第32話 大蛇乱舞

「うおおおぉぉおぉぉおぉおおぉぉおっ!」


 男はAK47モデルのライフルを担ぎ、灰色の壁が所々崩れた迷路を縦横無尽に駆け回る。銃撃音がドンパチ鳴り恐怖心を煽った。摩天楼内の施設なのは確かだが、構造が複雑すぎて何階の何処なんだかわからない。タンナーズの説明だと部下の銃撃戦練習場だと言うのだが。

 男はライフルの扱い方を知らず、小銃を持て余していた。例え撃てたとして相手に当てていいのかも疑問だった。銃撃音が遠のいた所で壁に隠れる。「どうやって使うんだこのライフルは」と、壁に試し撃ちをした。

 「パンッ! パンッ! パンッ!」と灰色の空間に三連発の銃音が鳴り響いた。仰け反るまではいかないが撃つ度に体が揺れる。男は壁にめり込んだ三発の弾丸を確認する。当たったら相当痛いだろうと身震いした。

 

 突如男の体は硬直する。

 広背筋辺りに固い何かを感じたのだ。


「どうしたゆきひと。油断していてはあっという間に死んでしまうぞ」


 タンナーズの声だ。ゆきひとはライフルを床に置いて両手を上げる。振り向くとタンナーズがハンドガンを向けていた。「降参だ」とゆきひとが言いかけた瞬間、タンナーズは引き金を引いた。


「ぐはっ」


 撃たれた衝撃があり、ゆきひとは激痛の走る腹部を摩った。だが手のひらを見ると血は付いていなかった。


「ゆきひと。この銃撃戦練習場で使われている銃の弾は、対人戦において致死効果は無い。安心してよいぞ」


「……相当痛かったですけど」


 ゆきひとが灰色の床を見ると、ハンドガンの弾が転がっていた。


「この弾がS極だとすると体内のナノマシンN極。反発し合うのだ。勿論衝撃はあるから激痛は伴う」


「な、なるほど」


「では次に格闘訓練に参ろうか」


 大蛇の石造が見守る大広間。

 ゆきひととタンナーズは距離を置いて向き合って立っている。

 これから二人の組手が始まる。

 ギャラリー(大広間を囲んだ二階の細い通路)に続々と人が集まってくる。

 タンナーズの部下、カジノの上客、バニーガール、クレイやセラまでもが見守る。この摩天楼内ではタンナーズがOKを出せば全てがまかり通る。

 ゆきひとは上着を脱ぎ捨てる。

 観客達は男のバッキバキの肉体美を見て色めき立った。


「相変わらず美味しそうな筋肉じゃな」


 タンナーズはアバヤと金の装飾を脱ぎ捨てる。女帝の引き締まった体、それに纏う黒のレオタード姿が露わとなる。格闘ゲームのプレイアブルキャラと並んでいても遜色がない。


「……さっきの言葉は、褒め言葉と捉えておきます」


「うむ。……では、かかって来るがよい」


「よろしくお願いしますっ!」

 

 男は一度深呼吸をして突進、そして右ストレート。それから正拳突きを何度も放つが、女帝は軽やか動きで避けて行く。

 素早く避けるというより、女帝は完全に動きを見切っている。

 逆に男の動きは固くぎこちない。ブレイクダンスでの軽い動きは慣れているが、格闘となると別物で、ほぼ見た目全フリの男の筋肉は重くパンチのキレが悪かった。女帝はその遅いパンチをいなし蹴りを放つ。

 上段蹴りは鎌を振り上げるかの如く。

 かかと落としは斧を振り下ろすかの如く。

 回し蹴りはハンマーを振り回すかの如く。

 そのダイナミックで魅せる蹴り技の数々はギャラリーを沸かせる。そんな連撃の蹴り技をゆきひとは何とか避けきった。カジノでスロットを眺め続けた成果なのか、動体視力は向上していた。だがタンナーズが本気を出していないのは、魅せる為の技や余裕な態度からして明らかだった。


「本気出して下さい!」

 

 ゆきひとの言葉にタンナーズはにやりと笑う。女帝は男の顔面擦れ擦れまで突っ込み、その場で一回転。長い鞭のようにしなる髪が男の視界を奪う。男はひるんで一歩、二歩後退した。


「ゆきひとさん、頑張って!」


 ギャラリーからセラの声援が聞こえる。

 男が咄嗟に目を開けると女帝の姿がない。何処にいる。

 男は女帝の気配を足元に感じ、距離を取ろうとする。しかし時既に遅く、女帝は超低姿勢のまま足払いを放った。男はずっこける。男が顔を上げようとすると女帝の右足がそれを押さえつけた。


 拍手と歓声が鳴り響き、大蛇の広間に七色の紙吹雪が撒かれた。

 タンナーズは手を振ってギャラリー応える。まだ女帝の足元には男の顔がある。華やかな舞台でなければ、女王様と筋肉質の男がSMプレイを終えた状況に見えていた。男は穴があったら穴に入りたいと切に願った。


 ゆきひとは大広間の隅で体育座りをして落ち込んでいた。まだ呼吸は整わず、汗も噴き出している。組手をして、タンナーズと自分との戦闘能力の差を身に受けて感じたのだ。今の今まで格闘経験などは無い。見た目を意識して筋トレをしてきた。ベスト・ワイルド・ジャパンで格闘技術がプラスになるとわかっていても、何処から入っていいのかわからず怠っていた。相手は恐らくプロだ。プロだから仕方がない。そんな言い訳をしても仕方がないことはゆきひと自身よくわかっている。手も足も出なかったのは身から出た錆なのだから。

 

 落ち込んでいるゆきひとにタンナーズは歩み寄る。

 慰めたいというより、脈動する筋肉に自然と引き寄せられていた。

 女帝は体育座りしている男に寄り添った。


「ゆきひと、ナノマシンのことは聞いているか?」


「俺にも埋め込まれているんですよね。イメージトレーニングだけで体形を維持出来るとか」


「そうじゃ。このナノマシンは自己暗示法の影響をとても強く受ける。理想の容姿に近づけるだけではなく、鍛錬を積めば映画スターの様な動きも出来るのじゃ。体内のナノマシンを意識して、筋トレや格闘訓練するのとしないのとでは、かなり違ってくる」


「自己暗示とかは、昔から結構意識してたんですよね。筋肉を意識しないと筋トレの効果が薄いっていうのは本にも書いてあったので。……ナノマシンを意識すれば俺もタンナーズさんみたいに強くなれますかね」


「ふふっ。そちなら最強の男にも成れよう。励むがよいぞ」

 

 タンナーズの言葉はゆきひとを前向きにさせた。

 そして話の流れか、タンナーズは自分のことを語り始める。

 

 アラブの女帝が、女帝に成し得たのはタンナーズが十八の時。母親はカジノの経営権をタンナーズに譲渡し、そのまま旅に出てしまった。タンナーズは幼少期から経営学や戦闘技術を叩きこまれて育った上、優秀な部下が既に揃っており、カジノ経営に困ることは無かったと言う。

 高潔無比のタンナーズだが、そんな彼女にも手を焼いているものがあった。カジノと言えばマフィア。この街にもマフィアがおり、度々抗争が起きていた。タンナーズが戦闘技術を磨いているのは、マフィアに対抗する為であり、戦闘能力の高さは必要不可欠な要素。力をつけることは避けて通れない道だった。タンナーズは強く成らざるを得なかったのだ。

 それともう一つの告白。

 それは自身がバイセクシャルであること。 

 バイセクシャルとは日本語で「両性愛者」の意味。男性と女性の両方に恋愛感情及び性的欲求を持つ。タンナーズの(戦闘部隊の)部下九割はバイセクシャルで構成されている。

 タンナーズ自身は今まで自由に生きてきたこともあり、己のセクシャリティで悩むことは無かった。しかし部下は恋愛が深まるとイザコザを起こしてしまう。基本恋愛は自由で放任しているが、恋愛の縺れの隙を突かれ、他の団体から人材を引き抜かれてしまうことがあった。それもタンナーズの悩みの種になっていた。

 一見悩みの無さそうな人でも悩みがある。

 ゆきひとはオネットとの結婚生活で、誰にでも悩みがあるのだということに気が付いた。それでもタンナーズの告白に驚きを隠せなかった。「俺はまだまだだ」と前髪を掻きむしった。

 

 男は気合いを入れ直して鍛錬に励む。灰色の壁が連なる施設で、男はタンナーズの部下達と銃撃戦を繰り広げた。ライフルやハンドガンを向けられると、その気配を感じて咄嗟に射程から体を外す。そして壁に身を隠しながらライフルの銃口を向け反撃の弾丸をぶちかました。被弾することも少なくなかったが、銃弾をスローで捉えた時は身体の急所を外せるまでになっていた。

 何日も何日も銃撃戦や組み手をしては筋トレも欠かさず行った。

 大蛇の広間で、男は女帝の部下達相手に互角の戦いを見せるほどに成長した。

 今はただ、がむしゃらに鍛錬を積むのみ。

 男はもっともっと強くなりたいと、そう願うのだった。

 

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