神6

泉の融合神「お兄ちゃん、ボクの体どこか変ですか」


 その日──九郎は、神有月荘の部屋で横臥して、塩センベイをポリポリ食べながら新聞を読んでいる姉比売に質問した。

「そう言えば前にオレに『祠の人柱になってみないか』って、言っていたような気がしたけれど」

「覚えておったか………あの時は、少しゴタゴタしていて。詳しくは話せなかったが………いいじゃろう、九郎も未来の自分の姿を知っておいた方が良いからな」

 横臥から、胡座をかいた姿勢に変わった姉比売が九郎に説明する。

「六郎との約束じゃ………九郎が作った祠の人柱に自からなるのじゃ、祠と言っても今はホームセンターで材料は揃うので、犬小屋を作るような感覚で十分じゃ………文句は言わん」

「祠を作った後は?」

「アパート敷地内の空いている場所に、人が一人立って入れるくらいの縦穴を掘るのじゃ………これは九郎が入る穴じゃから、九郎が自分の手で掘らねばならんぞ」

「それで?」

 茶をすすりながら姉比売が言った。

「掘った穴に九郎が入って首まで埋めれば、人柱の完成じゃ………あとは、祠を地面に出ている九郎の頭に被せるのじゃ………祠の観音扉を開けると、首まで埋まった九郎の顔が見える」

「えーと、その後はオレはどうなるんだ?」

「多少は最初に食べ物とか飲み物を与えてやるが………それでは、いつまでたっても立派な人柱にはならん!

適当なところで断食じゃ。飲み食いさせないように祠の扉を封印する………そうじゃな気候にもよるが、半年くらい扉を閉めておけば十分じゃろう………半年後に祠の扉を開ければ、中から白骨化した九郎の頭蓋骨が覗く」


 腕組みをして、考えていた九郎が口を開く。

「それだとオレ、死んでいるんじゃ?」

「当たり前じゃ、人柱じゃからな………どうじゃ、人柱になってみる気になったか」

「ち、ちょっと待て! よく考えさせてくれ」

 その時、開けていた窓の方からハルメヒトの声が聞こえてきた。

「そうですよ………九郎さんに人柱は似合わないですよ。ここは、内臓を抜いて黄金マスクのミイラに………」

 見ると、メジェド神のコスプレをしたハルメヒトが、テルテル坊主のようにロープで吊り下げられて、プラプラ風に揺れていた──姉比売はピシャッと窓を閉めてから。

「クション」と、小さなくしゃみをして呟いた。

「また、新たなくたれ神が近づいてきておる………しかし、この『くたれ神』は、今までのくたれ神とは何かが違う?」


 姉比売が、くしゃみをしたのと同時刻──『神有月荘』の敷地内に、九郎の学校の制服を着た。一人の女子高校生が、タブレット画面に表示される地図を確認しながら立っていた。

 小柄な体に不釣り合いな肉欲的な巨乳の少女は、神有月荘を眺めて呟いた。

「ここで、間違いないよね………九郎さんが、いるのは。九郎さんのお父さんから教えてもらった部屋は………確か」

 ギリシャ人風の少女は、九郎の部屋に向かいドアの前で深呼吸をしてからドアをノックした。

 中から九郎の声が聞こえ、ドアを開けて九郎が顔を覗かせる。

「君は?」

 胸が大きい少女は、いきなり九郎に抱きついてきた。

「は、はじめまして九郎お兄ちゃん! 妹になったばかりの、くたれ神見習い【ヘルマプロディトス】です………面倒くさいので『ヘルマ』でいいです」

 見知らぬ少女に抱きつかれて動揺する九郎。

「えぇ!! 妹!?」


 数十分後──九郎の部屋でちゃぶ台を前に正座して、和菓子の羊羮〔ようかん〕をモグモグ食べている、ヘルマプロディトスの姿があった。

 九郎がヘルマプロディトスの目前に置かれた湯呑み茶碗に、煎茶を急須〔きゅうす〕で注ぎながら言った。

「そうか、親父はギリシャのパルテノン神殿遺跡を観光していたのか………そこで親父と出会って、この国の学校に編入手続きを」

「はい、帰国子女扱いにしてもらって。いろいろと手続きしてもらいました………身元保証人になってもらう時に、九郎さんをお兄ちゃんにして妹というコトにしてもらって──あっ、住むのは学校近くの寮ですから」

 姉比売がツンツンと、九郎の腕を指でつついて小声で質問する。

「どういうコトじゃ説明してくれ、お主の父親は何者じゃ?」

「親父はオレが通っている学校の学園長やっている、遺跡マニアで学園は代理の学園長に任せて年がら年中、世界の遺跡を観光しまくっている」

「そう言うコトか………お主、ヘルマなんとかとか言ったのう。くたれ神見習いとはどういう意味じゃ?」

 渋いお茶を一口すすった、ヘルマプロディトスはタメ息を漏らすと立ち上がって言った。

「実際に見てもらった方が、わかりやすいですね………九郎さん、これを見てください」

 そう言うと、ヘルマプロディトスはスカートを持ち上げた。

 スカートの中から、ブリーフを穿いた下腹部の股間の膨らみが現れる。

 唖然としている九郎と姉比売に【ヘルマプロディトス】ことヘルマくんが言った。

「ボクの体どこか変ですか」


 その時、部屋のドアが開いて外出していたスンさんこと【スンマヌス】が、提げたポリ袋を掲げて陽気な口調で言った。

「九郎くーん、角のタイ焼き屋で安売りをしていたタイ焼きを買ってきましたデース。一緒に食べ………へ、ヘルマプロディトス? なんで九郎くんの部屋に、くたれ神でもない有名神が!?」

 姉比売が、スンさんに訊ねる。

「有名なのか? このニューハーフ神は?」

「両親がメチャクチャ有名なメジャー神デース、本来は、ココにいるはずがないデース?」

 タメ息を漏らしながらヘルマくんが言った。

「説明します、ボクがこんな体になった経緯と………どうして、くたれ神見習いになったのかを」

 語ろうとしている、ヘルマプロディトスに九郎が言った。

「その前にスカート下げて、股間の膨らみを隠した方がいいぞ………変な誤解される」



──有名神の両親を持つ、美少年神ヘルマプロディトスは、その日も森の泉で沐浴をしていた。

 水浴びをするヘルマプロディトスを、茂みから覗いているニンフのサルマキスの目があった。

 口元のヨダレを手の甲で拭きながら、欲情したニンフが言った。

「ぐふふふっ、やっぱりいつ見ても美少年の体はいいわ………もう我慢できない」

 森のニンフは、泉のヘルマプロディトスに襲いかかった。

 女性ニンフに襲われて悲鳴を発する、美少年神。

「や、やぁ、やめてください!」

「じたばたするな! 男なら覚悟を決めろ、一発やらせろ!」

「いやあぁぁぁ!!」

 ピカッと光りが二人を包む。



 お茶で喉を潤してヘルマが言った。

「と………いうワケでボクとニンフの体が融合してしまって、こんな姿に。意識はボクの方が主導ですけれど、油断すると淫乱ニンフに体の主導権を奪われる時も」

「くたれ神見習いというのは?」

「ボクの神殿とか神像って無いんです………一部の変なマニアの人たちにはわ人気があるみたいなんですけれど、ボクを崇拝してくれる人がいないから………神格が低下して、くたれ神降格に」

 センベイをつまみ口に運びながら、姉比売が厳しい口調でヘルマに訊ねる。

「それで、お主の神格を高める方法はなんじゃ……儂の目を見て答えろ」

「九郎さんを成功者にして、ボクの神殿を造ってもらうコトです──神殿でボクの神像を崇拝する人が増えれば、ボクの神格は上昇します。そのために、ボクは九郎さんをサポートして、九郎さんを大金持ちの成功者にします!」

「ふむっ、九郎にとって悪い神格上昇方向ではないようだな………よかろう、お主の邪魔はせん。好きにサポートするがよい」

「ありがとうございます………あのぅ、九郎さん一つお願いがあるんですけれど」

 そう言ってヘルマは、制服のはち切れんばかりの胸を、グイッと突き出すと、顔を赤らめて言った。

「これからも、お兄ちゃんと呼んでもいいですか? それと、たまにこの部屋に遊びに来てもいいですか?」

「まぁ、別にいいけれど」

 ヘルマプロディトスは、嬉しそうな表情で九郎を見て。

 夜の雷光神・スンマヌスはコソコソと押し入れの中に隠れた。


 翌日──ヘルマプロディトスは、九郎の部屋に遊びに来た。

 部屋には九郎一人で、姉比売もスンマヌスもいない。

 ちょこんと座布団に正座座りをしている、ヘルマプロディトスに九郎が言った。

「オムレツ食べる? 得意なんだ」

「ぜひ、食べたいです。お兄ちゃんが作るオムレツ」

 台所に立った九郎は、玉子を冷蔵庫から取り出すと、黄身と白身を分離させる調理器具を探す。

「あれ? どこにおいたかな?」

 九郎が調理器具を探していると、背後から怪しい雰囲気を漂わせたヘルマプロディトスが抱きついてきて、九郎の背中に巨乳を押しつけてきた。


「ふふっ……いい男……我慢できない」

 欲情した目つきに変わったヘルマプロディトスは、舌なめずりをする。

 明らかに別人格の雰囲気──ヘルマプロディトスの肉体は、淫乱なニンフの意識に支配されていた。

 身の危険を感じて悲鳴を発する九郎。

「うわぁぁぁ!!」

「悲鳴も素敵……やろう、じたばたするな」

 騎乗されて床に押し倒される九郎。

「はぁはぁはぁ………久しぶりの男」

 ヘルマプロディトスの体を支配しているニンフが、九郎に向かって伸ばした手の動きがピタッと止まる。

 ヘルマプロディトスの意識に言った。

「ダメです! お兄ちゃんに手を出さないでください! お兄ちゃんには成功者になってもらわないと困るんですから、邪魔しないでください!」

「知ったこっちゃない」

 ニンフと、ヘルマプロディトスの体の主導権争いはじまる。

「こんないい男を目の前にして、放っておけるか………はぁはぁ」

「ダメって言っているでしょう!!!!」

 ヘルマプロディトスが、自分で自分の頬を殴りつけてニンフを九郎の上から吹っ飛ばす。

「げふっ」

 九郎から離れ床に女座りをして、赤くなった頬を手で押さえた涙目のヘルマプロディトスが言った。

「大丈夫ですか? お兄ちゃん」

「いや、おまえの方こそ大丈夫か?」


 九郎は、また厄介な、くたれ神が一人増えたと思った。


神6~おわり~

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