第5話 刃を持たず、目を持たず
演習場
兵士を育成する学校。そう豪語するだけあって生徒同士の演習や魔法の実験をする為の巨大な演習場を学校は用意をしていた。志高い生徒達が競い合い切磋琢磨し己を高め合う…。
「ああ、本に囲まれて育ったんだな」
そう思われても仕方ない思想をもとに建てられた巨大な演習場は国が関わる学校という事もありそれはそれは豪華な作りになっていた。全校生徒を集めてようやく埋まる観客席、そんなに広さ必要?と言われそうな土のフィールド。一学校が持つには荷が重い代物だった。
それに加え、そもそも魔法は学問であり競技ではない、それだけで使用する生徒は半減。実験だってこんなただ広いだけの更地より自室を研究室に改装した方が効率的である。当然使用者は減少。
国が関わる、とは言ったものの年に二度、入学、卒業式に政治家が顔を出す程度、この演習場に足を運ぶことなんて開校から数えても片手で足りる。
結局、一年次の実技試験以外、立ち入る者は清掃員くらいのものだった。
この日までは。
西の入場門を潜ったのは銀髪の使い魔を連れた少年だった。
手には脇差を一振持ったアドネは周りを見渡し、何か気まずそうに眉をひそめた。
『なんでただの喧嘩にこんなに人が集まるのかねぇ』
彼らをぐるりと囲む観客席には生徒に教師、なぜか用務員まで所狭しと腰掛けていた。
『緊張してるのか?』
『いや、ただドン引きしただけ』
中央に立つ金の髪に、二色の目を持つ「彼の敵」はどこかどこか余裕のある、けれど真っ黒な嫌悪を抱きアドネを見つめていた。
「これどうやったの?ただの喧嘩になんでこんなに人が集まるのさ」
「お前がボコられるのが見たかったんじゃねぇの」
「趣味が悪いなぁ、君もみんなも」
ただの喧嘩、アドネの言った言葉は正しい。けれど違うとすれば教師が了承し、審判の付いた正式な決闘とも言えることだ。
「それじゃあ立ち話もなんだし、始めよっか」
アドネが金髪の少年から離れ礼を一つすると審判は開始の合図を振り上げた。
ブルーノの赤い目が輝く。正確には目に刻まれた刻印に魔力が流され魔法を発動した副作用として輝く。
速度、角度、方向、切れ味、その全てを見ただけで処理し発動する。
『見たものを切断する』
魔眼と呼ばれるそれは発動時間も刻印の精密さも貴族の中でも群を抜いている。
現役の兵士でさえ容易く葬るそれをアドネは切り裂いて見せた。
ただ闇雲に刀を振ったのではない、とうの昔に知っていたのだ。彼の魔眼は視界内で剣を振ったのと同じ、透視や見たものを死滅させる魔眼と呼ぶべき魔眼とはひと味違う。いわば見えない剣士がいる。アドネはそう解釈していた。
彼が刀を降った先で次々と行き場の失った魔力が空間が歪むようにぼやけて消える。まるで見えているかのように正確に魔法を切り続ける。当然見えている訳では無い、アドネのそれはただの勘と呼ぶべきものだった。
見えない斬撃を切り裂きながら大きく息を吸い数瞬の間に刃を鞘に収めると、地を割るように、土を抉るように地面を蹴った。一瞬の間に脇差の間合いに持ち込むと、一閃の刃、その風圧がブルーノの頬を掠める。
勘も脚力も抜刀術も、全て師を超える為の努力の一端であった。
ブルーノが魔眼を発動しながら距離をとるとアドネはそれを尽(ことこど)く切り裂いた。
『斬るべきだと思うなら斬ればいい』
アドネの頭に付いたその言葉は彼の頭をぐるぐると回っていた。
━━━━━━この勝負に負けたくない。けれど僕が持っているのは刀、人を斬るもの。では鞘で殴る、峰で打つ、それは手加減ではないか?
そうして彼は理解した。師が自分に望む、勝利の仕方。刃を以て傷つけず勝負をつける。
『…難しいこと言ってくれる』
赤い目が輝く。無数の殺意を感じ取る。
アドネは避けることも無く空気で肺を満たし、刀を振り上げた。斬撃が体に触れる寸前で砕くように地を踏みつけ一振、全力で空を斬った。
『見事』
少年の後ろで座っていた使い魔がニヤリと笑う。
間合いでも何でもない一振は、当然目には何も映らなかった。しかしその突風と衝撃波は周囲で発動していた斬撃を全て打ち消した。
大太刀でも薙刀でもないただの脇差は師の鉄塊とすら呼ばれた大剣をも凌駕してみせた。
『なるほど、これか。…でも』
たった一振、しかし手の皮は千切れ、足首を捻挫、さらには腹の傷がまた開いた。
━━━━━━そう何度も使えるものじゃないか。
また息を吸う。刀を握り再び走り始めた。
ブルーノは無数の斬撃を放つ。
多く多く多く、ただアドネの想定外を狙う。
しかし足首を狙っても、同時に首を狙っても、体を落とし、体を捻り、打ち払う。
自分の知っているただの能無しではない。確かに力をつけていた。
認めたくない、忘れられない、「使いたくない」
しかし眼前にアドネが迫った瞬間、刃が迫った瞬間、本能的に彼の右目が青く輝いた。
刃を跳ね除け、アドネは血を溢れさせながら後方に吹き飛んだ。
ブルーノは左右で別の魔眼を保持していた。
左目は切断、右目は発破。彼の家、アゴスト家が受け継いでいるのは『青く輝く発破の魔眼』だった。
使いたくなかった。けれどそれ以上に認めたくなかった。目の前の「愛された者」がそれ以外も自分より上にいる事を。
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彼が物心がついた頃、父の声を聞いた。
「育てば処理が面倒だ」
その言葉でその家での自分がどういう存在かを知った。
アゴスト家、それは国内有数の魔道士貴族であった。
代々青い目を受け継ぎ、代々その力を強めてきた。
けれどその代に産まれた赤子の目は赤かった。正確には右目は青く、左目は赤い、オッドアイと呼ばれるものだった。
物心がつき魔眼を使用できるようになれば、その力を確かめよう。刻印は長男がより強く受け継ぐ、つまりは次に産まれるのは「これ」以下かもしれない。そんな蜘蛛の糸を掴むように行われた実験は、家の名を無くすような大失敗に終わった。
彼の魔眼、その右目は父の半分にも満たない、数人を瀕死にする程度の威力しか持たなかった。左目はなんの能力も持たない魔眼とは呼べないただの目だった。
調べられては困る、養子には出せない。
処分するにも貴族と言えど殺人を揉み消すにも手間とリスクがかかる。
「目をくり抜いて捨てる」
父の口から聞こえたその言葉が聞こえたと同時に家から飛び出した。
走って走って、たどり着いた村で一人の男に拾われた。
山のように積み上げられたレポートと部屋を埋め尽くす写本の壁。男も魔眼を持つ魔道士だった。
名を名乗った。男はアゴスト家を知っていた。匿えば貴族を敵に回す、そう分かっていても男は優しく頭を撫でた。
「私はシレア、シレア・ベリオ、年老いてから魔眼を手に入れた新人魔道士だよ」
シレアはアドネの祖父に当たる者だった。
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