最終話 同じ夢

11話


『あーやっぱり「そっちの刀」を打ちましたか』


『私は「そっちの私」ではないので勝手が分からないんですがねぇ』


『でもまぁしっくりきますし刀も振れるならこれ以上求めるのは罰当たりですね』


『それじゃあ一番隊隊長、推して参る…ってね!』


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魔導士学校 講義室


血に附す屍と壇上を真っ赤に染める鮮血。たった二十人のテロリストに講義中だった講師は脳髄を撃ち抜かれ、十分と経たず学校は占拠された。生徒に銃口を突き付け、職員棟にいた者は反撃を封じられた。

カタコトな言葉で生徒に問う。「この者は何処にいる」

しかし誰一人として口を割ることはない。家督と呼ぶべき魔法を強化する為に入学したただの研究者であろうと、反撃の手段がなかろうと、誰一人として口を割る者はいなかった。『あの日』見た無能と呼ばれた者でさえ魔法も使えぬ者でさえ立ち向かい勝利を手にした。それは生徒に大きな衝撃を与えた。知識はある才能もある技術もある。自分に足りないのは挑む覚悟である。

拘束を試みる者、学友を護る者、反撃する者。脱出経路を確保する者。誰一人として怯え跪く者などいなかった。


「あっあー、えーっとまいくてすまいくてす」


「初めまして『私』の学友諸君。今職員棟を解放しました。すぐに講師が講義室へ向かいます」


「賞賛やらなんやらは後で誰かにしてもらって下さい。今は必要な事だけ伝えます」


「『理事長の名のもとにあらゆる殺傷、破壊行為を一時許可する』だそうです。これで通信を終わります」



それは噂の人の声だった。きっと一人で職員を解放したのだろう。ならばこれだけ人数がいて機関銃ひとつ制圧出来なくて何が魔導士か。

生徒は声を上げる。ここに居るのは魔法の技術を認められた者達。ここに居るのは強くなると決めた者達。ここに居るのは覚悟と勇気を与えられた者達。

微細な死の可能性を制圧する事など容易い事だった。



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学校を抜け、『あの場所』へ走る。

市街地に襲撃の影響はまるでない。きっとその目的は『彼』を討つ事ではなく、『彼』をそこに連れて行く事が目的だったのだろう。だから私は向かう。そこに親玉が居るはずだから。

針葉樹の森とただの坂道、そこに建つ朽ち果てた山小屋。『彼』の始まりの場所。

そこに佇む四人の兵士と一人の老人。見た目は軽く八十歳を超えている。

老人は私を見て、目を疑うように見開く。

『貴方様はもしや』

そして握っていた槍を置き片膝を着き頭を垂れた。

『私は三番隊、勝田安貞と申します』


『私は、病死されたと聞いておりましたが』


『貴方は一番隊隊長沖田総司殿とお見受け致します』


顔も体もまるで違う。気配か雰囲気でも私を覚えている者がいたらしい。

しかし呆れた。私達はただの浪士。私が誰であれ『彼』が何なのか分かっていながら槍を置く姿に心が冷えていく。

『何故槍を置いたのです。私が誰であれ貴方が誰であれ、貴方が槍を持ち私が剣を握るならここでやるべきことは一つでしょう』

呆けた老人の世話を焼く為にここに来た訳じゃない。

『お待ちください。今、我が国は…』

『どうでもいいです。『私たち』はあの時のやるべき事をやりましたから』

『もう、御国に帰るつもりは無いのですか』

『はい。私が私である前に私はこの体の主を気に入っていますので。さぁ斬り結びましょう』

『……そうでございますか』

すっと立ち上がり槍を取る。年相応の動作の遅延はあるものの握るその手に迷いも躊躇も感じることは無かった。

『しかし、私と槍を交えるのは貴方様ではありません』


『はい、その通りです。きっと彼も貴方なら刀を抜くでしょう』




体の主導権が返ってきた。いいや向こうが勝手に変わったのだから主導権は奪われたままかもしれない。

『こんにちは、状況は多分理解しています』

意識がある中体の主導権を奪われる。それは明確な現実が映されたスクリーンを眺めている様だった。

それが現実で自分の体で起こっている事だとしても「まぁ仕方ないか」とどこか諦めているようだった。

『貴方はきっと強き者なのでしょう。それも私の余生を合わせても追いつけぬ程』

安貞に恨みも怒りもない。ただ一つの理由を持ってこの地を訪れた。

『原さん』に教わった槍術も今まで極めた術理も今持てる全てを出し切ったとて到底敵う相手ではない。

『老人とて手を抜くのは辞めてくだされ。喩え貴方に負けようと、この身が容易く朽ちようと』


『私は強く死にたいのです』


もうこの世に刀剣の居場所はない。ただの武芸、ただの習い事。時代錯誤でその生き方に意味などない。

しかしそれがなんだと言うのだ。あの日あの時、今日この時、剣を交え血を流すそれは一朝一夕にはなし得ず己の尽くした努力と掲げた人生が報われる。機関銃でも爆弾でも感じられない首を獲る喜び。

全てを出し尽くせるのならここで朽ちても構わない。それがあの時多くの武者を走らせた。


太刀を抜く。一振も振ることもなく「使い古した初めての構え」をとる。槍を向け刀を向け互い鼓動を整える。木枯らしも土煙もない。ただ野鳥の囀りが全てを満たしていた。

踏み込む。声も上げずただ殺気のみで会話をするように刃と穂はぶつかる。それは無敗と呼ばれた槍。それは鬼に託された無双の剣。安貞と共に来た兵士はただそれを見つめる事しか出来なかった。

目の前で起こるのは血腥い殺し合い。しかし一挙一動、一時一瞬二人を包み込む空間そのものが誰も立ち入れぬ程強く美しく、声を上げる事すら忘れてしまった。

静謐な槍と獰猛な剣。傷も痛みも気にせずただ寸刻の間に出し切るように奮った。

穂に刃を当てその衝撃で体を浮かせる。しかし首元に迫る刃を槍を縦にして柄で受け止める。

跳ね返されても体勢を整え再び刃を放つ。それを払う槍。

それを出すに値する。手を抜いたつもりはなかったが未熟なそれを出す事をどこか避けていた。

切っ先を向け腰を落とす。


一度は目にしたかったあの方の絶技。


音なく、影なく、容赦なく。


ただ一瞬に放たれる三度の尖刃。「三段突」と呼ばれた新撰組最強を誇る剣。打ち払うことも回避する事も許さないそれを槍を盾に受け止める。

本物には満たない、しかしそれを三段突と呼ぶには十分の威力を発揮した。

体勢が不安定、それはお互い様。しかしそれが秘策なら乗り越えた。しかし安貞見たのは太刀を片手に、もう片方で脇差を握るアドネの姿だった。

遮る物は何も無い脇差は胴を深く裂いた。

命を刈り取るには至らなかったがそれが剣戟の終わりだった。

『ははは…、まさかあの方の剣が「目眩し」に使われるとは』

脇差を収め、菊一文字を持ち安貞の前に立つ。そしてどこか満足げな安貞の腹を貫いた。

『強く、もっと強くなって下され。貴方の行先が見れない事が残念でならない』

槍を強く握り死してなおその場に立ち続けた。



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襲撃は終わった。講師死者八名、生徒死傷者零名。

誰もそれを誇る事無く誰一人として自分の未熟を許す者はいなかった。皆熱心に学び調べ汗を流した。その中には進路を変え軍に志願する者まで現れた。

新聞やラジオでは国内で大きく取り上げられ、遂には『二度目の大戦』に参入する事を決められた。

そんな中アドネは陸軍の招待を断り、魔導士学校へ通い続けていた。

『いってきます』

誰も居ない自室に一言残し講義室へと向かう。

学校は活気に満ちていた。誰もが夢を持ち誰もが高みを目指す。なし得ぬことは無い、それを証明した生き証人が一年生に居る。

「アドネ、この前の論文もう一回見せてくれないか」

「俺の題材に意見を聞かせてくれないか」

「私にあなたのカタナを見せてくれませんか」

帰ってきたアドネは血も刀も知識も誰かの役に立つならと求められれば自分に出来る事を全て請け負った。

『なんか良いように利用されているように思うのですが』

隣を歩く学友はそれを自ら見届け、その上で不満を零す。

『そうかもね。でも僕もセルリアを良いように利用したしそのおかげで今の僕がある』

自分と比べ「彼女」に劣ることに学友はしゅんとする。

彼は色々欠けている。いつかカタナを誰かに譲渡してしまいそうなほど。

『でも与えるだけではいけませんよ?』

『そうだねぇ』

いつのまにか目指すものが変わっていた。

無我夢中にアバウトなサムライではなく明確に精密に道を敷いていった。

それを言葉にすることは難しいけれど一番近く短くまとめると


誰かを導く刃になりたい


気づけばセルリアと同じものを目指していた。

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サムライ・リメイク 芦林 @asibayashi

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