第18話 永遠の十七歳と機械仕掛けの執事長

 そこはコントロールルーム。ドア側の壁を除いて各種録音機材などでひしめき合っている。複数のモニターを見れば会場の様子が観覧可能で、ソフィアはそんな機材に囲まれた中、深めのオフィスチェアに座っていた。

 ゆきひとはクレイに押し出されコントロールルームに入れられる。

 モニターを見ていたソフィアは、チェアを半回転して鬼の形相をゆきひとに向けた。壁際のゆきひとに対して、ソフィアは正拳突き放つかの如く壁ドンをぶちかます。ゆきひとよりも頭一つ二つ小さいソフィアだが、その迫力は熊をも退ける勢いだった。


「おいてめぇ、さっき何言おうとした!」


「えっと、それは……」


「言うんじゃネェ!」


「……はい!」

 

 コントロールルームにヴィーナも入って来る。


「ソフィア落ち着いて!」


「だってお姉ちゃん、せっかく成功しそうなのに……」


 熊をも退ける勢いだった社長の番犬は、一瞬で子犬のように変身した。


「ゆきひとさん、今回メンズ・オークションに参加して頂いて心から感謝しています。貴方の要望は出来るだけ応えます。ですからお願いします! 三人の女性の中から結婚相手を選んで下さい!」

 

 頭を下げるヴィーナ。

 ソフィアも姉に合わせてしぶしぶ頭を下げた。


「頭を上げて下さい!」


 二人の女性に頭を下げられたら屈強な男も立つ手が無い。

 ドアに腕を組んで寄りかかっていたクレイが会話に加わる。


「私が口を挟む立場では無いが、ゆきひと……ちょっといいか?」


「……はい」


「ベスト・ワイルド・ジャパンについて調べさせてもらった。そこでは野生の勘も審査対象になるそうだな」


「そうですね。リアルラック……運も審査対象になります」


「貴殿が仮に運営側の人間を選んだらどうなるかわかるか?」


「何となくは……」


「いや、わかってないな。三年前のメンズ・オークションでソフィア殿は、アメリカ本社の企画により、入札者サイドでイベントに出場した。それはもう様々な所でえらく叩かれた」


「何でそんなこと……」


「会社の決定だからだ。ゆきひと、仕事経験は?」


「あります」


「上司の言葉にNOと言えるのか?」


「殆ど言えないですね……」


「わかるだろう。野性の勘は働かないか?」


「……」


「このイベントが失敗すれば、ヴィーナ社長は失脚する」


 ゆきひとの心が鈍器で殴打される感覚に呑まれた。ヴィーナを選んでしまったらどうなるのか何となくはわかっているつもりだった。そう……つもりだった。言葉に出されて重圧をリアルに感じてしまった。ある意味やっと理解したのだ。


「クレイ……いいの。それ以上はやめて」


 麗人は一礼をして後ろに下がった。


「わかりました。今回のイベントはここで幕を下ろしましょう。やはり無理やりこんなことをするべきでは無いわ」

 

 ソフィアは慌てて姉に詰め寄る。


「お姉ちゃんダメだよ。そんなことをしたら、もう一生ギフティに頭が上がらなくなる」

 

 ヴィーナは顔を横に振る。

 それを見たソフィアは俯いてその場に座り込んだ。


「ちょっとー大丈夫なのぉ?」

 

 蚊の鳴くような声がする。クレイの前をオーラを纏った少女が通り過ぎる。ゆきひとの視線の先には人形と見間違うほどの清楚な少女が立っていた。オレンジベージュの前髪パッツンボブ。赤いワンピースに黒い厚底ブーツ。それぞれ大きなピンクのリボンで飾られている。乙女感を全面に押し出している少女。高校に通いながらモデル活動に花を咲かせていそうな風貌だ。

 ソフィアは少女を見て愕然とする。


「ママッ!」


「えぇ! ママ!?」

 

 ゆきひとは驚きながら、清楚な少女とヴィーナとソフィアを見比べる。どう見ても清楚な少女の方が年下に見える。

 ゆきひとに近づく清楚な少女はニコリと笑う。


「初めまして、ストック・トルゲスといいます。今回娘達がお世話になりました。ありがとうございますね」


「お若いお母様ですね」


「まぁ永遠の十七歳ですから」


 ゆきひとはその言葉でストックの性格を察した。


「お母さん……」


 途方に暮れていたヴィーナは母に答えを求めていた。


「ヴィーナ。イベントの中止は許しませんよ。三年前のお詫び行脚忘れた訳じゃないでしょうね。日本SWHの社長の席は貴女に引き継ぎましたが、現会長の私が責任を取らない訳にはいかないでしょう。ストレスはお肌に悪いんだからぁ」


「ママったら自分の都合ばかり……。そもそも前回司会やってたのママじゃん」

 

 ソフィアは不満を隠せなかった。


「聞ーこーえーてーまーすよぉ。ソフィア、貴女も貴女です。会場の放送もっと上手く出来たでしょうに」


「あーもぅーうるさい、うるさい、うるさい!」

 

 その様子を見かねた男性型のアンドロイドがコントロールルームに入って来る。


「ストック様、これ以上お客様を待たせるのはまずいかと」

 

 ブロンドの髪に艶のある肌。紫のスーツを着こなし黒いブーツには傷一つ無い。落ち着いた雰囲気を携え存在感を示していた。

 ゆきひととアンドロイドの目が合う。機械とはいえ数日は至近距離で男を見ていない。終わりの見えないメンズ・オークションの最中に出会った機械仕掛けの青年は、数百年ぶりに出会った男性に思えた。


「初めましてゆきひとさん。僕は会長のアンドロイドで執事長を務めさせて頂いているバロンと申します」

 

 その落ち着いた声を持つ美青年は場の空気を和ませる。


「……初めましてバロンさん」


 バロンはゆきひとに握手を求め、ゆきひとはそれに応じる。アンドロイドだというのに人間の暖かさ、体温を感じる。次々と色々なことが発生して、ゆきひとの頭は完全にショートしてしまった。


 爆発音が聞こえたのはそんな時だった。


「……!?」

 

 衝撃が走り建物全体が揺れる。

 コントロールルームの老若男女は近くのモノにしがみつく。

 揺れの反動でストックは、ゆきひとの見事な腹筋にダイブして顔面をスリスリしていた。


「お、お母さん?」

 

 ヴィーナは天然の母に対して、口を出さずにはいられなかった。

 顔を上げるストック。


「こ、これは不可抗力よ、ふーかーこうりょーくっ!」

 

 ソフィアはモニターを見る。

 ステージ中央真上の天井が抜けていた。


「何なのよ!」


 モニターには、天上付近を飛行しているホワイトカラーの軍用ヘリが映し出されている。ヘリのプロペラは乱気流を生み出し会場に嵐を巻き起こす。夜空に浮かぶヘリの強烈なライト。ホバリングしたヘリからはしごロープが降ろされ、魅惑のボディを持つ女が現れた。

 ゆきひとはモニターから目が離せない。


「誰?」

 

 会場の女性達も同じ反応だった。

 

 はしごローブに掴まっている女は月のような長いブロンドの髪を泳がせ、瞳はアゲハ蝶のアイマスクで隠している。気高い白のレオタードに着てマントを気流になびかせた。


「オーホッホッホッホッホッ!」


 プロペラの音にかき消されない甲高い声。


「どう見ても変態にしか見えない」


 ゆきひとの本音が漏れる。


「私、行ってきます!」


「ちょっとお姉ちゃん!」

 

 慌ててコントロールルームを出るヴィーナ。その横顔は今までヴィーナが見せたことの無い勇ましさだった。

 そんなヴィーナの後にクレイも続く。


「あらあら、どうしましょう」


「落ち着いて下さいストック様」


 頬を両手で隠しているストック。

 それをたしなめるバロンは慣れた様子だった。


「アンタも行きなさい!」


 ソフィアはゆきひとの大胸筋に人差し指を突きつける。


「お、おうっ」

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