マホウ
「……?」
ガニアスの尋常じゃない様子に、ノワールは首を捻る。何かがおかしい。
壊れた機械のように『魔法、魔法』とノイズ混じりに繰り返すガニアス。ガクガクと身体は小刻みに震え、両眼は血に染まり、全身に走った赤い線からは染み出るように血が流れ始める。
「ぁ——ァッ、繝槭?輔∪縺サ縺?ュ疲ウマホ——ゥ、魔ホウ、繝槭?繧ヲ鬲縺サ縺?ュ疲ウマ法ゥ——、魔◇◇◆◇魔◆◆◆法法法魔魔魔法法魔法魔法◆◆◇、ア、ア、ア◆◇◆魔マ法ホウ魔マ法法◇ホウ◆◇◆魔法ァマホウマ◆魔法魔法魔法魔繝槭?繧ヲ鬲疲ウ輔∪縺サ縺?法魔法マホホウ繝槭?繧ヲ鬲疲ウ輔∪縺サ縺?ュ疲ウマホウマホ繝槭?疲ウ輔∪縺サ縺?ュ疲ウウマホウマホウマホ繝槭?繧ヲ鬲疲ウ縺?ュ疲ウウマホウマホウマホウ繝槭?繧ヲ鬲疲ウ輔∪縺サ縺?ュ?繧ヲ鬲疲ウ輔∪縺サ縺疲ウマホウマホウ魔法繝槭?繧疲ウサ縺?ュ疲ウ繝槭?繧ヲウ輔∪縺縺?ュ疲ウ————」
ドクドクと血が溢れる。身体の至る所から血が噴き出す。眼窩から、刻まれた紋様から、口腔から、両耳の穴から、鼻腔から、止めどなく血液が溢れる。その大量の血はガニアスの身体を包むようにして呑み込み、一回り大きな人型を取った。そして、その血液で作られた人影は、どんどんとその大きさを増していき、ちょうどノワールの五倍ほどの大きさに膨れ上がった所で、無造作に片手を振った。
「——ッ!?」
ドンと大気が爆ぜたような衝撃が駆け抜け、ノワールは背後に吹き飛ばされる。床の上に一度打ち付けられながらも、どうにか受け身を取って体勢を整える。
ノワールの視界の端では、衝撃に伴って発生した突風に赤い髪とドレスをなびかせながら、悠々とその血の人影を見上げるルージュの姿があった。そのルージュの姿だけを切り取ると、そよ風を受けて優雅に佇んでいるようにしか見えない。そんな彼女の背中には、吹き飛ばされまいとリールが必死にしがみついている。
「ルージュ! なんですかあれは!」
ノワールが魔剣を握り締め、もはやガニアスの面影を欠片も残していない異様な血の巨人を睨みつけながら声を荒げる。
「さぁ、私に聞かれても困るわ」
ルージュが肩をすくめる。しかしその瞳は、興味の光を湛えながら血の巨人を見つめている。
「それにどうせ質問をするなら、私よりも彼女に聞くべきだわ。ねぇ、リリア」
ルージュが視線を部屋の中央にいるリリアーナに向ける。ノワールもまた、横目でリリアーナを見た。
その時のリリアーナの表情を一言で言い表すなら、失望。狂ったように『魔法、魔法』と叫び散らしながら咆哮する巨大な血の人影を見て、冷めた表情で溜息を漏らしている。
「残念です。ガニアス様なら受け止めきれると思ったのですが」
「あなたが何かしたのね?」
ルージュがリリアーナに向けて言う。
「大したことはしていませんよ。ただ、わたしはわたしなりに理想とする事があるという話です。ガニアス様は、ただ己を絶対的な存在とするために、他者より上に立つために、魔法を欲していました。実にくだらない。それをして何になるというのでしょう」
そう語るリリアーナは、頭を押さえて呻いている血に染まった人影をどこか憐れむように見ている。
「リリア、あなたは違うと?」
「ええ、違います。わたしは、違う。わたしは〝魔法〟を完成させ、このくだらない世界を変えます。卑怯者が陽の目を浴び、真面目がバカを見るこの不条理な世界を変えてみせます。努力が正しく評価され、罪が余すことなく罰せられる世界を、正しい世界を創って見せます。——そのために、ガニアス様を利用させていただきました。……でも、これは失敗ですね」
「——ぁ、——ァ゛、ァ、゛、マ゛、繝槭?繧ヲ鬲疲ウ輔∪縺サ縺?ュ疲ウウ——ッッ!?!?!?! やったあああああやたたあああったあった、あ、やった! やった! やったああああ——っ! やった! ア;アアアアアアア!??????やったー! やった?!ア ぁああ゛マホ゛゛!遘√?邨カ蟇セ縺ォ荳也阜、ボクの——いや、私の——、マ、マ、ママママホ——法マ—最サイキョ——ゼッタイ、チョ、縺ョ鬆らせ縺ォ遶九▽菴慕チョウテせkイ、アカ赤。赤アカアカセカイのチョ——ゼt黄縺ォ繧イ、イィィィらク帙i繧後↑縺?髪驟阪☆繧九%縺ョ荳也阜繧帝ュ疲ウ輔〒蠢?★謾ッ驟阪☆繧狗ァ√′逾槭□゛!゛゛゛‼」
血の巨人が耳障りな奇声をまき散らしながら両手を振り上げ、互いに視線を向け合っていたルージュとリリアーナに振り下ろす。しかし、その太く長い血塊がルージュに打ち付けられる直前、一筋の斬撃が走り、血の腕が両断される。斬り飛ばされた血塊は宙を舞い、床に落ちて辺り一帯を血に染めた。一方、リリアーナがいた場所には真っ直ぐと血の腕が振り下ろされ、彼女の姿が血液に呑み込まれて消える。
血腕を両断して、ルージュの隣に立ったノワールは呆れたように言った。
「ルージュ、あなたはいい加減少し危機感を持ったらどうですか」
ノワールが動かなければ間違いなく血の塊に呑み込まれていたであろうルージュは、涼しい顔で赤い髪をかき上げる。
「あら、でもノワールが助けてくれたじゃない?」
「はぁ……、もういいです」
「る、ルージュ! の、ののっ、ノワール! 来てる! 来てる! ひぃぁっ!」
ルージュにしがみついていたリールが頭上を指差し、泣き叫ぶ。
瞬きの間に腕を再生した血の巨人が、先よりも大きな血腕を振り上げ、ノワールたちを狙っていた。
それを見たノワールは表情を険しくすると、振り下ろされる腕に合わせて魔剣を振った。血腕は易々と切断され、またも辺り一帯を血に染める。
腕を失った血の巨人が吠え、大気が震える。ルージュの鮮血のような赤い髪が舞い上がった。ルージュは血の巨人を見上げながら、いつの間にか背後に移動していたリリアーナに声をかける。
「ねえリリア、あなた正しい世界をつくるって言うけれど、そのためにガニアスをこんな目に合わせるのは、あなたが思う正しい行いなのかしら?」
「正しい世界を創るために、必要な犠牲です。なればこそ、私の行いに間違いはありません」
「そう、なら仕方ないわね」
ルージュが振り返り、リリアーナを見た。ルージュの
「わたしを殺しますか?」
「あら、そんなことはしないわ。でも、どうせならもう少しあなたとお話していきたかったけれど」
リリアーナは険しい表情で唇を引き結び、関心めいた笑みを浮かべるルージュを見据えながら静かな口調で言う。
「……ルージュ様たちとは、またどこかでお会いする機会があるかもしれません。しかしながら、今回は最低限の目標は成せたので、この辺りで引かせていただきます」
リリアーナは手にしていた血液の詰まった瓶を懐にしまうと、最後にノワールに鋭い視線を飛ばし、——パッとその姿を消した。
「逃がしてよかったんですか……?」
ノワールが隣のルージュに尋ねる。
「どうしようもないわ。
「……そうですか」
ノワールはそのルージュの言葉がウソであると察したが、この状況でそれ以上追及することもできなかった。
ノワールの視線の先では、腕を再生した血に染まった巨大な人影が、両腕を無茶苦茶に振り回し、血飛沫と突風をまき散らしている。
不意に、その狂った血の化け物に向かって、
動揺しつつもこちらの様子をうかがっていた黒衣の魔術師たちの一人が、魔術を放ったのだ。
バヂと雷鳴を響かせながら空気を焦がす電撃は、血の巨人の胸を真っ直ぐに貫いて、大穴を空けた。衝撃に押されるようにして血の巨人がのけぞるも、すぐに上体を起こして、雷撃を撃った魔術師に、眼球の無いポッカリと空いた眼窩を向けた。本来目がある位置に大きく空いた穴の奥潜む闇が、ジッとその人物を見つめている。口の位置にある穴から、呪詛のような雑音が漏れる。
「ヒッ——」
怯えた声が、その魔術師の口から漏れこぼれた。——不意に、前触れも無く血の腕が伸
びる。膨れ上がった血液製の手平が、その場に固まっていた魔術師たちを押しつぶそうと
迫りくる。
しかし、手を模した血液の波が、魔術師たちを呑み込む寸前、ピタリとまるで時が止まったように血の動きが停止した。一瞬止まった血の塊は、流れの勢いを失ってボタボタと床の上に落ちると、押し流されるようにして魔術師たちの足元へ流れていく。
それを見た黒衣の魔術師たちは青褪めた表情で悲鳴を漏らしながら、床に染み広がる血液から逃げ惑う。二十人近く集まった魔術師たちの間に混乱の渦が広がろうとした時、パン! と空気が弾けたような音が鳴り響いた。
魔術師たちの動きが止まり、手を打ってその音を鳴らしたルージュに視線が集まる。いつの間にか魔術師たちの近くに寄って来ていたルージュは、
「はい、落ち着きましょう」
そんなルージュの背後から、さらに膨れ上がった血の巨人が伸び、赤黒い口腔から咆哮を轟かせる。そして、その巨体全てを以ってルージュたちを押しつぶすように、倒れ込んだ。その場一帯が血の影に隠れ、上空が真っ赤に染まる
「——゛ミィャァァァァァァァァッッ!」
ルージュの背中にしがみついていたリールがそれ見て、絹を裂いたような悲鳴を上げた。
大きく広がった血塊がその場にいる全員を呑み込む——その寸前、ルージュが人差し指を
衝撃に地面が揺れ、血の巨人が怒り狂ったように咆哮する。
いとも容易くひっくり返された血の巨人と、悠々と佇んでいるルージュを交互に見て、魔術師たちは唖然とする。
そんな驚愕に目を見開いている彼らの反応に満足げな表情を浮かべながら、ルージュは言う。
「心配しなくても大丈夫よ。ノワールが何とかしてくれるから」
そんなルージュの声を聞いて、丁度血の巨人を挟んでルージュたちの反対側にいるノワールが焦ったように叫んだ。
「まさかコレを僕に押し付ける気ですか!?」
「だって私はこの人たちを守らないといけないもの。仕方ないわ。ほら、早く何とかしないとどんどんやり辛くなるわよ」
その無責任で気楽なルージュの言葉を聞いて、ノワールは立ち上がった血の巨人を見上げる。注意深く見ると、また少し大きくなったことが分かる。頭部の眼窩の奥に潜む闇が、ジッとノワールを見下ろしていた。彼の背筋にゾッと怖気が走る。
「——ッ!?」
ハッと気づいた時には、血の巨人が振り上げた真っ赤な足が、ノワールの眼前に迫っていた。
ノワールは咄嗟に刀を振り上げ、血の巨人の足首を斬り飛ばす。血塊が宙に舞い、地面に落ちる間際、ソレは形を変えてノワールに向かって飛んだ。
小さな人の形を成した血塊がノワールに突進する。ノワールは身を捻り、どうにかその血塊を躱した。
——何なんだコレは……っ。
得体のしれない血の化物にノワールは戦慄する。ふと、視界の端に違和感を覚えて視線を下ろすと、今さっき突進してきた血塊が掠った服の一部が、ドロドロに溶け焦げていた。
「——っ」
それを見たノワールは血の巨人の血液を浴びた時の自分を想像し、戦慄する。
——コイツの攻撃は少しも喰らえないな……。
そう考えた次の瞬間、血の腕が横合いに薙ぎ払われ、ノワールはそれをギリギリまで床に伏せて躱す。頭上スレスレを血腕が通り、風圧でノワールの黒い髪が舞った。
血の巨人から距離を取り、深く呼吸するノワールは、遠くからこちらを見ているルージュに向かって言う。
「ルージュ! これ本当に僕の手でどうにかなるんですか!?」
「ノワールなら大丈夫よ。むしろあなたが一番の適任と言えるわ」
「何を根拠にそんなこと言ってるんですか!」
ノワールはほとんど悲鳴のような声で言いながら、振り下ろされた巨大な血の腕を横に跳んで躱した。
「だって、コレは私の血液から生まれたのよ? 厄介に決まってるじゃない。いくら私の血を取り込んだだけの劣化品とは言え、この完璧な私——〝ルージュ〟の劣化品。完全に制圧するのは面倒極まりないわ」
「だったらあなたの責任でしょう!? ルージュが何とかしてくださいよ!」
「もう、分かってないわね。だからノワールが適任なのよ」
ブンブンと振り回される血の巨人の腕を必死に避けつつ、何やら喚いているノワールを見て、ルージュが肩をすくめる。
「この世で私をまともに殺せる可能性があるのは、あなたくらいしかいないんだから」
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