第19話 百合界の女王光臨 

 ステージ中央に舞い降りる圧倒的存在感を放つ女。

 抜けた天上から百合の花が舞い落ちる。

 照明の無い暗がりの中、月と星の光で白百合がキラキラと光る。

 突然のことに観客席の騒めきは大きくなるばかりだ。


「み、皆さん落ち着いて下さい!」


 パステルは慌てていた。

 会場が破壊された上に謎の女が現れたのだ。無理もない。

 慌てる司会進行をよそに、アイマスクの女は堂々とした様で地上に降り立った。


「こんばんはー! 皆さんごきげんよう。ワターシのことをご存知ですか?」

 

 耳に手を当てる圧倒的存在感を放つ女。

 観客席から反応は無い。そんなどよめいた空気のステージに、ヴィーナ、クレイ、ゆきひとが到着した。


「ご存知無いかしらー? では知ってる人もぉ、知らない人もぉ、覚えていって下さいねっ!」

 

 圧倒的存在感を放つ女に、スポットライトの光が降り注いだ。


「リリー・レズビアン・ライン。通称LLLのリーダー、マスターリリーですっ!」

 

 リリーは胸元に手でハートマークを作ってポーズを取った。

 そこに軍用ヘリからブロンドの髪をなびかせた女が百合の花を撒いている。

 他に目立つものと言えば、リリーから少し離れてホバリングをしている空中走行自動二輪。わかりやすく言えば空飛ぶバイクだが見た目は戦闘機に近い。バイクにまたがる女はヘッドマシーンを装着しており顔の上半分は表情が見て取れない。ヘッドマシーンからブロンドの三つ編みが垂れており、体は黒いボディスーツのような戦闘服で覆っていた。


『誰なんですか? この人達』


 ゆきひとはヴィーナに通信を試みる。


『リリー・レズビアン・ライン……通称LLL。全国の女性を百合に変えるべく活動をしている最近話題の百合団体ですね』


 ヴィーナは更に詳しく説明する。

 軍用ヘリから百合の花を撒いているのはLLL幹部のカーネーション。口元のホクロが特徴的で二十五という年齢の割に大人びた雰囲気を持っている。広報担当で人員確保の要。

 空飛ぶバイクに乗ってるのは幹部のローズ。年齢は二十四歳で年相応の見た目。戦闘部隊を纏めておりLLL内部で一番戦闘力が高い。

 そしてマスターリリーは、リリー・レズビアン・ラインのリーダー。圧倒的カリスマ性を持ち百合界の女王としてビアン達をまとめている。年齢不詳という公式設定。神出鬼没で大胆不敵なその様は、ファンの間でレズテロリストと言われ親しまれている。

 

『レズテロリストと言われ、ファンに親しまれているだと……? 随分お詳しいんですね』


『……最近何かと話題になりますから。レズビアンの方を呼ぶ時はビアンと言ってくださいね。侮蔑的と取られる場合のある、ホモ、カマ、レズはダメですよ』


「ちょっと、アッナータ達ィ! イーマ会話してるんじゃあーりません? ワターシを差し置いてそんなことをするなんてノンッノンッノンッ。許せないわ!」

 

 リリーは人差し指を振り子のように三回振った。

 クレイはヴィーナに拡声器を渡す。

 乱気流と白百合と眩しいライトで混沌とし、軍用ヘリから放つ騒音は観客達のガヤを掻き消している。

 ヴィーナはその異様な光景にも怯まず、マスターリリーに拡声器を向けた。

 

「リリーさん、何しにいらしたんですか?」


「今回、いい機会なのでLLLの宣伝に参りました! ファ!」


「宣伝の為だけに、天井を破壊しないで下さい!」

 

「皆さーん! このようなイベントはもう終わりにしましょう。せっかくこの世界は女性達で満たされて、せーっかく百合百合してきたのに、今更男を必要とすることはあーりません!」


「リリーさんの意見を否定するつもりはありません。ですがそれは別の場所でやって下さい。場違いです!」


「男がいなくなって無駄な争いは減った。犯罪は確実に減少している。そして何よりトイレで長蛇の列に並ぶことが少なくなった!」

 

 暗闇に包まれている観客席から納得の声が漏れる。

 特にトイレの件の反応がでかかった。

 騒音の中でヴィーナはその反応を感じ取った。


「た、確かに今まで使われていた男子トイレは女子トイレになりましたが、男子がいても使える場所を増やせばいいだけです」


「苦しいなぁ。苦しいぞその反論は! 男子がいなくなれば必然的に女子のスペースは増える。いい事尽くめではないか。そう思わないか、ヴィーナ社長。男の物は女の物。女の物は私達の物なのデース!」

 

 ポーズを取るリリーに、カーネーションとローズは拍手を送った。

 ヴィーナは唇を噛む。思うように言葉が出てこない。

 ゆきひとはただヴィーナの悔しそうな顔を見ているだけしかできなかった。


「そち!」

 

 玉座に君臨するアラブの女帝が叫ぶ。手に拡声器を持って。


「その者達とは相容れぬ。特別な理由は要らぬのだ。わらわは男子を欲している。共に生き、新しい世界を見たいだけじゃ。何事にも選択肢は多い方がいい。……そしてわらわが気に入らないのは、リリーとやらが……わらわとキャラが被っていることじゃ!」

 

 空中バイクのローズがアラブの女帝に近づく。


「無礼な! 貴様とリリー様のキャラが被っているとか冗談もほどほどにしろ!」


「そち。わらわの島を度々荒らしている者だな。今度相まみえようぞ」


「ローズだ。名前ぐらい覚えておけ!」


 ローズはリリーの傍に戻る。

 リリーの圧倒的存在感は揺るがない。


「ヴィーナ社長。男がいなくなって人類が絶滅すると言われているが、それは嘘だ。皮膚から精子を培養することは可能。男のY染色体がこの世から全くなくなった訳ではないし、皮膚の細胞さえあればいいのだ」


「……」


「もう男という存在は必要ではない」

 

 ヴィーナは即座に反論をしない。皮膚から精子を培養することは可能で、ヴィーナ自身も知っているということだ。

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