黒い自殺神②ラスト〔くたれ神エンパイアXO・完結〕
九郎はイシュタムに連れてこられた『オムライス専門店』の、絶品オムライスを食べながら感涙していた。
「美味しい………こんな、美味しいオムライス、食べたの生まれてはじめてです」
九郎と並んだ席で、スプーンですくったオムライスを口に運びながら、南米のくたれ神が言った。
「あたしも、この店のオムライスを食べてから。ドハマりしちゃってね時々食べに来るの………この、お店のオムライスは元気をくれる」
そして、少し神妙な面持ちでイシュタムは九郎に言った。
「あたしのいた国は、生け贄の風習文化の国でね、生死感にも独特のモノが根づいていてね」
そう言ってイシュタムは、愛らしい首吊り人形をポケットから取り出すと、プラプラと振って見せた。
「昔は貧困、病気、それらの苦しみから逃れる唯一の方法は、黒い木の下で首を吊って楽園に行くコトだと信じられていた………死者を楽園に導く女神イシュタム、それがあたし」
人形をポケットにしまったイシュタムは、明るい笑顔にもどって九郎に言った。
「こんな、それなりに衣食住が満たされている国で。ちょっとだけ見方や考え方を変えたり、頑張れば、それなりに生きていける国で命を粗末にしたら………お姉さん、怒っちゃうぞ、プンプン」
明るい表情で、スプーンを持ったイシュタムが言った。
「死にたくなったら、このお店のオムライスを食べにおいでよ………それで、一日だけ生きて、一日が一週間になって、一週間が一ヶ月になって……半年過ぎれば、死にたがっていた日が遥か過去の日になるよ」
九郎の目に輝きがもどる。
「そうですね………オレはいったい何を」
その時──九郎の背中側に張りついている黒い影が勢いを増して、九郎の目から輝きが消える。
沈んだ表情で呟く九郎。
「やっぱりダメだ……死ななきゃダメだ」
イシュタムが、少し呆れた表情でイスから立ち上がりながら言った。
「まったく、いい加減にしてよね………そんなに暗いと女の子に嫌われちゃう………ぞっと!」
イシュタムの拳が九郎の、顔の横をかすめ黒い影に隠れていたモノを、吹っ飛ばす。
「ふぎいぃぃ!?」
九郎から離れて床に転がった、長髪のバケモノが悲鳴を発した。
イシュタムが言った。
「大概は、この店に連れて来る前に離れて退散するのに、こんなしつこいヤツは初めて………人に首を吊らせて死に導く妖怪『縊鬼〔いつき〕』別名・くびれ鬼………目障りだから、消えてよね」
イシュタムの手から、神力の光りが縊鬼に浴びせられる。
イシュタムの神力を浴びても、縊鬼は怯むコトことなく再び九郎にとり憑く。
「しつこい! もしかして、くたれ神と常に接している九郎くんの存在は、縊鬼にとっては最適の環境?」
縊鬼の力が増大する、死を望む者たちの冷たい観念が次々と縊鬼に集まってきた。
縊鬼の力が強まるにつれて九郎の口から「死にたい、死にたい」という。ネガティブワードが連呼される。
イシュタムの顔に困惑が浮かびはじめた。
「これは、あたし一人の力で追い払ったり、浄化させるレベルを越えている……どうする、女神イシュタム」
店の外の窓ガラスから、苦戦しているイシュタムの姿を見ていた。ロヴンが、振り返ると第四の壁を越えて読者に語りかけてきた。
「大変なコトになっちゃいましたね……これは反則技だけれど。
あたしたち〝くたれ神〟に読者のパワーを少し分けてください。
くたれ神を声援して、この場に呼び寄せて………みんなの声で、あたしを含めて。くたれ神が集結するから、恥ずかしがらないで大きな声で応援を………もっと大きな声で!
くたれ神を呼んで!
よし、みんなの声が〝くたれ神〟にパワーになって届いた! 来るよ、あたしを含めた、くたれ神が………みんな、ありがとう」
イシュタムが、この先をどうするか考えていると、白い布袋を頭からすっぽりと被りメジェド神のコスプレをした。
砂漠の魚神【ハルメヒト】が店内に現れて言った。
「九郎さんは内臓を抜いて、あたしがミイラにするんです……変な死に方をされたら困ります」
次に現れたのは、夜の雷光神【スンヌマス】
「九郎くんは、わたしと夜を楽しむのデース!」
北の愛神【ロヴン】
「ふふふ………九郎さんにはフェチな恋に走ってもらわないと、ふふふっ」
空の裸神【孛星女身】
「ダーリン、雲の上でスッポンポン生活しよう♪」
泉の融合神【ヘルマプロディトス】
「ダメですよぅ、お兄ちゃんにはボクの神殿を造ってもらうんだから」
大地の美食神【プリティヴィー】
「まだ、九郎くんを味わっていない………グリルにして食べる? 焼き菓子にして食べる? 悩むわぁ」
最後にドアを開けて、光りを背に【歪世野姉比売】が現れて言った。
「九郎は、祠の人柱になるのじゃ………自害などさせてたまるか!」
黒き自殺神【イシュタム】
「なんだかわからないけれど、八人の〝くたれ神〟が集結しちゃった? みんな、力を貸してくれるの?」
代表して姉比売が言った。
「そのために来た。どこからか、声が聞こえた『心をひとつにして、九郎を助けてくれと』」
横一列に立ち並ぶ、くたれ神たちが片手を、縊鬼に憑かれて操り人形のように、ぎこちない動きをしている九郎に向けて──神力を放つ。
苦しがる九郎。
「ぎゃあぁぁぁ!」
ハルメヒト。
「効いている、効いている」
ヘルマプロディトス。
「でも、苦しんでいるの、お兄ちゃんだけですよ?」
イシュタム。
「このままでは、ダメージを受けているのは鳥越九郎くんだけ!」
縊鬼&九郎。
「効かんなぁ、バラバラの力では。儂には効かんなぁ………ぎゃあぁぁ」
スンヌマス。
「縊鬼は九郎くんの体を盾に、自分の身を守っていマース。神力を集める依り神が必要デース………でも、力を集めた依り神は」
一歩、前に進み出る姉比売。
「迷っている時間はない、儂の神体に力を集めるのじゃ、儂の体なら耐えられる………たぶん、早くやるのじゃ!」
くたった神力が姉比売に集中する、種類の異なる神力を受けた姉比売の体が黄金色に輝く。
集結した力を放ちながら、姉比売が叫ぶ。
「九郎から離れて消えるのじゃ! 下郎なバケモノ!」
縊鬼の断末魔。
「ぐぎゃあぁぁ!! 諦めんぞ! 鳥越九郎ほど、とり憑きやすい人間はいない! すでに妖怪や魔物や悪魔専門のソーシャル・ネットワーキング・サービスを使って世界中に、鳥越九郎の存在発信をしてある………離れて消える前に、鳥越九郎の姿をインスタグラムに投稿を………おぉ! 『いいね』の数が過去最高にやったぁぁ!」
「うるさい! さっさと消えろ!」
縊鬼が消滅すると、姉比売はガクッと両ヒザを床について呟いた。
「儂の神力も、ほとんど残っておらんわ………バケモノを退散させるのに使い果たした」
姉比売の体が透けて見える。
「儂も消えるのか………まぁ、長いこと神をやってきたから。それもいいじゃろう………人から忘れ去られた神はいずれ消滅して………」
姉比売を抱き締めて、いきなり唇を重ねる九郎
──姉比売の顔に驚きの表情が浮かぶ。
「うぷっ………な、なにをしておるのじゃ九郎!? バケモノを祓うために、お主の体に注いだ神力の残りを接吻で、儂に注ぎ返して………んっ、九郎」
九郎と目を閉じた姉比売は抱き合って、キスを続けた。
数日後──九郎の部屋から洋装で髪をとかした姿で、小さいショルダーバッグを肩に担いで玄関から出てきた、姉比売の姿があった。
姉比売に続いて九郎も、玄関から通路に出てきた。
姉比売が言った。
「それではバイトに行ってくるぞ、九郎」
「行ってらっしゃい」
姉比売と九郎は軽くキスをする。
「まったく、儂がアルバイトをするコトになるとは………想像もしていなかった、もっともロヴンやスンヌマスのように働いている神もいるから、これも良い経験かも知れんな」
神力を、ほとんど出しきった歪世野姉比売は、神から人間になった。
九郎が姉比売に訊ねる。
「神力はどう? 姉比売」
「すこしづつだが、もどってきておる………くたれ神から、上位神になるには神格を高めねばならんが」
「その時は、祠の人柱になってやってもいいぞ」
「期待せずに、九郎が人柱になる日を待っておるわい………おっと、もうこんな時間じゃ遅刻したら店長に怒られる」
そう言ってバイト先に向かう姉比売を、近くの大樹の枝に座ったくたれ神たちは眺めていた。
メヒトが言った。
「すっかり、姉比売………人間になっちゃいましたね」
太い枝に立った、イシュタムが答える。
「それも、いいんじゃない………だけど、なんであの時。呼び掛けてもいないのに、くたれ神がオムライス屋に大集合したのか? 今だに謎ね」
横を向いて、第四の壁を越えてロヴンが読者に小声で囁く。
「みんなの声援があったコトは、あたしと読者の秘密ですからね………えっ? 歪世野姉比売の正体はなんだったのかって? 大きな声では言えませんけれど………それはですねぇ」
くたれ神たちは、何もない空間に向かって話しかけているロヴンを、不思議そうに眺めた。
その頃──大学の研究室で、保存されていた姉比売祠の破片をデジタル解析で分析していた、考古室の教授は驚きの声を発した。
「かなり古い文字で、読み取るコトは困難だったが………最新技術で書かれていた文字が読み取れた………なになに『別天神五柱〔ことあまつかみいつはしら〕天之常立神〔アメノトコタチノカミ〕』なんだと!?」
驚いた拍子に床に尻餅をつい教授を、起き上がらせる助手。
「どうしたんですか、教授? 天之常立神っていったい?」
「知らないのか、日本神話の最初にチラッとだけ登場をして、すぐに姿を消した謎の神だ………まさか、最古の神を祀る祠があったとは。これは世紀の大発見だぞ!」
考古学科の大学教授は、モニター画面に映し出される【天之常立神】の文字を眺め続けた。
くたれ神エンパイアXO~完~
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