神2

砂漠の魚神「黄金マスクのミイラは素敵ですよ」


 九郎の部屋に転がり込んだ、歪世野姉比売は近所のゴミステーションに燃えるゴミを入れた、ゴミ袋を運び終わると。

 肢体をほぐすように大きくて伸びをして言った。

「九郎の世話になるのだから、少しは何か九郎の役に立つコトをせねばのぅ……昨日は、馳走になったカップ麺とやらが美味すぎて。すぐに寝てしまったから牛神女になってしまったわい……不覚じゃった」

 姉比売は、牛の尻尾が引っ込んだ鼻骨を擦り。

 牛の角が生えていた頭の辺りを触った。

 寄せ木細工のからくり箱から出て、空腹だった姉比売は九郎の部屋でカップ麺を食べて、そのまま次の日の朝まで眠りこけた。

「九郎のヤツには、まだ儂と六郎の因縁を話しておらんな。なぜ儂が『からくり箱』の中で眠っていたのかを……まぁ、ゴミ出しで帰ってから話してもいいかのぅ……しかし、ゴミを決められた日に集めて燃やすとは、時代は変わったものじゃ」

 姉比売が、そんな独り言を呟いていると。

 姉比売の隣に、頭から白い布の袋をスッボリとモモの辺りまで被った人物が運んできたゴミ袋を無言で置いた。

 スニーカーを履いた生足が白い袋の下から出ていて、制服を着た両腕も袋の両側の穴から出ている。目のところを切り抜いた布袋を被った不審な人物は、チラッと姉比売の方を見た。


 姉比売は、脱兎して九郎のいるアパートの部屋に駆け込むと、慌てた口調で言った。

「九郎、くたれ神じゃ!! くたれ神がいた!!」

 九郎は無言で姉比売を指差す。

「儂ではない! ゴミを出す場所に白い袋を頭から被った変なヤツがいたのじゃ! あの神気、間違いない、くたれ神じゃ!」

 姉比売が慌てていると、ドアをノックする音が聞こえ。

 姉比売を押し退けて九郎はドアを開けた。

 ドアの外にゴミステーションにいた、白い布袋を頭から被った不審者が立っていた。

 不審者を指差す姉比売。

「そいつじゃ! そいつが、くたれ神じゃ!」

 白い布袋のくたれ神は、持ってきた空き缶を九郎の目線位置に持ち上げて少女の声で言った。

「今日は、燃えるゴミの日……空き缶は別の曜日に、それからアパートではあまり大声を出さないコト。近所迷惑だから」


 十数分後──九郎が円卓の向こう側に座った人物に、お茶を注いだ湯呑みを差し出しながら言った。

「そうだったんだ、同じアパートの神有月荘の部屋に、くたれ神が住んでいたんだ……しかも、オレと同じ学校に通う生徒だったなんて」

 出され湯呑みのお茶をすする、女子高校生の傍らには被っていた布袋が折りたたんだ状態で置いてあった。

 正座をして、魚の形をした髪留めをした女子高校生が言った。

「はい、アパートの端の部屋でしたので、こうして直接喋るのは初めてでしたね……あたしの名前は【ハルメヒト神】エジプトのくたれ神です……メヒトって呼んでください、九郎さん」

「メヒトさんか、こちらこそよろしく」

「さん付けは、いらないです……メヒトだけでいいです」 

 九郎の隣で胡座をかいている、姉比売がメヒトに不機嫌そうな顔で質問する。

「お主、なぜ白い布を頭から被ってうろついていたのじゃ?」

「最近、エジプト神の中でブレイクしている『メジェド神』の人気にあやかろうと思って……ハルメヒト神とメジェド神、なんとなく発音が似ているでしょう」

「ふんっ、他神の人気にあやかろうとは……浅ましいのう」

 メヒトが軽くヒューと口笛のような吐息を出した。姉比売もヒューと口笛のような息を出す。

 九郎には聞こえていなかったが、この時、二人の間には人間には認識できない超高速の神会話が交わされていた。


 目つきが悪い人相でメヒトが、姉比売に神会話する。

「後から出てきたくせに、でかい顔するんじゃねぇよ。この新参者が……エジプト神の長い歴史を知らねぇか」

「知らんな、お主なにが目的で九郎に近づいた」

「決まっているだろう、神格の上昇だよ……九郎には、くたれ神の神格を上昇させる特性があるんだよ……他にも、くたれ神たちはそれぞれ、九郎を狙って動きだしているけれどな……あたしの邪魔するんじゃねぇぞ、ひよっ子神が」

「させぬ、九郎には六郎と交わした約束がある……お主の、九郎で神格を高める方法はなんじゃ」

「けっ、誰が初めて合った、くたれ神に手の内ひょいひょい言うかよ」


 思わず立ち上がった姉比売が、神会話から離れ、茶をすするメヒトに向かって怒鳴る。

「調子に乗るでないぞ! 異国神!」

 女子高校生の落ち着いた顔でメヒトが言った。

「急にどうしたんですか? アパートでは大声を出さないでください、それから寝癖の髪はブラシでとかした方がいいですよ……あっ、これ九郎さんに、お近づきのしるしです」

 そう言って、メヒトはポケットからカエルに包帯を巻いてミイラにしたキーホルダーを取り出して九郎に見せる。

 ミイラにしたカエルのキーホルダーをプラプラさせながら、メヒトが言った。


「かわいいでしょう、自作のミイラですけれど。結構上手くできました……あたし、ミイラ作りが趣味なんです……うふふふっ」

 九郎は、揺れる自作のカエルミイラを恍惚とした表情で眺めているメヒトに、ゾッとするモノを感じた。


 翌日、九郎は学校でメヒトが部長をやっている部室に招待された。

 プレハブ部室のドアを開けると、ぷ~んと薬品の臭いが漂ってきて。

 白衣コートをまとったメヒトが出迎えた。

「いらっしゃい、我が夢の部室にようこそ」


 部室の中には、水槽に水棲生物やハ虫類が飼育されているケース棚の奥の棚には包帯を巻いた、魚や動物のミイラが陳列されていた。

 九郎がメヒトに質問する。

「生物部?」

「表向きは……でも本当は、古代エジプトのミイラを研究する『ミイラ研究部』です……うふふふっ」

 九郎の背後で部室のドアの鍵が、メヒトの手でガチャと閉められる音が聞こえた。

 瞬間、九郎は嫌な予感がする。

 いきなりメヒトが、制服の上から九郎の腹部を触ってきた。

「うふふふ……思った通り、健康そうな内臓……抜きがいがありそう……人間のミイラ作りなんて、久しぶりだから興奮しちゃう……古代エジプトでは、よく作っていたけれど」

「ひっ!」


 慌てて逃げ出そうとする九郎に向かってメヒトから飛んだ、包帯が九郎の手足に巻きつき九郎の体を床に倒す。

 メヒトが、尋常じゃないイッちゃったグルグル目つきで九郎に迫る。

「うふふふ……すぐに終わりますからねぇ。腐りやすい内臓を抜いた体に、薬品処理をして包帯を巻くだけですから」

 そう言って、メヒトはピカピカな金属光沢を放つ、特注品のミイラ作りの道具を手にした。


「ピッカピッカの道具でしょう……毎日、磨いて手入れしているんですよ──この国の気候だと、十体作って三体は成功していますから……天気予報ではしばらく晴天が続くそうですから、包帯を巻いて風通しがいい場所で九郎さんを陰干しすれば……そろそろ数体目で成功すると思いますから、大丈夫、大丈夫……はぁはぁ、興奮してきた」

「七体は失敗しているじゃないか! もしかして、オレのミイラを作るコトがメヒトの神格上昇させる方法か?」

「ご名答、最高級の黄金に輝く九郎さんのミイラを作って飾れば……あたしの神格は上昇します。九郎さん、覚悟を決めてください……あなたには、ミイラとしての来世が待っています」

「ひいぃぃぃぃ!!!」

 鳥越九郎、絶体絶命。


 九郎が悲鳴を発した時、部室の窓ガラスを突き破って。飛び込んできた歪世野姉比売がメヒトに向かって怒鳴りながら、強烈な太モモラリアートをメヒトに浴びせた。

「このぅ!! 異国のくたれ神がぁぁ!?」

「げべっ! きゅうぅ」

 壁にぶっ飛んで気絶するメヒト。

 姉比売は、九郎の手足を拘束していた包帯を神力で千切ると、ミイラが並ぶ恐怖の部室から九郎を救出した。


 アパートまでの帰路を九郎の前を歩きながら、姉比売は九郎に言った。

「少しは注意するのじゃ、九郎の周辺には、あの手この手で神格を高めようとする。くたれ神たちが集まりはじめておる……まだ、儂と六郎の約束も済んではおらんのに、その六郎は墓の中か」

 立ち止まった姉比売が、振り返って九郎に言った。

「お主、祠の人柱になってみんか……儂のために」

「えっ!? 人柱?」

 九郎は姉比売の言った、言葉の意味がわからずにキョトンとした。


神2~おわり~

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