神3

夜の雷光神①「九郎クーン、もっと夜を楽しみましょうデース」


 江戸時代の農村の小道──月明かりの中、少し怒りの表情で腕組みをして立った、歪世野姉比売は蹴飛ばされて壊れた祠を見下ろしていた。

 祠の近くには、着物姿で腰を抜かした。

 六郎が酔いの覚めた青ざめた顔で、座り込んでいた。

 姉比売が、震えている六郎を睨みながら言った。

「六郎とか言ったな………お主、どう始末をつけるつもりじゃ………隣村の婚礼に呼ばれて、酔った帰り道に神が住む祠を蹴飛ばして壊して、済まされると思ったか!!」

 チョンマゲ頭の六郎は、地面に頭を擦りつけて姉比売に詫びる。

「許してくだせぇ………まさか、こんな草の中に汚い祠があったなんて知らなかっただ。

オラ、隣村の婚礼でめんこい嫁さん見てから、浮かれていただ」

「汚い祠だと………ほうっ、忘れ去られて神格が落ちて、くたれ神に落ちぶれた。神の祠が汚い祠だと………ほうっ」

 月光の中、姉比売の神体から陽炎のような揺らぎが沸き上がる。


 姉比売が言った。

「故意に蹴って壊したのではなさそうなので、許してやらんでもない、儂も邪神ではないのでな………方法は二つある」

 姉比売は、指をVサインのように二本出して言った。

「一つは、新しい祠を作って奉納するコトじゃ………この場合は、お主『祠の人柱』になれ」

「もう一つの方法は?」

「お主にはムリじゃ………儂と夫婦になるコトじゃ、この場合。お主が神に近い存在にならねばならぬ………二つ目の方法は忘れろ」


 姉比売は、六郎が神格化する方法で夫婦になると言ったが………実は、もうひとつだけ。人間と神が夫婦になる方法がある。

 それは、神が神格を捨てて人間になるコトだった。その方法は口に出さない、姉比売に六郎が言った。

「じゃあ、オラ………新しい祠を作って奉納するだ、祠の人柱になる! 今は銭はねえけれど、働いて立派な祠を作る! 祠ができるまで、この中に入っていてけろ」

 そう言って六郎は、寄せ木細工の〝からくり箱〟を着物の懐中から取り出して姉比売に見せた。

「婚礼の時に、土産でもらったモノだぁ………ちょっくら、神さまには狭くて悪いけんども、この中で休んでいてけろ」

「神に狭さは関係ない………祠ができるまで、その木箱の中で休むとしょう」


 さらに六郎は、真剣な眼差しで姉比売に言った。

「オラ、祠の人柱になる前に、おめえ様を嫁に迎えて夫婦になりてぇ」

 六郎の言葉に一瞬沈黙する姉比売、やがてポツリと六郎に言った。

「お主、儂の話しを聞いていなかったのか? 人柱になって、さらに儂と夫婦になるだと………神の修行でもする気か」

「オラぁ、おめさまを一目見て惚れてしもうた………嫁にしてぇ、修行でもなんでもする」

 月明かりの中、真剣な眼差しの六郎を眺める姉比売が少し微笑む。

「六郎とか言ったな………お主のような変わった人間を見たのは初めてじゃ、よかろう………祠の人柱になったら儂が嫁になって、お主が人から敬われ神格するまで連れ添ってやる」

 くたれ髪を揺らす夜風の中、姉比売はなぜか嬉しそうに微笑み続けた。


 現代『神有月荘』九郎の部屋──横になって寝入っていた姉比売は、目覚めると月明かりの中で上体を起こして呟いた。

「また、あの夢か」

 姉比売は、部屋で寝ている九郎の寝顔を見てまた呟いた。

「本当によく似ておる、間違いなく六郎の子孫じゃな」

 膝を抱え座った姉比売は思った。

(六郎のヤツ……できもせぬ約束などしおって、祠も作らず儂のコトなど忘れて、人間のおなごと夫婦になりおって………所詮、寿命がある人間の口約束を、少しでも信じた儂がバカじゃった)

 月が雲に隠れて、夜の雷鳴が鳴り響いた。

 姉比売は、抱えた膝頭に伏せていた顔を上げて、雷鳴が聞こえた夜空を見て思った。

(この気配は………新たな、くたれ神か?)

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