神8〔神ラスト〕

黒い自殺神①「君、死んじゃダメだぞ」


 その日──学校帰りの九郎は、いつもは通らない路地道を足早に歩いていた。

 九郎の手には、アパートの部屋で待つ姉比売に食べてもらうショートケーキの入った小箱があった。

 九郎は昨夜の姉比売との会話を思い出して、少しだけ微笑んだ。

(姉比売、喜んでくれるかな?)


 昨夜──一緒に行った、ネットカフェでうつ伏せ姿勢でコミックを読んでいる姉比売に、九郎は聞いてみた。

「そう言えば、この間の料理教室で気になったんだけれど………姉比売って何者? 神さまなのはわかるけれど」

「んっ!? 儂か………実際のところは、自分でもわからん………八百万の神関係の神であるコトは間違いないのじゃが、古い神すぎて昔の記憶が無いのじゃ」

「そうか………じゃあ、誕生日とかもわからないんだな」

 パソコンで動画を見ながら九郎が言った。

「それなら明日を、姉比売の誕生日にしよう………ちょうど明日が、姉比売とオレが数ヶ月前に出会った日だから」

「儂の誕生日か………神に誕生日とは」

「プレゼント、何か欲しいものある?」

「プレゼントは、九郎が祠の人柱になって………」

「それ以外に」

「他に欲しいものと言われても………あっ、一つだけあったわい」

「何?」

「ショートケーキとやらを食べてみたい、イチゴが乗ったショートケーキを九郎と一緒に」

「わかった、明日買ってくる」


 姉比売に食べてもらうショートケーキの小箱を提げて、楽しそうに歩く九郎の背後に排水路の穴から、立ち上ってきた黒い影が九郎の背中におぶさり憑く。


「あ………っ」

 途端に九郎の両目から活力が消えて、持っていたショートケーキの小箱が道路に落ちる。

 人が変わったように、九郎が沈んだ口調で呟く声が聞こえた。

「急に死にたくなった………死ななきゃ、どこかで首くくらなきゃ」

 虚ろな目の九郎は、落としたケーキの箱を踏みつけて歩きはじめた。


 河原にやってきた九郎は、太い枝が張った大樹を見上げて呟く。

「あの枝なら、首を吊れそうだ………ロープを買ってこよう」

 その時──惚けた笑みを浮かべている九郎に、明るい声で話しかけてきた者がいた。

「そこの、死のうと思って枝を見上げている君! お姉さんが君に最適な死に方をコーディネートしてあげるよ♪」


 声が聞こえて方を見ると、若いキャリアガール風の黒いレディーススーツ姿の女性が、タイトスカートで九郎を指差してビシッとポーズを決めていた。

 女性の首には、黒いロープのネクタイが巻かれている。

 謎の女性が、九郎に訊ねる。

「どう? あたしの登場? 決まっていたかな?」

「えぇ………まぁ、それなりに」

「うんうん、考えた甲斐があった………あっ、自己紹介するね。あたしこういう者です」


 九郎が渡された名刺には。

『南米マヤのくたれ神・自殺コーディネーター【イシュタム】』

 と、プリントされていた。


「自殺をコーディネート? アドバイザーとは違っ………」

 九郎が言い終わる前に、ものすごく厳しい表情で九郎に顔を近づけて言った。

「そこ違うから………アドバイザーだと、自殺幇助になっちゃうから………幇助はしていないから………誤解されると、ガイドラインに低接しちゃうから」

「はぁ………よくわかりました?」

「よろしい、君の名は?」

「九郎です………鳥越九郎」

「九郎くんかぁ君、表情暗いよ。これから自殺するっていうのに………ほらっ、笑って笑って」

 やたらと明るい。南米のくたれ神だった。


 イシュタムは、九郎が見上げていた枝に目を向けて言った。

「この見事な枝を選んだ九郎くんは、なかなか見所があるぞ………この枝なら、二人分くらの体重を支えきれるかな、さっそくやってみようか」

 そう言ってイシュタムは持っていた、黒いスポーツバックの中から踏み台脚立と黒いロープと赤いロープを取り出した。

「じゃ~ん、マイロープ………九郎君がぶら下がる赤いロープも、お姉さんのロープの隣に並べて枝に吊るしてあげるからね」

 イシュタムは、ハンズマンノット結びで輪にした二本のロープを枝に結わえた。

「これで準備OK、最初にお姉さんが見本を見せるから、よく見ていてね」

 そう言うと、イシュタムは踏み台に乗って、首に黒いロープの輪をかけると「えいっ!」と、勢いよく踏み台を蹴り倒して枝にぶら下がった。


 てるてる坊主のようになったイシュタムは、体を前後に揺らして遊ぶ。

「あははは………この瞬間、楽すぃい。お姉さんタイトスカートだから下からパンツ覗いたらダメだぞ」


 なぜか、少し離れた場所に立って首を吊ったイシュタムを見ていたロヴンが、第四の壁を越えて読者に話しかけてきた。

「イシュタムは神さまだから死なないけれど、読者の良い子はマネしちゃダメですよ」 


 揺れながらイシュタムが九郎に言った。

「どうコツはわかった?」

「はい、なんとなく」

 踏み台に乗って、赤いロープの輪に首を入れようとしている、九郎にイシュタムが言った。

「トイレは済ませた」

「トイレ?」

「首を吊ると失神して、排泄物が垂れ流しになるんだぞ……目の前が真っ赤になって、どんな美人も目が飛び出して舌がだらんと伸びた醜い姿を人前に晒すコトになる場合もあるんだぞぅ………それでも首吊る?」

 九郎は踏み台から降りる。

「やめておきます」

「うん、うん、それがいい」

 イシュタムもロープから降りて、後片付けをしてから。今度は河の方を指差して言った。

「じゃあ、次は入水いってみよう!」


 ノリノリでイシュタムは黄色い洗面器を取り出すと、持参したペットボトルの水で洗面器を満たして言った。

「水に顔つけて……水中では目を開けてね」

 言われた通りに顔を水に浸ける九郎、数分後に苦しくなって水面に顔を上げる。

「ぷはぁぁ………はぁはぁ」

「根性ないなぃぁ、そんなんじゃ一流のスイマーにはなれないぞ」

「別にオレ、水泳選手になるつもりは」

「成瀬川土左衛門って名前の、江戸時代の力士を知っている?」 

「???」

「水死体を連想する、色白でブヨブヨした体格で水死体を意味する『土左衛門』の語源になった力士なんだけれどね………水の中で死ぬとふやけるぞぅ、水生生物にとって死んだ生物は種別に関係なく単なるエサだよ………場合によっては腐敗ガスで、お腹がパンパンにふくれて水面に浮かび上がるコトもあるけれど」


 イシュタムの話しは続く。

「九郎くんは、知っているかなぁ。水死すると『お尻の穴が、死んだ魚の口みたいにぽっかり開きっぱなしになるよ』カッパに尻子玉抜かれて溺れ死んだって、その開いた穴からきているんだけれど。

検死された時に開いたお尻の穴を、見られてもいいなら水死………」

 少し考えて答える九郎。

「やめます水に入るのは」


 九郎の言葉に腕組みをして、うなづくイシュタム。

「うんうん、それがいい、場所変えようか」

 歩きながら、イシュタムは九郎に話し続ける。

「変わったところでは、炭酸飲料飲んでゲップを我慢して死んだ事例もあるね………あとは、冗談でお尻の穴から高圧空気注入して、腸が破裂して死んだ人とか」

「はぁ………?」

 道路を走り去っていく自動車を、虚ろな目で見ていた九郎に向かって足を止めたイシュタムが、少し厳しい口調で言った。

「それダメだから………絶対に」

「えっ?」

「今、走っている自動車や電車に飛び込んで死のうと思ったでしょう………それだけはダメだから、運転している人の人生にも影響するから、絶対にダメ。

高所からの飛び降りも、通行人を巻き添えにするかも知れないからダメダメ。

高い所から、生卵やトマト落としたらどうなるか想像して………だいたい、九郎くんはどうして死のうと思ったの?」

「オレが死のうと思ったのは………あれ? オレなんで自殺しようと?」

 その時、九郎の腹が空腹でグウゥと鳴った。

 その音を聞いたイシュタムが、微笑みながら言った。

「お腹すいたね、近くにあたしが行きつけのオムライス屋さんがあるから………食べに行こうか」

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