神7
大地の美食神「食いしん坊でキレイなお母さんは好きですか?」
その日──点心飲茶バイキング食べ放題の店で、インドのくたれ神【プリティヴィー】は満悦の笑みを浮かべながら、点心に舌鼓を打っていた。
「う~ん、幸せぇ。この 小籠包(ショウロンポウ)最高。
揚げたゴマ団子も美味しい。
この店を出たら、次はスイーツバイキングの店に直行だね」
積み上げられた小皿を前に、額につけた赤い宝石のような、インド女性特有の装飾品
《ビンディ》を輝かせている、プリティヴィーから少し離れた席にはロシアンティーを飲んでいるロヴンの姿があった。
読者の視線に気づいたロヴンが、第四の壁を越えて読者に話しかけてくる。
「あれ? 奇遇こんなところで会うなんて。あたしですか? 見ての通りのティータイムです。えっ! あのインドのくたれ神について知っているコトがあれば、教えてくれ? しょーがないなぁ、作者には内緒ですよ………彼女の名前は【プリティヴィー】インドの古い地母神です、最初は大地の女神で色々な神とか魔物の母親みたいなんですけれどね。
えっ、若作りの地母神が神格を高める方法ですか、それはですねぇ」
声をひそめるロヴンのテーブルに、プリティヴィーの額宝石から発射されたビームが、焼き焦げを作る。
ロヴンの背後から自分の腕を回して、首を締め上げるプリティヴィーのスリーパーホールドの技が炸裂する。
「ロヴンちゃん、なに壁のポスターに向かってブツブツ言っているのかなぁ………なんか今、若作りのとか聞こえた気がしたんだけれど」
ロヴンの首を微笑みながら、グイグイと締め上げてくるインドの地母神。
ロヴンの口から、カエルが潰れたような声が漏れる。
「ぐえっ………言っていません、若作りのババアだなんて」
「そう、あたしの聞き間違いかしら」
スリーパーホールドから解放され、ケホッケホッ咳き込んでいるロヴンのテーブルに、プリティヴィーは一枚の手紙と拳くらいの石を置いた。
手紙は九郎宛の手紙で、プリティヴィーが講師をしている料理教室へ、体験招待する内容が書かれていた。
ロヴンは手紙と石を片手づつに持って、怪訝な表情でプリティヴィーに質問する。
「あのぅ………これは?」
「紙と石よ、見たコトないの?」
「それは、わかりますけれど………いったい、あたしにどうしろと?」
「決まっているじゃない、九郎くんに届けて欲しいの………こうやって、九郎くんの部屋に投げ込んで、すぐに逃げてね、捕まっても神さまだと言えば人間の法律では裁けないから………たぶん」
プリティヴィーは、白紙の紙と別の石を、どこからか取り出すと。
紙で石を包み、店の窓ガラスに向かって投げつけた。
割れる窓ガラス、店主の怒鳴る声、脱兎のごとく逃げ出すプリティヴィー。
「それじゃあ、手紙よろしく! 神格は、あたしの方がロヴンちゃんより、ちょっぴり上だから………逆らったらダメよ」
「ち、ちょっと!! 待ってください! 郵便受けに手紙入れれば済むことじゃ………ひっ!!」
手紙と石を持ったロヴンの襟首が、剛腕で巨漢な店主につかまれる。
店主が紙と石を持ったロヴンに、強面の顔で質問する。
「おまえか、店のガラスを割ったのは?」
「えーと、わたしは神さまです」
「ふざけるな!」
数時間後──『神有月荘』の自分の部屋に、コンビニのポリ袋を提げて帰ってきた九郎に向かって、頭にタンコブを作った姉比売が、不機嫌そうな顔でシワが寄った手紙を差し出して言った。
「九郎、お主に手紙じゃ ………どこかのバカな、くたれ神が部屋に投げ込んできおった」
九郎は受け取った、手紙に目を通す。
胡座をかいた姉比売は、九郎が持ってきて畳の上に置いたポリ袋の中から、裂きイカの小袋を取り出して食べはじめた。
「気持ちよく昼寝をしておったのに………なんと書いてあるのじゃ? チラッと料理教室がどうたらの文章までは、渡す前に目に入ったが」
「駅前に開設した料理教室のオープン記念に、体験入学をしてみないかって………インド料理講師『プリティヴィー』って書いてある」
「行くのか?」
「自炊レパートリーの参考になるかも知れないから、ちょっと行ってみようと思う」
「そうか、儂もその料理教室とやらに一緒に行くぞ………その手紙からは、くたれ神の陰謀の匂いがプンプンする」
翌日──駅前の料理教室に九郎と姉比売はやって来た。
料理教室の生徒たちを前に、両手の平を合わせたプリティヴィーが自己紹介をする。
「映画でやたらと踊るインド人もビックリの、料理講師『プリティヴィー』です………この国の美味しい食べ物に触れて、食べるのも作るのも大好きになりました………みなさんと一緒に楽しく、お料理を作っていきましょう」
エプロンをしたプリティヴィーの口から「ヒュッ」と息が漏れる。
同じくエプロンをした、姉比売の口からも「ヒュッ」と息が漏れた──超高速の神会話。
プリティヴィーが姉比売に言った。
「はじめまして、お噂は遠くインドの山奥にも伝わっています」
「お世辞は言わなくともよい、お主も九郎を使って神格を上げる魂胆じゃろう………お主はどんな方法で神格を上昇させるつもりじゃ」
「あたしは、美味しい料理を作って食べたいだけで………ヒュッ」
「ふん、どうだか………ヒュッ」
神会話が終了したプリティヴィーが言った。
「それでは、さっそくお料理をはじめましょう………今日の料理の食材は」
プリティヴィーは、微笑みながらエプロン姿の九郎を指差す。
「そこにいる、九郎くんが今日の食材です………みんなで九郎くんを調理して、美味しくいただきましょう」
いきなり、料理教室の生徒たちが九郎を捕らえる──どうやら彼女たちは、なんらかの方法でプリティヴィーに操られているようだった。
怒鳴る姉比売が、プリティヴィーに飛びかかろうとする。
「おのれぇ! いきなり本性を現しおったな!」
姉比売の両腕を、料理教室の生徒が捕らえる。
「これ、手を離せ!」
生徒たちは、姉比売を床に押さえつける。信じられない力に、どうするコトもできない姉比売がプリティヴィーに向かって怒鳴る。
「お主! この者たちに何をした! 人を思いのままに動かすなど、くたれ神が簡単にできるコトではないだろう」
「神通販で購入した人間を操る薬を、少しだけ飲ませただけですよ………数時間で効力は消えますから」
「この、くたれ神が!」
「あなたもね、さて九郎くん………」
プリティヴィーは、微笑みながら九郎にも言った。
「どんな調理をしたら、九郎くんを美味しく食べられるかしら? タンドリーチキンみたいにして食べるとか、カレースープで煮込むとか……やっぱり、ここはシンプルに素材の味を楽しむために油で『素揚げ』よね♪」
数人の料理教室の生徒が、バスタブのような揚げ物電気鍋を台車で運んできて、一斗缶の天ぷら油をパシャパシャと鍋に注ぐ。
プリティヴィーが、両腕を捕らえられた九郎に言った。
「適温になったら、裸になって油の中に入ってね………大丈夫、美味しく調理してあげるから。食べ終わったら、人間の形に骨を並べて呪文を唱えれば、あら不思議………九郎くんは生き返って何度でも調理して食べるコトができます」
九郎が怒鳴る。
「ふざけるな、食べられてたまるか!」
床に押さえつけられていた姉比売の体が、少しづつ起き上がる。
「そうじゃぞ、九郎は祠の人柱になるのじゃ………うおぉぉ!」
いきなり、姉比売の全身が眩い輝きを放ち、料理教室は光りに包まれた。
数分後──意識を失い床に倒れた、料理教室の生徒とプリティヴィーの姿があった。
立ち上がった姉比売が、九郎に肩を貸して立ち上がらせる。
「立って歩けるか、九郎」
「あぁ、なんとか」
「さっさと、立ち去るぞ………こんな料理教室は、まっぴらごめんじゃ」
姉比売と九郎が去って、数分後──気絶したフリをしていた、プリティヴィーが立ち上がって呟く。
「なに? 今の神格の輝き? くたれ神のレベルを遥かに越えていた………歪世野姉比売、あなたいったい何者?」
プリティヴィーの体が、小刻みに震えはじめた。
神7~おわり~
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