第6話 愛された者

6話


「年老いてから魔眼を手に入れた新人魔道士だよ」

シレアはにっこりと笑ってそう言った。

本を読んでいたら突然真っ二つにしてしまった。

愉快そうに笑うシレアは確かに魔道士であった。それは魔眼を持つからではない。彼は魔眼の研究に努力を惜しまなかったからだ。老後とは思えぬほどの情熱を抱いて毎日部屋に篭もり夜遅くまで研究を続けていた。しかし家内を蔑ろにしている訳では無い。食事はブルーノと妻で囲んだ。ブルーノの世話は率先して引き受けていた。

そんなシレアが大好きだった。魔法に目が眩み、地位に踊らされ、子供を継承者としか見ていない。あの家族は本当に家族だったのか、そんな風にさえ思えるほどの温度差を感じた。

年に数回、シレアは一人で遠出をしていた。毎度毎度子供のように目を輝かせ、帰ってきた時にはぼんやりとした目で笑っていた。シレアが赴いていたのは魔法協会と呼ばれる研究成果を発表する場所だった。彼が研究していたのは魔眼の付与。突然変異、完全遺伝とさえされた魔眼の発現を人工的に行うというものだった。

しかしその研究は貴族でないと言うだけで否定され、いいや否定というよりただの罵倒が投げつけられ、レポートは陰湿な悪口を書かれクシャクシャに丸めて返された。

それをブルーノが知ったのはそれから数年経った頃だった。

「それは私の研究に先があるって事だ。それってワクワクするだろう?」

シレアの研究に必要なのは純然たる「結果」だった。誰かの目に魔法を付与する。それは誰かの視力を奪う可能性があった。

そんな事どうでもいい。自分の目は実験に最適だ。ブルーノはシレアに訴える。腐っても貴族。片目の魔眼の使い方を知っている。ならもう片方の目に付与すれば慣れるのだって早い。けれどシレアはそれを了承しなかった。

彼は魔道士でありながらもとは魔法など使えぬ人間。自分の研究の為、誰かの自由を奪うことはしたくない、許さない。そういう魔道士だった。

だからこそブルーノは救われた。だからシレアが大好きだった。だからシレアを馬鹿にされるのが許せなかった。押し問答は五年続いた。最終的にはブルーノは涙ながらに地に頭をつけた。


計算も解剖学も何もかも身につけ十全な準備のもと行われた実験はいとも容易く成功した。

微細な視力を糧に「視界内で魔力の剣を振る」という魔眼を手に入れた。

シレアはその成功をそして新しく出来た息子を手紙に記してどこかへ送った。

そして帰ってきた手紙をブルーノに見せたことの無いような慈愛に満ちた目で追った。

そして手紙を送った相手が、部屋に飾られた写真の主だということを知った。



初めから嫌いだった、いいや怖かった。今の居場所がアドネに奪われる事が。シレアの一番大切なものが自分では無いことが寂しくて、また簡単に切り捨てられるのかもしれない、そんな気持ちに苛まれた。

だからより優秀により強く。血の繋がりを超える愛情を与えられたかった。


言ってしまえばただの八つ当たりだった。しかしただ嫌ったのではない努力を以て居場所を守ろうとした。

形は歪であれどそこには確かに愛情があった。


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止血していたガーゼとベッドのシーツから流血が溢れ出る。

意識は朦朧とし、指先は冷たく感覚がなくなっていた。

相手は二種類の魔眼を持つ圧倒的格上。魔力の底は見えず無尽蔵に魔法を放つ。時間はない、体力もこぼれ出ている。もってあと三分。けれどそれで十分だった。

あと一振、それが少年に振れる最後の一撃。

走ることもままならず、ただ斬撃と爆破の中を躱す事も切り裂くことも無く浴び続ける。

顔に衝撃波が触れても、腹の縫い跡を抉られても、ただまっすぐ歩き続けた。

歩く姿は怨霊の様だった。血の伝う刀は復讐者の様だった。獲物を見据えるその目は


化け物の様だった。


人を斬る事を厭わぬ目、首を刎ねる事を楽しむ目。それがアドネの物なのか無意識の物なのか、それとも他の誰かの物なのかはわからない。ただ歩くだけで見ていたものは恐れ、その目の先に居るものは一歩も動くことは出来なかった。

刀の間合いに入る寸前で構え、ただ一閃、目にも止まらぬ一振は落雷の如く輝き、そして暴風と共にブルーノを吹き飛ばした。

地面を抉り土埃の中、少年は立っていた。刀を鞘に収め全身から血を流しそれでも倒れることなく相手を見据え気を失っていた。

異様な光景だった。敗者は傷一つなく倒れ、勝者は生きているかもわからない程の傷を負い立っていた。

そしてその口は醜く歪んでいた。


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━━━ねぇ、なんで最後邪魔したの。

━━━そりゃおまんが弱ぁて見てられんかったからじゃ。

━━━なんだよ生まれて間もないバブちゃんの僕のくせに。

━━━何言うとるかわからん。

━━━ところで君いつから僕の中に…


『痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!』


見た事のある天井、そして見た事のある鬼畜。

「傷口に塩を塗る」。それを表現でなく実際にやってのけるんだからこの人は僕のこと恨んでいるのではないかと思ってしまう。

『あのさぁ…、ほんとさぁやめて…?頼むから療養中は優しくして…?』

『そうだな、さっき白衣の男が怒鳴っていたよ』

だよね。二回目だから僕の常識が間違ってるのかと思ってしまった。

『それでどうだった魔法とやらの相手は』

傷だらけの僕を見つめ嬉しそうに微笑む。

『強かったよ。自分の弱さを再確認した』

ただまだ日本語に変換できない言葉が浮かんだ。

『なんて言うかわからないけれどまだまだ強くなれると思うと「ワクワクする」。セルリアわかる?』

『いいや、さっぱりわからん』

セルリアは小さく笑って、僕の手を引いた。

『わからんが君が今すぐにでも鍛錬がしたいことくらいはわかる。白衣のやつがなにか言っていたが多分関係ないことだろう』

『それ絶対ドクターストップってやつだよ。ベッドから動かすなってことだよ』

『もたもたするな』

無理やり体を起こすと縫い跡に隙間がうまれ血が溢れ始めた。

結局、その日のうちにセルリアは出禁となり僕は窓ひとつ無い病室に移された。


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アドネが病室を移されたの数刻後、その隣のベッドに寝ていた少年はどこか不満げな顔をしていた。

聞きたくなかった言葉を聞いた。文面は読めないけれど、あの口からは聞きたくなかった言葉を聞いた。

少年は傷一つ負っていなかった。けれど最後の一振は客席にまで突風が吹いた。衝撃に乗せられ壁に頭を打ち気を失った。脳にその影響がないかその検査の為今晩は病院で過ごすことになっていた。

━━━━━━━━━「ワクワクする」…か。

それはシレアが批判される度、感じていた諦めと情熱の混ざったあやふやな感情だった。

否定していたヤツの口から一番聞きたくなかった言葉。

もう決闘の前のような感情は抱けなかった。

机に置かれたシレア宛の便箋に書こうと思っていなかった事を書いてしまっていた。

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