エピローグ~あるいはもう一つのプロローグ~



「——いいわ、いいわ! もうさいっこうよ、三人とも!」

 魔術の研究が有名な街アムレート、その街主の屋敷の一室にて、赤い少女は満足げな声を上げていた。

 赤い少女——ルージュがスマホのカメラを構える先に居るのは、犬耳を生やしたメイド少女のサラ、吸血鬼の幼い少女リール、そしてノワールだった。

 三人が身に纏っているのは、ルージュお手製のメイド服。サラが元々着ていたスカート丈の長いエプロンドレスとは違った、無駄にヒラヒラした装飾が施されたミニスカートのメイド服だ。ご丁寧にお揃いの純白のヘッドドレスまで付けた三人は、ルージュの指示に従って様々なポーズを取る。

 ——否、『〝三人〟が指示に従う』という表現は正確ではないかもしれない。

 何故なら、ノワールは限界を越えて身体を酷使した影響で、まともな身動きを取ることが出来ないからだ。

 このノワールにとって限りなく不本意な状況に至るまでに一体何があったのか。パシャパシャというシャッターを切る音を死んだ目で聞き流しながら、ノワールは思い返す。

 まず、血みどろの一戦を終え、あの異様な地下空間から、警衛騎士団に捕まりそうになりながらも脱出した後、ルージュは屋敷を出ようとしなかった。

 リールを背負い、ノワールを抱えたルージュは、今すぐ帰ろうというノワールの声を無視して、屋敷内の隅の部屋で縮こまっていたサラを見つけ出した。

 「事件は終わった」と、細かい説明もせずにそうサラに告げた後、ルージュは「じゃあ報酬を貰うわね」と強引にその場を纏め、サラとリールとノワールにお手製のメイド服を着せ始め————今に至る。

 ルージュがノワールにメイクを施し、服を着せ、美少女メイドに仕上げるまでに、尽きたはずの力を振り絞って、あの血の化物と戦っていた時以上に必死の形相で抵抗するノワールとルージュの一幕があったのだが、ここでは割愛しよう。

 ともかく、そんな訳で、現在、ルージュによるメイド少女三人(うち一人は男)の撮影会が開かれているという訳である。

 サラがどこか浮かない顔で、チラチラとドアの方に視線をやりながら、ルージュの指示に従っている。そんなサラに少なくない違和感を覚えながらも、既に色々と諦めた後のノワールはルージュに言う。

「……あの、ルージュ」

「あら、——あ、リール。ノワールに背後から抱き着いてちょうだい。そうそう、そんな感じに。——何かしら、ノワール」

 スマホのレンズ越しに、ノワールを見てルージュが言う。

「今回の事件に関して、色々と疑問があるのですが」

「ふむ、聞きましょう」

「今回の事件の被害者とされていた魔術師たちの事です」

「彼らがどうかしたの?」

 連続でシャッターを切りながら、ルージュが首を傾げる。

「どうして彼らは、あそこまで従順にガニアスに従っていたのでしょうか。いくらガニアスがこの街の街主とは言え、あの人数の魔術師を、こんな手の込んだ一見意味不明な事件に、無条件で従わせることは難しいと思うんです。彼らにだって家族は居ます。いくら本当に死ぬ訳ではないとは言え、家族に〝死〟をちらつかせ、犯罪に手を貸すようなこと、いくらお金を積まれても、力で脅されても、あんなに大人数が従うとは、考えられなくて」

「なに? そんなことが知りたいの?」

 拍子抜けしたような、しょうもないとでも言いたげな口調で、ルージュはリールやサラにポーズの指示を出しながら、言う。ノワールは、リールの手によって、別のポーズを取らされながらも、ルージュをジッと見つめた。

「はぁ、そんなのどうだっていいじゃない。つまらないわ。それを知った所で、私たちに利益も不利益もないのだし、何よりもう終わった事よ」

「それは……」

「受けた依頼は解決した。『幸せ屋』にとってそれ以上の結果はいらないわ。あくまで『幸せ屋』のお仕事は、依頼を解決して、クライアントの〝望み〟を叶えること。そんな端役の動機なんてものを聞き出すのは、警衛に任せておけばいいのよ」

「……」

「では、事件現場に残されていた偽装遺体の元になる肉体の調達を、一体どのようにしたか、というのも」

「それに関しても、言いたいことは変わらないわ。病院で亡くなった人の身体を再利用したのか、偽装の死を演じる魔術師によく似た誰かを殺して持ってきたのか、はたまた別の手段を使ったのか、どうでもいいわ」

「…………」

 それ以上、ノワールは何も言えなくなる。確かに、今更そんなことを知った所で、何かが変わる訳でもない。ノワールが血に染まったガニアスを斬った事実も、決して変わらない。

「……ルージュは、魔法は、あると思いますか?」

「そんなの、あるに決まってるじゃない」

「え」

「この世界は、愛狂おしいほどの夢と奇跡で満ちているわ。誰か一人でも〝ソレ〟を夢見る者がいる限り、この現実に存在しないモノなんてないのよ」

 ルージュが両手を広げながら、ここではないどこか遠くにその赤水晶ルビーのような瞳を向け、高らかに言った。——その瞬間、コンコンと扉をノックする音が静かに響き、ルージュの正面にいたサラが、彼女の胸に飛び込んだ。


「————」

 

 サラはその細く白い腕がさらに鬱血して白くなるほどの力で、ルージュを抱きしめる。まるでここにルージュを縛り付けて、決して逃がさないとでも言うかのように。

 静かに部屋の扉が開き、廊下から誰かが滑るように室内に入って来る。


「ごめんなさい、ルージュさま、ごめんなさい、ごめんなさい——」


 小さな声で謝罪を繰り返すサラを視界の端に確認しながら、ノワールはその人物に視線を飛ばす。

 一度目と二度目、ノワールがガニアスと対面した時、その側にいた〝レイラ〟という名の女性だった。レイラは、血走った瞳でルージュの背中をにらみつけていた。彼女が放つ殺気に、ノワールは覚えがあった。昨夜、眠りに付くルージュを殺そうと、ナイフを投げたあの人影と同じ殺気だ。

 レイラは息を荒げながら逆手にナイフを構え、サラによって身動きが封じられているルージュの首筋に、その切っ先を抉り込ませようと腕を振るう。


「——話を聞きましょう」

 

 背後にいるレイラに向けて、ルージュが淡々と言った。

 その瞬間、レイラの身体が不自然に硬直し、ポトリとナイフが落ち、床に刺さる。

 信じられないという表情を浮かべながら、レイラは脱力したように床に膝を着いて、ルージュを見上げた。

 ルージュは己に抱き着いているリールの腕をそっと外すと、振り返ってレイラと対面する。


「お前の——、お前のせいだ——。お前のせいで、ガニアス様は——。お前のせいで——。お前さえいなければ——、お前さえ死ねば————」

 

 血走った眼でルージュを見て、レイラは呪詛のような言葉をこぼす。


「それが、あなたの望みかしら?」


「そうだ——。お前が死ねば——、ルージュ、お前が、死ねば————」


 そこで、何か〝ある考え〟に至ったように、レイラが目を大きく見開く。


「依頼する——お前たちに、幸せ屋に依頼する。ルージュを、お前を、ルージュを殺して」


 すると赤い少女は片目を閉じて、ふんわり笑った。

 

「中々面白い依頼ね。いいわ。〝赤い幸せ屋〟として、その依頼受けましょう」


 ——あぁ、まったくこの赤い少女は、あの頃から何も変わってない。


 黒い少年は、夢と世界の中心に立つ赤い少女の、残酷なほど無邪気な横顔を見つめる。赤い少女が黒い少年を楽しげに見つめる。

胸に火傷しそうな熱が広がり、その赤水晶ルビーのような瞳に見惚れた。


「さてノワール、『幸せ屋』の〝お仕事開始オーバーチュア〟よ。張り切っていきましょう」


 そう言って、赤い少女は、いつかのように黒い少年に手を差し伸べた。


                                      

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 〝魔法〟を夢見た少年がいる。


 少年は、いじめられていた。

 魔術の才が無く、いじめられていた少年は努力し、魔術が有名な街の長にまで登り詰め、素晴らしい魔術師だと周囲に認められるようになった。

 それでも少年は——少年じゃなくなった男は、魔法を夢見た。

 魔法さえあればいい。

 魔法さえあればいいと、魔法を夢見た。


 あと少しだ。

 あと少しで、魔法が完成する。

 あの〝赤〟を手に入れれば、魔法が完成する。

 ずっと求めてやまなかった夢に、魔法に、手が届く。

 十分に策は弄した。慎重に計画した。〝赤〟の存在を知り、すぐにソレを掴みに行きたい衝動を抑え付け、自分の手の平の上にやって来るように、慎重に、慎重に。


 ——やった‼

 魔法が完成した! 当初の予定とは少し違う形だが、ようやく、ようやく完成した! これがボクの——いや私の魔法だ!


 周りが赤い。血のように赤い。

 魔法が手元にある。

 自分が赤い。血のように赤い。

 赤い。血のように赤い。とても、とても良い気分だ。

 これで私は絶対だ。自分をいじめた奴らも、陰で妬んでいる奴らも、気に入らない奴らも、誰も私には敵わない。

 ほら見ろ。

 優秀な魔術師二十人も、奇跡を持つ吸血鬼も、魔剣を持つ〝黒〟も、無限の魔力を持つ〝赤〟も、私には敵わない。

 絶対だ。今の私がこの世界の頂点。これで私が絶対だ。

 あの御伽噺の魔法使いすらも、今の私には敵わない。

 

 〝魔法〟を夢見た少年がいる。

 少年はやがて男になり、歳を重ね、ついに〝魔法〟を手に入れた。


 〝赤い幸せ〟の中で、魔法を夢見たかつての少年は眠りに付く。

 ゆっくり、ゆっくりと、赤い幸せに包まれながら————。


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赤い幸せ屋 青井かいか @aoshitake

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