くたれ神エンパイア XO 〔完結〕

楠本恵士

神1

『はじめての……くたれ神』歪世野姉比売〔ひずみよのあねひめ〕

「けほっ、なんだこの棚に積もったホコリの量は……うわぁ、顔にクモの巣が!? マスクだけじゃなくて、ゴーグルもしてくれば良かったな」

 高校生の『鳥越九郎とりこしくろう』は、自宅兼用のアパート【神有月荘】の隣にある、土蔵の中のモノを海外からのテレビ電話を通して父親に頼まれて、虫干しと片付けをしていた。

「何か先祖のお宝でも出てきたら、九郎のモノにしてもいいからな……もっとも、お宝を残せるほどうちの先祖は偉くないけれど……母さんは持病の腰痛で辛そうだから、九郎が土蔵の不用品を片付けてくれ」 

 九郎の両親が所有している数軒のアパートの家賃収入で、なんとか九郎もそれなりに裕福な暮らしができた。


 土蔵の中にあった、中古家電のホコリを払いながら、九郎は思った。

(アバートの空いている部屋を、自由に自分の部屋として使っていいって与えられて、高校にも行かせてもらっているから感謝はしているけれど……母さんの、あの感覚だけはなぁ)

 離れて遠方で暮らしている母親は、相当な放任主義で九郎が何をしても。

「自己責任だから」

 そういい放つ母親だった。そして、さらっとこんなコトも漏らした。


「女の子を部屋に連れ込んで、一緒に住んでも。お母さんとお父さんは一切関与しないから、そういうのには寛大だから……女の子と九郎が間違いでも起こして、初孫の顔が見れたら思惑通り」


 放任主義なのか、無責任なのか……子供の自主性を尊重すると言えば聞こえはいいが。

(いくらなんでも、未成年の子作りを承認している両親ってのはなぁ……責任持って、よく考えて行動しろってコトだろうけれど) 

 土蔵の片付けをしていた九郎は、少し高い棚の奥に隠すように置かれた油紙に包まれた、四角い包みを見つける。

 長い間、置かれているモノらしく、ホコリが体積している。

「なんだ、このホコリだらけの包み?」

 慎重に積もったホコリを取り除き、油紙を開くと中から、寄せ木細工の木箱が現れた。

「なんだ? この箱? あれ? 開かないぞ、決まった順序で表面の寄せ木を動かさないと開かない、からくり箱とか秘密箱の類いかな?」


 九郎が、あれこれ木箱をいじくっていると、一部の木片が動く箇所があった。

「この動く箇所が怪しいな……こうやって、こうして……あっ、なんとなく開きそう……開いた!」

 からくり箱を開けた途端、中から湯気のようなモノが吹き出して土蔵の中に満ちた。

「わぁ、なんだこの湯気みたいなの」

 床に落とした、からくり箱を拾おうと湯気の中で手探りした九郎の手に、何か柔らかい弾力がある丸太のような、スベスベしたモノが触れた。

(なんだコレ?)

 触りごこちがいい丸太を擦っていると、湯気が晴れて九郎は自分が触っている物体の正体を知る。


 九郎が擦っていたのは、両目を閉じて横臥した若い女性の太モモだった。

 ミニ丈の巫女衣装か、神代の衣装か……とにかく、そんな格好をして勾玉のネックレスをした。髪の毛が寝癖でボサボサの成人女性が横たわって、スースーと寝息をたてていた。

「うわっ!?」

 女性の太モモを触りながら、思わず発した九郎の声にいきなり現れた奇妙な格好の女性は、寝惚けた目を開ける。

「んっ? 六郎か?」

 寝起きでぼんやりしている女性は、九郎に自分の太モモが撫でられているコトに気づき、土蔵の中で大声をあげた。

「ぶ、無礼もの! なにをしておる!」


 土蔵の中から聞こえた、女性の怒鳴る声に外で古書の虫干しをしていた九郎の母親が、土蔵の中に飛び込んできた。

「どうしたの? 今、女の子の声が聞こえたけれど……あらあら」

 九郎の母親は、からくり箱から現れた謎の女性の太モモに触れている九郎を見て、目を細めて微笑む。

「いつの間に、女の子を土蔵の中に引っ張り込んで。しかも年上の人を……九郎ったら。いいのよ、お母さんそういうのは気にしないから……初孫が楽しみね……おほほほっ」

 九郎の母親は笑いながら、土蔵から出ていった。

 九郎の母親がいなくなると、からくり箱から現れた謎の女性が九郎を睨みつけながら言った。

「いつまで、儂の太モモを触っておるのじゃ」

「あ、ゴメン」

 慌て女性から離れる九郎。謎の女性は土蔵で胡座をかく……下着はつけているらしいが、フンドシのような下着が見えた。

 九郎が質問するより先に、女性が九郎に質問する。

「お主、六郎に似ておるがチョンマゲではないな……服装も着物ではない。先程の女性の服装も変わった服装をしておったな……六郎はどこじゃ?」

「六郎? 確かオレの曾々じいさんあたりが、そんな名前だったような」

「曾々じいさん? お主名前は? 今はなんという時代じゃ?」

「九郎だけれど、鳥越九郎──今は令和」

「令和……鳥越、もしかして、六郎の子孫か? 六郎はどこにおる?」

「曾々じいさんなら、とっくに亡くなって」

「なにぃ!? 六郎がこの世に、すでにいないだと!?」

 

 今度は九郎が、謎の女性に質問する。

「あなたはいったい誰なんだ? あんな小さな木箱から出てきたけれど?」

「儂か、儂は『くたれ神』の【歪世野姉比売ひずみよのあねひめ】じゃ……六郎が、からくり箱の中で休んで待っているように言われて、思わず居心地が良すぎて少し眠ってしまった」

「くたれ神?」

「土着信仰の忘れ去られた神とか、神格が低すぎた無名の神とか、他の宗教に吸収されて存在が消し去られた神とか……とにかく、あまり知られていない埋もれた神の総称じゃ……寝くたれ神とも言うがな」

「その、くたれ神がどうして木箱の中に?」

「うむっ、話せば長くなるが…儂は元々、小さな祠〔ほこら〕に祀られていた八百万の神の一人じゃが……」

 その時、姉比売のお腹がグウーッと鳴った。

「長い間、寝ていたら腹が減ったな……九郎とやら、何か食べるモノはないか?」

「神さまなのに? 空腹?」

「神だって腹が減る者もおる……おまえが、生け贄になって儂に食べられてもいいぞ」

「オ、オレ、美味くないですから!」

「冗談じゃ……お主、自分を食べたことがあるのか? よく自分の味を知っておったな?」


 土蔵から出た姉比売は、アパートの九郎の部屋でヌイグルミ座布団に胡座で座ると。

 テーブルの上に置かれてお湯を注がれた、カップ麺を眺めた。

「ほうっ、お湯を入れただけで食べられるようになるのか……令和には便利なモノがあるのぅ」

 姉比売は、完成したカップ麺を九郎が食べているのをマネしながら口に運ぶ。

「ふむっ、悪くない……嫌いではない味じゃ」

 カップ麺を食べ終わった姉比売が言った。

「満腹じゃ、それじゃあ、ひと眠りするか」

 姉比売は、ゴロンと横になるとスーッスーッと寝息をたてはじめた。

 姉比売の体を揺すり起こそうとする九郎。

「寝ないでくださいよ……起きてくだ……わぁぁぁ!?」

 姉比売の頭に牛のツノが生えて、牛の尻尾が生えて揺れる。

 乳も少しだけ大きくなったようだ。

「なんだ、この神さまは!?」

 九郎は姉比売の変貌に頭を抱えた。

 姉比売は眠りながら口をモゴモゴと動かして、食べたカップ麺を口の中で反芻〔はんすう〕していた。


神1~おわり~

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