フィナーレ



 一陣の風が吹いた。


 細長い影が駆け抜ける。ルージュの首元に突き刺された針に繋がっていたチューブに一筋の斬撃が走り、切断される。チューブの断面から血液が噴き出し、血飛沫が舞い上がる。その赤いカーテンに紛れて、もう一つの小さな人影が横切った。


「——《咲け《ブルーム》》」


 囁くような声が落ちた。その響きに応えるように、ルージュをはりつけにして、縛り付けていた拘束具がカチャリと音を立てて外れる。

 ざわりとその場にいた黒いローブを纏った多数の魔術師たちが騒めく。場の空気が一変する。ガニアスが叫んだ。

「何者だっ!」

「——ッ」

 ガニアスの隣にいたリリアーナは、その場の異常にいち早く反応し、懐から一枚のカードを取り出していた。

「——【グランディス・フランマ】」

 カードに刻まれた魔術陣に光の線が駆け抜け、灰となって崩れ落ちると同時に魔術が発動する。カッと熱量を持つ輝きが灯り、燃え盛る火炎が吹き出した。煌々と熱をまき散らす巨大な炎の塊は、大気を焼き焦がしながらルージュとその隣にいる二つの人影を呑み込んだ。

 しかしその一瞬後、火炎の波は弾けるように掻き消えて、何事もなかったように彼女らは姿を見せる。

 コツ、と足音が響いた。その赤い少女は一歩前に歩みを進めると、その鮮血のように鮮やかな長い髪をかき上げる。そして首元に刺さっていた針を勢いよく抜き放った。

 首元に空いた穴から血が噴き出すが、その傷口を白魚のような指先が優しく撫でる。指が通った後には、まるで初めからそこに傷などなかったかのように綺麗な素肌が現れた。


「——上出来よ。ノワール、リール」

 

 ルージュは隣にいるノワールとリールを見やると、片目を閉じた。

「全く、あなたは無茶をしますね……。僕とリールが来なかったらどうするつもりだったんですか」

 ノワールは呆れたように息を吐き出して、しかしどこかホッとしたようにルージュに視線を返す。

「あらでも、こうしてあなたたちはここに来てくれたじゃない」

「はぁ……」

 一切懲りた様子のないルージュに、ノワールは繰り返しため息を吐いた。

「る、ルージュ、無事でよかった……っ。り、リール、リールのせいで、ルージュ、連れて行かれちゃったから……」

 グスグスと鼻を鳴らして泣きじゃくりながら、リールがルージュにしがみつく。ルージュは優しい笑みを浮かべると、リールの頭を撫でながら声をかける。

「心配かけてごめんなさいね。でも安心して。私はね、絶対こんなつまらない死に方はしないから」

「……?」

 ルージュのその妙に確信めいた言い方にリールは不思議そうに首を傾げるが、その時、ガニアスの笑い声が響いた。

「ははは……、はっはっはっはっ! これはまいった! まさか本当に現れるとは! これは見誤ったな! そこの小さな吸血鬼は『奇跡者アクシスタ』か!? いやはや、まさかそんな〝都合の良い〟『奇跡者アクシスタ』がいたとは、流石に想定していなかったな。確かにルージュの言う通りだ。足を掬われたよ」

 ガニアスの口元は笑みの形を作っているが、その瞳は静かにルージュたちを睨みつけていた。その隣にいるリリアーナは、懐から取り出したカードを指に挟み、警戒を示しており、背後に並ぶ黒いローブの魔術師たちは押し黙りながらも動揺を隠しきれていない。

 そんな彼らに、ルージュはスッと指を一本立てる。

「それでは、オーディエンスも増えた所で〝謎解き〟を始めましょう。話が終わるまでは静粛にね。無粋を働くのはオススメしないわ」

 ルージュが赤い視線を目の前にいるガニアス達に飛ばす。口調こそやわらかいが、そこには何人なんぴとにも異を唱えさせない迫力が秘められていた。空気が極限まで張り詰め、息をするのも憚られる。もし今下手に動こうものなら、命乞いをする間もなく自分の命は消え去ると、ルージュに視線を向けられた黒衣の魔術師たちは本能で悟った。

 ルージュは自分にしがみついているリールの手をやんわりと外すと、コツと足を鳴らしながらさらにガニアスたちに近づいた。無防備にも、敵に自分の身体をさらけ出しながらルージュは言葉を続ける。

「今回『幸せ屋』に依頼されたのは、この魔術の研究が盛んな街アムレートで起こる奇怪な連続殺人事件の解明。警衛が無駄に大量の人員を投入しても手がかりがほとんど掴めなかった不思議な事件の解決よ」

 そこでルージュは振り返り、ノワールに問いかける。

「ねえノワール、この事件には不思議な所が沢山あるけれど、一体何が不思議なのかしら?」

「……そうですね。まず、死体の心臓と血液が驚くほど綺麗に抜かれているという点、そして現場に犯人と争った形跡がほとんど見られないという点、さらに犯人に関する手がかりが全くと言っていいほど掴めていない点、ですかね」

「その通りよ。では、一体どういう状況ならそれが可能だと思う?」

「それは……、相手の動きを完全に封じる《奇跡》と、瞬間移動系テレポート系の《奇跡》があれば可能なんじゃないですか?」

 ノワールはそう言いながら、ずっと自分に鋭い視線を送って来るリリアーナを見やる。

「それはそうね。けど『奇跡者アクシスタ』なんてそうそういるものじゃないし、そうも〝都合の良い〟奇跡がポンポン手に入ったら誰も苦労なんてしないわ。まぁでも、今回の事件に関しては、瞬間移動テレポートは利用しているでしょうね。せっかくリリアがいるんだもの」

 ルージュが、瞬間移動テレポートを可能とする《奇跡》を持つリリアーナを横目に見た。

「しかし、流石に瞬間移動テレポートだけで今回のような事件を起こせるとは思えませんが」

「いいえ、可能よ」

「どうやって……?」

 ノワールがイマイチ納得しきれない表情でそう言うと、ルージュは「ふふん」と得意げに笑い、どこからともなくタブレットPCを取り出して、電源を入れる。パッと光が灯り、その画面いっぱいに映し出されたのはウサギのぬいぐるみを抱いた一人の幼い少女の写真だった。

 一体いつの間に撮ったのか、昨日、ルージュとノワールが魔術店で出会ったミリアという名の童女である。今回の一連の事件で被害にあった魔術師の孫で、祖父が死んだことに納得いかずルージュに「またおじいちゃんに会いたい」と『依頼』をした少女。

 ルージュはその画面を、ガニアスとリリアーナの後ろに並んでいる黒いローブをまとった魔術師たちの方へ向ける。すると、その中の一人から微かに動揺した声が漏れた。それを捉えたルージュが指を鳴らすと、フワリと風が吹き上がり、目深に被っていたフードが外れる。

 フードの向こうに現れたのは、初老の男の顔だった。その顔に、ノワールは見覚えを感じた。

 あの時見たのは、遺体だった。余すことなく血を抜かれ、まるでミイラのようになり、人相すらもまともな判別するのが難しかった無残な遺体。それでも、確かにあの時見た顔は、目の前にいる魔術師の顔と似ている。

 一体どういうことだとノワールは思うが、不意にある可能性に思い当たる。「そんな馬鹿な」という発想だが、確かにそうだとすれば、ルージュの言う事にも納得できる。

「ねえあなた、この女の子に見覚えはないかしら? 私の考えでは、あなたの大事なお孫さんだと思うのだけれど」

 ルージュはフードが外れた初老の男をジッと見据え、蠱惑的な笑みと共に言葉をかける。

 数秒の沈黙。張り詰めた空気の中、やがて耐え切れなくなったかのように男がこぼす。

「ま、孫に、何かしたのか……?」

 その震えたかすれ声に、ルージュは満足げな表情を見せると、軽い調子で言う。

「いいえ、ちょっと会ってお話をしただけよ。おじいちゃんを慕っている可愛らしい子だったわ。良いお孫さんね」

 それを聞いてホッとした様子の男。ルージュは手に持っていたタブレットPCを用済みとばかりにノワールの方へ投げると、歯噛みしてルージュの方を睨みつけているガニアスと視線を合わせた。

「さぁ、ここまで来ればもう分かるわよね。今回の怪事件の一番の肝はそう、〝自作自演〟よ。そりゃ、事件の被害者が協力してるんだもの。手がかりなんて残りようが無いし、争いの跡も残るはずがないわ。被害にあった魔術師たちが自分の命がかかっている状況にも関わらず警衛の監視を頑なに断っていたのも、これで納得がいくでしょう? 一連の流れはこうよ。まず、適当な死体を持ってきて、十分な時間をかけて丁寧に心臓と血を抜いた後、顔を整形する。その後は、機をうかがいながらリリアの瞬間移動テレポートで本人と遺体を入れ替えれば、たったそれだけで摩訶不思議な殺人事件の完成よ。まさか警衛も被害者本人がこんなくだらないことに協力していたなんて思わないし、万が一思ったとしてもまともな証拠が挙がらない以上その線で調査することはないでしょうね。だって警衛だもの、仕方ないわ」

 今ここに警衛騎士団部隊長のライガンがいれば、迷わずルージュに殴りかかっていたんだろうなとノワールは思った。そして疑問に思ったことをルージュに尋ねる。

「ルージュの言いたいことは分かりました。でも、なぜそんな面倒なことを? 彼らがそれを行う動機がよく分かりませんが」

「そんなの決まってるじゃない。私のことが欲しいからよ」

 ルージュが胸を逸らし、自分自身を手で示す。

「ご丁寧にもガニアスが教えてくれたわ。そうよ、全部私を手に入れるためにやったの。私をこの街に連れてくるため。いかにも私が興味を持ちそうな怪事件を演じて、この街におびき寄せたの。ガニアス、あなたの息のかかったこの街にね」

 ルージュは手を下ろして、どこか感心したような口調で続ける。

「それにしても、血を抜くというのは面白いやり方だと思うわ。血液が全て抜かれた死体と言うのはいかにも奇怪で興味をそそるし、血と水分を抜かれて干からびていれば、多少本人と顔が違っていても不思議に思わないし、その遺体がいつ死んだかも分かりづらいものね。あとはその場の警衛さえ誤魔化せれば用済みよ。あなたが理事をしていて息のかかっている魔術大学付属の病院に遺体は運ばれて、処分されてしまえば証拠は無くなるわ。だからきっと今の病院には、遺体も〝何もない〟でしょうね。——それに、そんな異常な死を演出すれば、検死に時間がかかるという〝誤魔化し〟も比較的自然になるわ」

 その時、ノワールは一昨日の夜の、ルージュとライガンの会話を思い出した。


『どんな殺され方をしたかは分かってるの? 殺人が始まったのは二週間前なのでしょう?』

『あぁ、だからその最初に殺された奴の検死が、そろそろ終わりそうだとさっき連絡があった』

『二週間よ? 時間がかかりすぎじゃないかしら』

『死体の状態が異常過ぎて、色々難航してるらしい。詳しい事は、全部が終わってから離すと聞いている』

 

 ルージュは言う。

「だって、『少なくとも私がこの街にやって来る』まで、検死の内容を誤魔化して、遺体の処分を誰にも、それこそ遺族たちにも気付かせないようにしないといけないもの。そのためにも、血と心臓が抜かれた殺し方は都合が良いという話ね。被害にあったのが魔術師ばかりと言うのも、いかにもその血を利用して何か企んでいるような気がして、まさかそれがただ私の興味を引くために画策したこと、なんて考えには普通じゃ行きつかないわ」

 あぁそうか、とノワールは気付く。

 疑問だったルージュの言葉、この街を訪れた日の夜——警衛にちょっかいをかけた後に言っていた「もう殺人起きないと思うから大丈夫」という台詞に得心がいった。

 今回の一連の事件がルージュをおびき寄せるものだとすれば、彼女がこの街にやって来てさえしまえば、わざわざ危険を冒してまで事件を起こす必要はなくなる。実際、ルージュとノワールが訪れたあの現場で起こった殺人以降は、誰も殺されていない。あの時にはもう既に、ルージュは事件の裏側を推察していたのだ。

 今朝の病院には〝何もない〟という発言も、そこから出たものだろう。

「え、で、でも」

 不意にルージュのすぐ後ろにいたリールが、何かを言いたげな声を漏らした。

「どうしたの? リール」

 振り返ったルージュに視線を向けられ、ピクリと肩を震わせたリールが、恐る恐る言う。

「て、瞬間移動テレポートが、つかえるなら、そ、そんなことしなくても、ルージュを、連れてこれる、気がしたから……」

「うん、それは当たり前の疑問ね。リールにこれは言ってなかったけれど、実は私には、直接的な魔術や《奇跡》が作用しないのよ」

「へ……?」

「例えばそうね、生き物に直接影響を与えるような、体の動きそのものを封じるものだったり、念力サイコキネシスだったり、ワープさせたり、洗脳したり、記憶を消す、なんてことは私には効かないわ、絶対にね。逆に炎を飛ばされたり、剣で斬られるみたいな間接的な攻撃はまともに受ければ傷付くわ。まあそんなことで私が死ぬ訳ないけれど」

 自慢げに語るルージュ。そんな彼女を、リールはただただ茫然とした表情で見つめている。

「リール、あまりにルージュに常識を当てはめない方がいいですよ。まともに考えるだけ時間の無駄なので」

「ふふ、そういう事ね。私は常識にとらわれない女なの」

「どちらかと言うと、『常識に仲間外れにされてる』って言葉が正しい気がしますが」

「細かい事はいいのよ」

 ルージュは手をひらひらと振りながら涼しい顔を見せる。

「でもルージュ、彼らがあなたを捕らえることが目的だったとしても、わざわざこんな回りくどい方法でこの街に連れてくる必要があったんですかね?」

 確かに、ありふれた内容の依頼では、ルージュは面倒臭がって受けないことが多い。ルージュという少女を、自然にこの街に連れてこようと思ったら、こういう方法に出るのも分からなくはない。しかし、だからと言って、他にやりようがなかったのだろうか、とも疑問に思う。

「んー、そこに関しては完全な想像なのだけれど、例えば、直接私の所に来て私を相手にするにしても、それがリスキーだと思ったからじゃないかしら?」

 言葉の途中から、ルージュはガニアスとリリアーナに視線を移す。

「だってほら、私って〝凄い〟でしょう? 私が無限の魔力を持っていることを知っているくらいのあなたなら、十全に警戒するのも無理はないわ。もし他所で私を捕らえることに失敗したら、足がつく。でもガニアス、あなたの息がかかったこの街なら、色々とやりようがあるものね。私は一度目で〝捕まってあげた〟けれど、他にも手は考えていたんじゃないかしら。〝例えばほら〟、〝適当な理由を付けて私を事件の容疑者にして〟、〝この街を封鎖した後に〟、〝無駄に多く集まってる警衛の団員たちに私を追わせる〟、とか」

 ルージュは目を細めて口元を笑みの形に変えると、ガニアスに向かって小さく首を傾けた。

「どう? 何か訂正することはあるかしら。間違っていた箇所があったらごめんなさい。責任持って依頼を引き受けた身として、謝罪しましょう」

 そうは言うも、自分が間違っているとは露ほども思っていないことは、ルージュの楽しげにつり上がった口端と、堂々不遜たる物言いから明らかだった。

 対するガニアスは一度静かに瞑目した後、大きく目を開いて、手を打ち鳴らし始めた。乾いた拍手の音が、どこか暗澹とした雰囲気が漂うこの地下に作られた空間に静かに響く。

「いや、訂正はないよルージュ。よくもまぁろくな根拠もない妄想を、大した証拠も得ずにここまで広げたものだ。それが間違っていないのだから、感心を通り越して畏怖すら覚えるよ」

「ありがとう、最高の誉め言葉だわ。私、自分の〝勘だけ〟にはそこそこ自信があるの」

「〝だけ〟って……、あなたは何から何まで自分には自信しか持ってないでしょう」

 ノワールが小さな声で突っ込むが、それを耳聡く聞きつけたルージュは「ノワールは、わかってないわね」と呆れたように言ってから、

「今のは〝謙遜〟よ。ほら、謙遜は美徳ってあなたが生まれた国でよく言ってるじゃない?」

「一体どの国のことでしょうか? 申し訳ないですが、記憶が残っていないもので」

 どこかムキになって言う様子のノワールに、ルージュは「仕方ないわね……」と肩を軽くすくめる。

 そんな二人のやり取りを見ていたガニアスは、コツコツと足音を鳴らしてルージュの側へ近寄りながら言う。

「ノワールとは仲が良いようだね、ルージュ」

「ええ、当たり前よ。彼は私にとって最高のパートナーだもの」

 恥ずかしげもなくそんな台詞を吐いたルージュに、ノワールは嫌そうな顔をするものの、無理に口を挟むことはない。

 それを受け、ガニアスは両手を広げると、高らかに言う。

「確かに、ルージュ、そしてノワールと、そこの小さな吸血鬼もかな。君たちは〝凄い〟。前もって聞いていた話から十分に用心していたはずだったが、まだ足りなかったようだ。ルージュ、君の〝勘〟と〝運の良さ〟にも、負けを認めよう。——だが、私は既に君から必要量の血を手に入れているということをここで知らせておこうか。先の忠告のお礼としてね」

 その時、ガニアスの周囲を取り巻くように風が吹いた。突風に打たれ、ノワールは思わず目を閉じた。瞬きの後、ノワールは視界からリリアーナの姿が消えていることに気付く。

「——っ」

 気配を探り、ハッとして視線を横にずらしたその先、大量の血液がなみなみと注がれたボトルの側に立っていているリリアーナを捉える。

複雑に入り組んだ機械がその周囲を取り巻き、その一端に手を触れながら、リリアーナは冷めた表情で周囲を睥睨すると一枚のカードを掲げる。

 それを見て、危機を予感したノワールは魔剣を抜いて地面を蹴るが、そのカードに刻まれた複雑な紋様に光の線が駆け巡るのを見て、間に合わないことを悟る。

 ノワールの隣にいるルージュの口元が、楽しくてたまらないという笑みの形に歪められていた。

 リリアーナの手元のカードに光が密集して、熱く輝いた。光の奔流に取り囲まれ、ボトル内に詰まった血液が呼応するように波打った。

 ドクンドクンとまるで新たに生まれる生命が胎動するように、血液が震え、チカチカと輝いていた機械の光が一層濃くなる。血液を閉じ込めていたボトルが溶けるように崩れ落ちた。

 ボトルから溢れ出した血液が宙に浮き、大蛇のように蠢きながら離れた位置にいるガニアスの元へ向かい、その周囲をグルグルと流れ始める。

 自分を取り囲むようにして渦巻く大量の血液を見ながら、ガニアスは限界まで目を見開いて哄笑する。


「ははは……っ、ハハハハッ‼ いいぞリリア! よくやった‼ この計画に君を引き入れて正解だったよ! 君のお陰でルージュの居場所も知ることが出来た! ルージュをおびき寄せることもできた! こうして〝かの赤い血〟を手に入れることもできた‼ ハハハッ! フハハハハはははっッ! これで、これで——私の魔法が完成するっ‼ 誰にも邪魔させない絶対無類のチカラが! はは、はは、これで私は絶対だ。私をバカにする者も、は、ハハ——、見下す奴らも居なくなる。今に見返してやる。私に逆らうな。ワタシガ絶対だ。私が絶対ダ。私に奇跡に勝ルチカラが————」


 血渦は大蛇のように蠢きながらガニアスを締め上げるように収束し、フッと空中に溶け込むようにして消えた。その一瞬後、彼の足元には魔術陣によく似た紋様の赤く輝く線が引かれ、瞬いた。

 その鮮血のように鮮やかな赤い紋様は、染み渡るようにしてガニアスの身体にも刻まれていく。

 大気が鳴動し、その異常な経過を見守っていたノワールは魔剣を握りしめ、一層警戒を強めた。

離れた位置に並ぶ黒衣の魔術師たちは明らかな動揺を示し、揺れる視線でその異常な様子を見守っている。

リールは怯え、身体を震わせながらルージュに抱き着き、この異常を起こしたリリアーナは感情の読めない起伏が少ない表情で、狂笑するガニアスをジッと観察するように眺めていた。

そしてルージュは、新しいオモチャを見つけた子供のように興奮した様子で笑みを湛えている。

やがてガニアスを取り巻く変化がピタリと止まり、空間の振動が凪いだ。一帯の空間が沈黙と不動に支配される。

ノワールはこの静寂を、まるで限界まで引き絞られた弓矢のようだと思った。

 全身に赤い線が刻まれたガニアスが口端を限界まで吊り上げて、正面のルージュとノワールに視線を飛ばす。その瞬間、ガニアスの赤く染まった両の瞳がグルリとひっくり返った。彼の歪んだ口元から音が漏れる。



「————ぁ? ま、マホ、魔——、魔法、まほう——マホウまほうマホ◆、魔◇、◆◇ウーーマ—◆◇魔法魔法魔——」


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