第17話 プロポーズダイヴ
降って湧いた性の話題に、ゆきひとの体は火照り汗が零れ落ちていた。性事情は様々な状況に翻弄されていて頭に無かった。無かったのだが、一度脳裏にこびりつくと中々離れない。膨らむ想像を抑えるのに必死になってしまう。
「次がラストのステージになりますね。その名もプロポーズステージ!」
結婚式場でよく使用される定番のBGMが流れる。
「タンナーズさん、萌香さん、オネットさんが、それぞれの気持ちや思いをゆきひとさんに伝えて頂いて……最後にゆきひとさんが結婚相手を決めて下さい!」
茫然としているゆきひとに補足を加えるヴィーナ。
『入札者の女性達にはまだ告知していませんが、結婚相手といってもそれぞれ順番と期間が違うだけなので難しく考えないで下さい。最初に選ばれた方は二か月間。他の方は一か月ずつになります』
『つまり全員と結婚生活をすると?』
『そうです』
『その後はどうなるんですか?』
『今後のことは会社の会議で……。ゆきひとさんの意見はある程度反映されるので安心して下さい。ちなみに最初のメンズ・オークションに出られた男性は、一人の女性と結婚されて幸せな生活を送っていると聞いています』
『幸せな結婚生活か……』
ゆきひとが最初に思い浮かべた女性は他でもないヴィーナだった。愛という言葉に不信感と抵抗感を抱いていたはずなのに、不思議とヴィーナのことが気になって仕方がない。異性との付き合いでこんな感覚になったことは無かった。体を鍛えているのは自分を磨く為で、モテたいというのが第一ではない。祖母と別れてからは孤立無援。強く生きていくしかなかった。筋肉フェチの女性と何度か交際したが、家庭環境が重いとか色々理由をつけられて結局はダメになる。その時好きだと言っても人の感情は変わってしまう。別れる度に母親の呪縛から逃れられない自分に虚しさを覚えていた。
でも何故かヴィーナとの幸せな結婚生活が頭に浮かぶ。幸せに誰かと暮らしたことなんてないというのに。
ゆきひとは顔をぶるぶると震わせて脳裏から余計な情報を振るい落とした。
「ではプロポーズステージ、スタートです!」
パステルの声の後にゴングが鳴る。
アラブの女帝タンナーズはマイクを握りしめて立ち上がる。
「ゆきひと、そちは体の鍛錬を惜しまないようだな。わらわの所に来れば実戦で戦うことが出来る。そしてより良い肉体への進化も可能であろう。……夜の生活を満足させられるのはわらわだけじゃ。いい返事を待っておる」
萌香は胸を押さえている。登場時と違い緊張していた。
「わたくしは今回のメンズ・オークションに出る殿方が日本人と聞いて……神に祈る思いで結婚宝くじを買いました。今男性が絶滅するという危機がこの時代では問題になっています。しかし、その前に純血の日本人がこの世からいなくなります。だから、どうか……どうか……わたくしを選んでください! お願いします!」
頭を下げる萌香。
その瞳には涙が滲んでいた。
ゆきひとと萌香の距離は遠かったが、その覚悟はゆきひとの胸に伝わっていた。
萌香の言葉に感動して涙を滲ませるオネット。
「オネットさーん。お願いしまーす」
パステルの声に指で涙を拭うオネット。
「すまない。……言葉にできないほど感動してしまって」
オネットはゆきひとを見下げる。
「自分がこのような感動的イベントに参加できるなんて、とってもとってもラッキィガール。ゆきひと君……君が誰を選んでも私は喜んでそれを受け入れるぞ。これから君はあらゆる困難や壁にぶち当たるだろう。だが困った時はオネット・シュバリーと検索してぇ!」
「オネットさーん。宣伝はほどほどに」
「これは失敬。ゆきひと君……最後に自分から祝福のメッセージを送ろう。君の人生に幸あれ、グットラック!」
会場から拍手が沸き上がった。
「さーて、ゆきひとさん! この三人の中から結婚する相手を選んで下さい!」
パステルの声が響く。
固唾を飲んで見守る観客の女性達。
ゆきひとはオネットの言葉に心救われたが答えは出せないでいた。
こんな形で結婚を選んでいいのか。
己が歩んできた悲惨な家庭環境ではなく、結婚するなら好きな人と幸せな家庭を築きたいと思っている。
「俺は、俺はぁ……!」
胸がきしむ。
ただ周りに促され流されていた。
選択を迫られるのはわかっていた。
だがやはり答えが出ない。
「俺は……この三人からは選べません!」
マイクがキーンとハウリングする。
「いきなり呼び出されて結婚しろって言われても選べる訳がない。もっと相手のことを知って考えて、分かち合って……結婚ってそういうもんだと思う。一日二日じゃ決められない」
手の震えが止まらない。
「ゆきひとさん……?」
心配そうにゆきひとの様子を伺うヴィーナ。
「でも……」
「でも?」
「もし結婚するなら」
「えっ」
「もし、結婚するなら!」
ゆきひとはヴィーナに熱い眼差しを送る。
放心状態の男は、どうすればいいのか、どうしたいのか、考えるよりも先に言葉が出ている。喉から出そうな言葉を今言ったらどうなるのか。思考がもう回らなくなっていた。
「ストープッ!!」
ソフィアの声が会場全体に鳴り響いた。
「たんまたんま、今の無し。只今から少し休憩を頂きます。会場の皆様は暫くその場でお待ちください!」
別室からの会場放送の声は完全に焦っていた。
だんだんと薄暗くなるドームの照明。
ボディガードのクレイが光学迷彩を解いて現れる。ステージ上のクレイの体は暗がりの中で発光した。ゆきひとは抵抗する間もなく、クレイに両腕を後ろに交差させられてステージの床に押さえつけられた。
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