヤけた瞳が浮かぶ。
「脱げ全部だ」
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