犬耳メイドさんと撮影会



「あの、ルージュさま、これは事件を解決することに必要なのでしょうか……」

「もちろんよ! 絶対に必要なことだわ」

「し、しかし、これに何の意味が」

「意味? 意味なんてないわ。かわいいものは愛でるべし。これが世界の鉄則よ。かわいいものを前にして愛でないなんて〝かわいい〟に失礼だわ」

「す、すみません、おっしゃる意味が……」

「要するにかわいいは正義ってことね」

 ガニアスによって用意された一室にて、訳の分からないことを口走りながら、ルージュがスマホでパシャパシャとサラの写真を撮りまくっている。サラは色々なコスプレじみた衣装に着替えさせられながら、ルージュの指示に従ってポーズを取っていた。

 一方、ノワールは部屋の隅で、タブレットPCを用いて、ガニアスから受け取ったマイクロチップの中に入っているデータを確認していた。

「やっぱり本物のメイドさんは一味違うわね。どんな格好でもどんなポーズでも隠しきれない清楚さと上品な恥じらいがあるわ。さいっこう! 最高よサラ! 最高にかわいいわ! 犬耳もとってもキュート。アニメに出てくる美少女にも負けてないわ! これだけでも今回の依頼を受けた価値があるわね!」

 息を荒げて興奮しているルージュの声を聞き流しながら、ノワールは壁に背中を預けタブレットPCを見つめて、画面を指先でスクロールする。

——確かに、連続殺人の犯人に繋がるような証拠はほとんど掴めていないんだな。

 一つずつ資料を確認しながら、ノワールはそう思った。

 貰った資料の中に記されていたのは、主に変死の遺体が見つかった場所と日時、被害を受けた人のプロフィール、発見時の細かい状況や遺体の状態などで、犯人に繋がる手がかりや容疑者候補の情報などはほとんどない。

 現時点で定められている犯人像が『十五歳以上、B級以上の男か女の魔術師、または奇跡者アクシスタ(推定)(複数犯の可能性あり)』となっているあたり、本当に捜査は難航しているようである。

 調査記録によると、数々の変死体の心臓部には大きな穴が空いており、そこから心臓が抜き取られているとのこと。また体内の血液が全て無くなっており、心臓部の穴以外に目立った外傷はないと記録されている。遺体の写真も入っていたが、大方その通りに見える。血液が体の水分ごと抜かれ、まるでミイラのようになっている遺体が映っている。元の顔と比較しても、じっくり見ないと同一人物かも判別しがたい。見るも無残という言葉が似合う状態だ。

 その他、犯人に繋がる痕跡はなく、目撃者もゼロ、被害者は突然目に見えぬ幽霊にでも殺されたように、ほとんどの現場は争った形跡が皆無であると。

「確かにこれは人間技じゃないな……、怪事件ってやつか」

 ノワールが呟く。魔術師に抵抗を許さず、余計な外傷も無しに絶命させ、誰にも見られず心臓と血液を抜き取り、現場から消えるなんて。

 おそらく、それを可能にする特別な《奇跡チカラ》を持った奇跡者アクシスタの仕業だろう。しかし、一体どんな《奇跡》ならこんな芸当が出来るのか。

 《奇跡》は確かに常軌を逸したチカラであるが、それを使うのが不完全な人間である以上、必ずどこかに粗は生まれるものだ。だがこのデータを見ている限り、犯人はその粗すら見せていない。

 全ての資料を一通り流し見た所で、ノワールがルージュに写真を撮られまくっているサラを見やると、若干涙目になって四つん這いになっているサラと目が合った。一体どこから調達したのか、最初に来ていた上品なエプロンドレスは脱がされバニーガールの恰好になっている。中々際どいデザインであり、控えめな胸元や女の子らしいおしりが大胆に強調されている。丈の長いエプロンドレスを着ている時には分からなかったが、サラのおしりの少し上あたりからは犬のような尻尾も飛び出していた。

 ストレートだったラベンダーカラーの髪は、ルージュの手によって思い切りの良いツインテールにされており、素朴だが整った顔立ちのサラの顔が赤く染まっている。

「じゃあサラ! 次はこっちに着替えましょう!」

 嬉々としてルージュが取り出したのは、スクール水着。しかも大和国でひと昔前に使われていた『旧スク』なる水着であった。〝一部の〟界隈では強い人気を誇り、大和国のみならず世界中に名を馳せる水着である。

——マジでどこから持って来たんだ……。

 旧スクを手に持って、満面の笑みを浮かべながらサラに迫るルージュ。その時、涙目になったサラが助けを求めるようにノワールを見つめた。

 心が痛むが、一度ああなったルージュはノワールにも止められない。そして何よりルージュがサラに夢中になっている間は、ノワールに被害がやってこない。もう少しの間、今回解決に当たる事件の情報を整理したいため、彼女には犠牲になってもらおう。

 ノワールが静かに首を振り、それを見て絶望したような表情になったサラを担いだルージュが、洗面所へと続く扉をバーンと開く。

「る、ルージュ様、この衣服は一体……」

「大丈夫よ、私が着替えさせてあげるから安心してちょうだい!」

 それを聞いてますます絶望したサラの表情を最後に、扉が閉じられた。

「さて……」

 扉の向こうに消えたルージュとサラを見送ってから、ノワールは再びタブレットPCに視線を落とし、今度はこの街で起こっている事件についてインターネットで検索サーチしてみた。

 インターネットは近年確立され始めた情報を共有する通信網であり、最新の魔術技術だ。まだ世界中で広く使われる技術ではないものの、高い魔術技術を有する大国のいくつかでは既に使用されている。大和国やここルベル帝国もその一例だ。

 他国同士での情報のやり取りは厳しく規制されることが多いが、インターネットを使えば極めて短時間で遠く離れた者とも情報の共有が可能である。

 インターネット上では、アムレートで起こっている連続変死事件のことはニュースとして挙がっているものの、その詳細は殆ど載っていなかった。ここから分かることと言えば、心臓と血を抜かれた変死体が見つかっていることくらいのもので、殺されているのが魔術師という情報すら載っていない。おそらく情報規制が敷かれているのだろう。

——ネットは当てになりそうにないな。

 ノワールはインターネットでの情報収集を諦め、ガニアスから貰ったデータの再検証を始める。明日から恐らくルージュと共に事件の調査をすることになるだろうが、その時に役立ちそうな情報のリストアップをすることにした。

 そうこうしている内に、旧スク姿になったサラとやけにツヤツヤした顔のルージュが戻ってきて、再び撮影会が始まった。

 何度か視線でサラに助けを求められ、流石に可哀そうになってきたので、大体の情報をまとめ終わった所でノワールが立ち上がった。

「ルージュ、その辺りにしたらどうですか。サラが疲れています」

「えぇっ、まだ全然写真が撮れていないわ!」

「いや滅茶苦茶撮りまくってたでしょう……。誰もがルージュのように体力お化けだと思わないでください」

「むぅ……」

 ルージュはまだ満足していないようだったが、ルージュから逃げ出すようにノワールの背中に隠れたサラ見て、大人しくなった。それでもまだ諦めていないのか、ノワールの陰から顔を覗かせているサラをじぃーっと見つめている。それに気づいたサラは、ビクリと体を震わせて、完全にノワールの背中に隠れる。

「だって! もったいないじゃない! こんなにかわいらしいサラを写真に収めないなんて! ノワールもそう思うでしょう!?」

 ルージュが大仰な手振りでスマホを振りかざしながら、そう言った。

「別に思いませんが」

「ひどい、ノワールなんて酷いことを言うの。こんなに素敵なサラがかわいくないって言うのかしら」

「そんなこと言ってないでしょう。確かにサラは可愛らしいですが、それを無理に写真に収める必要がないと言っているだけです」

 ノワールがそう言うと、背中に隠れていたサラがピクリと動いて、また顔を出した。

「の、ノワール様も、わたしが可愛いと思いますか……?」

「えぇ、そうですね。とても可愛らしいと思いますよ」

 否が応でも相手を惹きつけるような、常軌を逸した暴力的なまでのルージュの美しさとはまた系統が違うが、路上に咲いてふと人を立ち止まらせる花のように、穏やかな可愛らしさがある。顔立ちが整っているのに、目立とうとしない彼女の所作と、控えめなメイクがそうさせるのだろう。

 少しでも装いを変えれば、もっと輝くんじゃないかとノワールは思った。

「そ、そうですか……、えへへ」

 サラの頬が紅潮して、自然と口元が笑みの形に緩む。

「ええそうよ! サラはかわいいのよ! だからもっと自信を持って! そしてその素敵な姿を私に見せて欲しいの。サラの可愛さは変わらなくても、今の可愛いサラを写真に収められるのは今しかないのよ! だから写真を撮りましょう!」

 ルージュがサラに向けて、手を差し出す。その手を見て、サラはどうしようかと迷っている様子だった。

「ほ、本当に、わたし、かわいいですか……?」

「えぇ、とってもかわいいわ。私にプロデュースを任せて貰えたら、ルベル帝国一のアイドルになるのも夢じゃないわ!」

「……そ、それなら……わたし……」

「サラ、乗せられないでください。普通に考えて、こんな格好で他人に写真を撮らせるのはおかしいです。ルージュの頭のおかしい要求にまともに付き合うと後で大変なことになりますよ」

 ノワールは、際どい格好をさせられたサラがフラフラとルージュの方に引き寄せられていくのを見て、サラがいつか変な人に騙されやしないか心配になる。サラはノワールの言葉でハッとした表情になり、立ち止まる。

「ちょっとノワール、それだとまるで私の頭がおかしいみたいじゃない」

 心外だとでも言いたげにルージュがノワールをにらむ。

——だからそう言ってるんですよ……。

 心の中でそう突っ込んでから、ノワールは真面目な顔になってルージュを見た。

「それよりもルージュ、一つ気になることがあるんですが」

「なにかしら?」

「〝魔法〟のことです。ガニアスと対面した時、ルージュ言ってましたよね。彼が魔法に最も近い『魔術師』の一人だという噂があるようなことを」

「ええ、確かに言ったわね」

「どうしてあんな嘘をついたんですか?」

 ノワールがそう言うと、ルージュがクスリと楽しそうに微笑んだ。

「あら、気付かれてたのね。まぁ軽い冗談のつもりだったのだけれど」

「彼が魔法に近いなんて噂、僕は聞いたことがありませんし、ネットにもそんな情報は一切ありませんでした。そもそも魔法なんて、まともな魔術師が考えるようなものじゃ——」

 そこまで言いかけて、ノワールはあのガニアスという男から、まともじゃない人間代表のルージュと同じにおいを感じ取ったことを思い出した。

「ええそうよ、〝魔法〟なんてまともに考えるだけ時間の無駄、そんなものを実現させようとする人間はまともじゃないわね」

 両手を広げて、楽しそうに語るルージュ。そんな彼女は、ノワールの隣で、何か言いたげな顔をしているサラを見た。

「どうしたのサラ、何か聞きたいことでもあるのかしら?」

「あ、あの……、魔法というのは、もしかしてあの〝魔法〟のことですか……?」

「そうよ。御伽噺おとぎばなしにも出てくる、あの〝魔法〟よ」

 魔法。簡単に言ってしまえば、『完全な魔術』のことである。

 元々、《奇跡》という特別なチカラを人工的に再現しようとして、その結果、劣化模造品コピーとして生まれたのが『魔術』だ。

 つまり完全な魔術——魔法とは、数万人や数十万人に一人しか扱えないとされる《奇跡》のチカラを、誰にでも使えるようにするためのものだ。

 それはさらに、本来限られた一人に一種類しか与えられない《奇跡》を、たった個人で自由にいくつも扱えるようになるということ。

 この世の生物が望む全てを実現する可能性を持つとさえ言われる《奇跡》を、自由自在に扱うという行為は〝神〟にも等しい。

そんなものをまともに実現させようとする行為はあまりに愚かで、途方もないことである。

「魔法、ですか……」

 それを聞いたサラが驚いたような、茫然としたような表情を浮かべる。

「あまり深く気にしなくてもいいわ、本当にジョークのつもりで言ったことだもの」

「そうですか。では気にしない事にします」

 そのルージュの言葉を完全に信じた訳ではないものの、ノワールは頷く。

「さて、サラがもう相手をしてくれないのは寂しいけれど仕方ないわ。ノワール、さっきガニアスにもらったデータはあるかしら」

「はい、ここに」

 ノワールがデータファイルを開いた状態のタブレットPCをルージュに手渡す。ルージュはそれを受け取ると、指先で画面をスクロールしていく。赤水晶ルビーのような瞳を画面に向け、凄まじいスピードで指先を走らせる。そして僅か十数秒が経ったあたりで、ルージュは目を閉じた。

「うん、大体わかったわ。ノワール、外へ行くわよ」

「今から行くんですか? もう夜も遅いですが」

 窓の外を見ると、既に日は暮れて夜空には星が見えている。

「被害があった推定時刻がほとんど夜中なんだから、今外に行けばもしかしたら犯人に会えるかもしれないじゃない。行かなくちゃ損よ。それに、これ以上被害を増やすわけにもいかないでしょう」

 パチリとウインクをしながら調子の良いことを言って、ルージュはタブレットPCを近くにあったベッドの上に投げ捨てると、真っ赤なドレスを揺らしながら部屋の出口へ向かう。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「どうかしたかしら、サラ」

 焦ったよう声を上げたサラに、ルージュが首を傾げる。

「い、今ので、あのデータを全て確認したんですか……?」

「そうよ?」

 サラは信じられないという顔で、ルージュを見つめている。例の事件の詳細データをマイクロチップに移す作業はサラが行ったので、あの中にどれだけ多くのデータが入っていたかは知っている。被害があった時の状況や、死体の状態、殺された者やその親族、発見した者のプロフィール。この九日間で殺されたおおよそ二十人に対して、余すことなくそれぞれの細かいデータが記載されていたはずだ。その他、この街に住む魔術師の簡単なデータも記されていた。

 立派な貴族である街主の屋敷に、若くして仕える使用人として、そこそこ優秀な自覚はあるサラだったが、そんな彼女でもこのデータを全て確認しようと思ったら、軽く二時間以上はかかるような量。

それをこのルージュという少女はたったの十数秒で閲覧したというのか。

動揺したサラの額に冷や汗が浮かぶ。

——本当にただの変態じゃなかったんだ……。

 そんなサラの気持ちなど知ることはなく、ルージュはサラに言う。

「今から私とノワールは外に行くけれど、サラも来る?」

「い、いえ、わたしはこの部屋のお片付けをしてルージュ様たちをお待ちしております。……あっ、いえっ、しかしルージュ様がお望みとあらば……、わたしは……、わ、わたしは……」

 プルプルと震えて怯えた目でルージュを見るサラ。

 ルージュにサラを怖がらせようとか、そんなつもりは一切なかっただろうが、普通の人間なら、夜中に連続殺人が起こっている屋外に付いて行きたいと思う訳がない。

むしろルージュの場合、連続殺人が起こっているんだから楽しそう行かなくちゃっ、という思考になっているのだが、そもそもルージュは普通じゃない。

涙目のサラに視線で助けを求められ、ノワールは言った。

「いや、大丈夫ですよサラ。大変かとは思いますが、この部屋の片づけをお願いします」

 ノワールとルージュがこの部屋に案内されてから、大した時間は経っていないにも関わらず、この部屋は驚くほど散らかっていた。散らかっている要因は主にルージュが幸せから持ってきた私物であり、よくもまぁこの短い時間でこれだけ散らかせたものだと思う。

「は、はい、分かりました。お任せください!」

 サラが救世主を見るような目でノワールを見て、晴れた笑顔で頷いた。よく見ると、彼女の背後にのぞいている尻尾がパタパタと揺れていた。

「そう、それは残念ね。それじゃあノワール、行きましょうか」

「はい」

 そうして、ルージュとノワールは夜の街に向かうのだった。



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