神4
北の愛神「これは、読者とあたしの秘密ですよ」
九郎の通学路には一軒の花屋がある。
少し前まで老夫婦が店に出ていた花屋に、今は若い北欧の外人娘が店に出て花屋を営業している。
今朝も、通学路を歩いて学校に向かう生徒たちに北欧の金髪娘『ロヴン』は、にこやかに挨拶をする。
「おはようございます、愛し合っていますか? ラブですか?」とか。
「授業中に教室で恋人同士でも、イチャイチャしちゃダメですよ」とか。
ちょっと変わった挨拶の言葉に、生徒たちは軽く会釈を返すだけだった。
九郎と、九郎の後ろから保護者代理の名目で、一緒に学校に行っている。
姉比売にもロヴンは挨拶する。
「おはようございます、授業中に教室で………」
さすがに、毎日言われてイラッとしていた姉比売が、ロヴンに食ってかかる。
「うるさいわい! 毎朝、毎朝、変な挨拶される身にもなってみろ! 北の異国くたれ神が!」
ロヴンは、九郎と姉比売に最初に会った時から「自分は北欧の愛のくたれ神です」と、堂々と通常会話で伝えていた。
にこやかな笑顔で、手を振りながら学校へ向かう九郎と姉比売を見送ったロヴンは、二人の姿が坂の上に見えなくなった途端、いきなり毒づいた。
「けっ! オバン女神が偉そうに! あーっ、ジャパニーズの接客スマイルは顔がひきつる」
深呼吸をして、穏やかな笑顔にもどったロヴンが読者の方を向いて、話しかけてきた。
「あ、こんにちは。いきなり小説のキャラから話しかけられて、驚きました? そうですよね、読者と小説キャラの間には目に見えない『第四の壁』があるんですものね」
ロヴンは、見えない壁をコンコンと叩く仕種をする。
「あたしだけが、読者と第四の壁を越えて繋がるコトができる、くたれ神なんです………えっ!? あたしの神格を上げる方法ですか? それは………」
その時、近くから姉比売の声が聞こえてきた。
「お主、何もない空間に何を話しかけているのじゃ………たまに、壁とかに向かって独り言をもらしておるのぅ………大丈夫か? お主」
「えっ! いつからそこに?」
「なんとなく、気になってもどってきた……お主の真の目的はなんじゃ?」
「いやだなぁ、目的だなんて………ただのアニメ聖地観光ですよ『ワレは何しに、この国に来やがった』ですよ。
今はこの国が気に入って花屋の二階に間借りして住んでいます」
「そんなコトは聞いておらん………お主も、九郎を使って神格を上げるつもりじゃろう」
「さあ、なんのコトやら………ワタシ日本語ワカリマセーン」
「ふん、まあいい………九郎に手出しをしたら承知せんからな、九郎は祠の人柱になってもらうのだからな」
そう言い残して姉比売は去って行った。
姉比売がいなくなると、ロヴンは「ケッ! オバン神が」と毒づいた 。
その夜──ロヴンは、花屋の二階の自分の部屋で、ロウソク炎が揺らめく薄暗い中。
茶色の魔導士のような格好で不気味な薄笑いを浮かべながら、何やら砥石で研いでいた。
「うふふ………うふふっ」
ロヴンが研いでいるのは、楊枝〔ようじ〕くらい長さの矢だった。
金・銀・銅の矢尻を研いで尖らせていた。
ロヴンは次に、研磨して出た矢尻の粉を集め、調合したモノを湯煎して溶かしたチョコレートに入れると、怪しげにかき混ぜはじめた。
「うふふ………しっかりと混ぜ合わせないと、うふふっ九郎に食べさせる愛のチョコレートだから………うふふっ」
ハート型に溶かしたチョコレートを流し込んで、冷蔵庫で冷やして完成した怪しい粒々が混じったチョコレートを眺めていたロヴンは、読者の視線に気づいて『第四の壁』を越えて、こちらに話しかけてきた。
「あっ、見られちゃいました………えっ、いったい何をしているのかって? そうですね、読者には伝えておいてもいいですね」
ロヴンは、金・銀・銅のミニ矢と弓を取り出して読者に見せて説明する。
「これ、神さま専用の通販で買ったんですよ。金が愛欲の矢、銅が嫌悪の矢、銀が………うふふっ、この三本の矢の効力を上手に配合すると………うふふっ、ここから先はお楽しみ」
ロヴンは、薄笑いを浮かべながら、第四の壁から目をそらした。
翌日──ロヴンは、通学してくる九郎を学校の校門近くで待ち伏せして、お手製の怪しげな金属粉混入のハートチョコレートを登校してきた九郎に差し出した。
「はい、九郎くん♪ おいしいチョコレート、一人で食べて♪」
ウサギ耳のカチューシャをつけて、メイド服姿のロヴン──どうやら、ロヴンは型から入るタイプらしい。
あきらかに怪しげなチョコレートを、横から姉比売が奪い取る。
「なんか怪しげな匂いがプンプンするのぅ………この、金色や銀色の粒々はなんじゃ?」
愛想笑いをするロヴン。
「ぜんぜん、怪しくなんかないですよ。日頃の感謝の気持ちです………粒々は金箔や銀箔です」
「いいや、怪しい。これ、そこのカップル。この菓子をやるから食べてみろ」
姉比売が登校してきた学生カップルに、渡そうとしたチョコレートをロヴンは慌てて奪って怒鳴る。
「知らないオバンから、モノをもらっちゃいけねぇって教えられなかったか! 九郎が食べねぇと意味ねぇんだよ!」
奪ったチョコレートを遠くに放り投げたロヴンは、額の汗を手の甲で拭って呟く。
「ふぅ………危ねぇ、危ねぇ」
ロヴンの一連の行動を訝る目で見ていた姉比売が、少し凄みながら言った。
「食い物を粗末にしたな………やはり、怪しい食い物だったか………お主、今オバンと言わなかったか」
誤魔化すように、一人フォークダンスをしながら逃げ出すロヴン。
「ランランラン♪ ピョンピョン♪」
踊りながら逃げていくロヴンを姉比売と九郎は、ポカンと眺めた。
次の日──サバイバルゲームの迷彩服に身を包んだロヴンは、通学路の物陰に潜み九郎が来るのを待っていた。
町中でカモフラージュネットを被って、九郎を待ち伏せしているロヴンの姿は、はっきり言って目立っていた。
ロヴンは、削りすぎて細くなった三本の矢尻を溶かして、一本の矢にしたモノを小さなクロスボウにセットしていた。
(最初からこうすればよかった、ストレートに愛の矢を九郎の体に打ち込めば。うふふふっ)
やがて、九郎が歩いてきた、近くに姉比売の姿はない。
ミニチュアのクロスボウで、九郎に照準を合わせるロヴン。
その時、背後から姉比売の声が聞こえてきた。
「お主………何をやっておるのじゃ?」
「うわあぁ!?」
驚いた拍子に頭上に向かって矢を放つロヴン。
放たれた矢は、引力の法則で落下してきて見上げていたロヴンの額に、プスッと刺さる。
「しまった! フェティシズムの矢が自分に!」
矢を抜こうと下を向いたロヴンの目に、自分が履いているスニーカーが飛び込んできた。
両目がハート型に変わったロヴンは、脱いだ自分のスニーカーに頬をスリスリしたり、靴の臭いを嗅いだりする。
「あぁ………この形、この臭いが好き………スーハー、スーハー………スニーカー大好き」
ロヴンの九郎を使った神格を高める方法は………『九郎が物体愛に目覚めて、九郎をのめり込ませる』コトだった。
車でも、下着でも、フィギュアでも、九郎が愛情を注ぐ対象はなんでもよかった。
九郎がモノに異常な愛情を注げば、注ぐほどロヴンの神格は高まる。
自分のスニーカーを恋愛対象にして、靴の臭いを嗅ぎ続けるロヴンを見て、顔をしかめた姉比売は一言。
「変態の、くたれ神じゃったか」と、呟いた。
神4~おわり~
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