神5
空の裸神「あたし誰なんですか?」
その日──鳥越九郎は、久しぶりに河原の土手で一人の時間を満喫していた。
(こんなに、ゆっくりした気分になれるの久しぶりだな………いつもは、近くに姉比売がいるから)
青い空にぽっかりと浮かぶ白い雲を、土手に寝っ転がって眺める九郎。
歪世野姉比売は、年に一度の八百万の神々の集いに特別招待されたとか言って出掛けて行った。
「三日間、出雲の近くに行ってくる………どうやら、九郎といつも一緒にいたので神格が、ちょっぴり上昇して集まりに参加できる資格を得たらしい……本格的な集まりではないので、雑魚神同士の雑談で終わる程度だが……土産は島根の和菓子でいいか?」
そう言い残して、姉比売は普段は着ない、人間の旅行者スタイルで、旅行用のトロリーケースをコロコロと引きながら旅立っていった。
九郎は、伸び伸びと土手で体をほぐす。
「このまま、しばらく姉比売が帰ってこなければ……あれっ、今雲の中に黒い点が?」
九郎がじっと白い雲を見ていると、黒い点は徐々に大きくなって九郎の方に向かって落下してきた。
(空から女の子が!?)
九郎に向かって落ちてきたのは両目を閉じた、ツインテール髪の美少女だった。
腰と胸に白い布を巻いただけの格好の美少女は、そのまま九郎が受け止めるような形で落下してきた。
「うわぁ! なんだ、この空から落ちてきた子は?」
九郎に重なるように意識を失っている、正体不明の女の子。
チラッとめくれた、下半身の布の下から、形がいいヒップが見えた。
(この子、下着をつけてない!?)
とりあえず、このままにしておけなかった九郎は、空から落ちてきた女の子をおぶって『神有月荘』に運ぶコトにした。
(うわぁ、手の置き場所に困る……胸が背中に当たる、胸も布だけで下着つけてない?)
なんとかかんとか、神有月荘アパートまで、女の子を背負って運んでいくと、ハルメヒトが自分の部屋のドアを開けて九郎を見て訊ねた。
「その背中に背負っている女の子は?」
「いきなり空から落ちてきた……ごめん、この子を介抱しなきゃならないから」
そう言って九郎は、空から落ちてきた女の子を背負ったまま自分の部屋に入っていった。
ハルメヒトがドアを開けた部屋の中から、茶会で訪れていたロヴンが顔を覗かせた。
「九郎が部屋に女の子を? まぁ、姉比売が留守の間になんてコトを……女の子の顔は見た?」
「チラッとだけ見えた……あれ、中国天女のくたれ神【
ロヴンがカエルがつぶれたような声を漏らす。
「げっ!? 孛星女身って、あの露出魔の……どうするの、九郎を雲の上に連れて行かれたら。地上のあたしたちは手も足も出せなくなるじゃない」
「確かにそれはそうなんだけれど……なんで、孛星女身は意識を失って、九郎さんに背負われていたのか?」
腕組みをして考えるハルメヒト。
ロヴンが第四の壁を越えて読者に小声で話しかけてきた。
「これから先の展開は、みなさんが期待しているような、エロコメディ的なイベントは九郎の部屋では発生しないから……それから、ご都合主義で九郎の押し入れに住んでいるスンヌマスは、姉比売に引きずられて、山陰に連れて行かれたから……それでは、あたしたちの物語を引き続きお楽しみください」
ハルメヒトは、ブツブツと壁に向かって呟いている、ロヴンを不思議そうな顔で見た。
九郎にとっては謎の少女、孛星女身を敷き布団の上に寝かした九郎は、額の汗を手の甲で拭う。
「ふうっ、なんとか布団に寝かせられた」
下半身に巻かれた布の隙間から、見えてはいけない箇所が見えてしまいそうな危うさ。
胸に巻かれた布から覗く下乳の曲線、九郎はできる限り少女から目をそむける。
「えーと、確かに冷蔵庫の中に飲み物があったな」
九郎が冷蔵庫から、ペットボトルの飲み物とプラスチックのコップを持ってもどってくると、意識を取りもどした孛星女身が、上体を起こして九郎の方を見ていた。
孛星女身を気づかう九郎。
「気がついた? 気分はどう?」
九郎を見つめる、孛星女身の口から出た言葉は意外な言葉だった。
「あたし………誰なんですか? ここはどこですか?」
「もしかして君、記憶喪失?」
その時、ドアがノックされ白い布袋を頭からスッポリと被った、ジェド神コスプレ姿のハルメヒトが開いたドアから顔を覗かせ、何やらポリ袋を九郎の方に差し出して言った。
「この中に水着が入っています、その子に着せてあげてください………たぶん、簡単に脱がないように言い聞かせてください。ココに置いておきます………その子の名前は孛星女身〔はいせいにょしん〕です呼びにくかったら【ハイちゃん】でもいいです」
そう言うと、ハルメヒトは水着が入ったポリ袋を、九郎の部屋に置いて去っていった。
九郎は、ハイちゃんに水着が入ったポリ袋を渡して言った。
「とりあえず、これ着ようか………布が外れて、スッポンポンじゃ外も歩けないから」
九郎が背を向け。うなづいた、孛星女身はビキニの水着を着衣した。
水着姿になった、孛星女身こと、ハイちゃんに九郎が質問する。
「本当に記憶が無いの? 何か覚えているコトは?」
「雲の上にいたような記憶が………いきなり、男性の怒声が聞こえ、何か鉄球のような固いモノが頭に当たって意識失って、空から落ちてきたような気も」
「空を見たら思い出すかもしれないね………外に出てみる?」
水着姿の孛星女身は静かにうなづく。
アパート近くの児童公園に二人はやって来た。
親子連れが訪れて子供が遊ぶ公園。
孛星女身は、青い空を見上げる。
九郎が孛星女身に訊ねる。
「どう、何か思い出した?」
首を横に振る、孛星女身。その時、公園で走り回って遊んでいた子供が転倒して泣き出す。
それを見た孛星女身は、ワナワナと体を小刻みに震わせて呟いた。
「あたしのせいです………この世の災いは全部あたしのせいです………足の小指を角にぶつけるのも、テイッシュペーパーを衣服のポケットに入れて洗濯しちゃうのも、エルニーニョ現象もラニャーニャ現象も、全部ひっくるめて、あたしのせいです………責任とって、あたし脱ぎます」
腰を少し屈めた孛星女身は、腰の水着の縁に指を引っかけて腰骨の下あたりまで、いきなり水着を下げる。
慌てて野外で露出しようとする、くたれ天女を止める九郎。
「ち、ちょっと何やっているの」
ビキニを腰骨の少し下まで下げた孛星女身は、露出を止めようとした九郎の体を抱き締める。
ハイちゃんの足先が、地面から離れて宙に浮かぶ、驚く九郎。
「うわぁ!?」
地面から一メートルを越えて浮かぶ孛星女身に抱きつかれた九郎の足も地面から離れる、必然的に九郎はギュッとハイちゃんの体にしがみついた。
空を見上げて、恍惚とした表情に変わった孛星女身が言った。
「全部思い出しました………あたしは、鳥越九郎を雲上の世界に連れていくために、地上に降りてきました………その途中に頭部を強打されて記憶が」
孛星女身は、さらに上昇しながら話し続ける。
「雲上世界で鳥越九郎と一緒に、スッポンポンの裸身生活を送れば、あたしの神格は上昇を………さあ、雲海の裸生活に参りましょう………あたしの水着を脱がしてください。そうすれば、もっと高く上昇するコトが」
その時──児童公園に姉比売の声が響き渡った。
「お主! 九郎をどこに連れて行くつもりじゃ!」
姉比売が孛星女身に向かって投げつけた、トロリーケースが孛星女身を吹っ飛ばす。
「ぐふっ、ひぇぇぇぇ」
九郎を離して、横回転をしながら、くたれ神・孛星女身は青空に消えた。
地面に落ちた九郎に向かって、片手を差し出す姉比売。
「大丈夫か、九郎。胸騒ぎがして、早々に帰ってきて正解じゃった」
姉比売の手には、さんざん連れ回されて。
触手が生えたスライム状態で、ぐったりしているスンヌマスがつかまれている。
姉比売は、スンヌマスに持たせて運んできた菓子箱の中から、目玉型の和菓子を一個取り出すと九郎に手渡して言った。
「土産の高級和菓子じゃ、美味いぞ」
九郎は姉比売から手渡された、目玉オ○ジのような和菓子をしげしげと眺めた。
神・5~おわり~
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