第4話 己を決める
4話
夏が来た。と言っても「あの日」から三日と経っていない。当然腹の穴は塞がっていないし、さりとてセルリアによる「指導」が止むことは無い。そんな今日という日、担任の教師が現れ、僕を学校の理事長室へ連れ出した。
そこには軍人さんらしき男性とその隣で腰を低くしている学校の理事長が僕を待っていた。
そこで様々な説明を受けた。長くて長い話を要約すると「君がちょっと前斬った人さ、あれうちが戦争してる敵国の人なんだよね」
「そんで、相手が君を殺そうとしてたとはいえ、幾ら敵国とはいえ殺人は犯罪なんだ。けれど勝手に入国してテロでも起こされたらこっちもヤバかったから君を犯罪者として捕まえるのは気が引けるんだ」
「だからさ救国の栄誉、我々に譲ってくれない?」
…とそんな感じだった。僕がやったことを軍人さんがやったことにする。両者ウィンウィンだよね?とのこと。
「どーぞどーぞ。よろしくお願いします」
即決だった。こっちとしてはセルリアについて行っただけで僕の「ハジメテ」を奪われその上罪まで被るのは納得できない上、栄誉とかよく分からないものは僕には必要なかった。
軍人さんはニッコリと笑って
「ありがとねぇ〜」
と言って帰っていった。理事長は最後まで空気だった。
それからまた三日後、セルリアは担当医を「説得」し抜糸する前に僕を退院させた。
『君も鍛錬したかっただろ?』
どこか嬉しそうに手を引くセルリアと、それを見守る看護師さん。笑顔がガチガチに固く手の震えが止まらない様だった。
ずっと気になっていたんだけどなんで病院に剣背負ってきたの?
薄々気づいているが考えないことにした。
バスを乗り継ぎ学校の門をくぐる。寮に着いたのは日が暮れた頃だった。
『さて』
僕が扉を閉めた瞬間、突然刃が降り注いた。
部屋は真っ暗でほとんど何も見えないけれど僕とセルリアしかいないだろう。となると誰が何をしたのかなんて簡単に想像が着く。
『あのさ戦国時代でも扉開けたら戦場でしたってことは結構稀だと思うんだけど』
見える見えない以前に怪我人にいきなり大剣振り下ろすような人は多分彼女しかいない。
『はは、回避ではなく受け止めるとは少しは成長したんじゃないか』
鞘から見える一寸ばかりの刃は鉄塊を受け止めていた。
『ならばこれからはもっと鍛えてやらねばな』
嬉しそうに笑う鬼(セルリア)による猛攻は彼女が眠りにつくまで続いた。
朝日が昇るより先に刃が降り注いだ。曰く「モーニングコール」らしい。
寝不足と血液不足、毎日縫ったところを執拗に狙う鬼畜によりシーツは毎朝真っ赤に染まり、寝巻きの替えはとうに尽きていた。
療養休学をいい事に朝昼晩ボッコボコにされてやっと今日という日が訪れた。
以前の制服が「大きな虫食い」と「真っ赤なペンキ」で汚れていた為、真新しい制服を纏い僕は学友など一人もいないけど愛してやまない待ち望んだ教室へと向かった。
…と、その予定だったけど、登校途中でガーゼがキャパオーバーを訴え、真っ白なワイシャツがジワジワと着実に赤く染っていくことを確認した僕は職員棟へ足を進める。
「おい」
やばいこんなの見られたら誰か殺したみたいじゃないか。いや間違ってないけど色々まずい。
先日は扉を開けたら大剣、けれど今日は道すがらに拳が飛んできた。
すっと、体を捻り避けるとそこには驚いた様子で僕を見つめる少年がいた。正確にはブルーノがいた。
「…なにか用かな」
いつもと同じ、僕は笑顔を浮かべ、彼の言葉に耳を傾ける。血が染みようと、立っているのが辛いほどの痛みに耐えて言葉を吐き出した。
「ほら、僕ってダメダメでさ」
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アドネは荒い呼吸をしていた。止血もせずヘラヘラと笑い続ける彼に私は苛立ちを覚えた。
『ありがと』
流血は靴下にまで染み込み、誰も居ない医務室に辿り着くや否や青白い顔をしてベッドに倒れた。
隣のベッドのシーツを破り、止血をする。傷は未だ開いており血が絶え間なく流れていた。それでも笑顔を浮かべ、謝り続ける彼に自然と言葉が出た。
『君はなぜそこまで自分を卑下しているんだ』
足を踏まれても罵られ嗤われようと彼は受け入れ、笑顔を作る。
『自分が一番下ってよく分かってるからさ』
才能も努力の意味もない。勉強して勉強して勉強しても、みんなに追いつけない。血液から魔力は検出されてもそれを行使する技術も能力もない。
『一年間ずっと味わったんだ。自分が如何に不器用で能無しかなんて』
意識を失いそうでも、卑屈な言葉を言い連ねる。
『別に魔道士目指してる訳じゃないけど、サムライになる為に、退学にならないように頑張ったんだけどさ、身を結ばないっていうかまるで意味がなかったんだよね』
『理屈も方法も分かってるんだ。魔力も知識もあるんだ。でも何も意味がなかった』
『結構頑張ったんだけどなぁ』
アドネの部屋は本で埋まっている。偉人伝や兵法ばかりに目が行くが、部屋の一角を魔法に錬金術、召喚術が占めていた。夢に走った、けれど彼は他を蔑ろにした訳じゃない。ずっと努力して私を呼び出す術すら生み出した。人が脳の全力を発揮できないように、彼に棲(すま)う魔力は彼には扱えない。きっとこれまで何度もこの壁に挑んだのだろう。何度も飛び越えようと、何度も打ち砕こうと研鑽を重ねてきたのだろう。そしてその度身を削り、心を砕いてきたのだろう。
なら言ってやらねば
『知識があれば策は広がる。努力を止めねば必ずその者に刃は届く。それが剣というものだ』
前を歩く者を見上げ走ることは私が一番よく知っていることだ。伸ばした手が空を切る感覚など私が一番よく知っていることだ。
『負けたくないなら走り続けよ』
『「意志あるところに道あり」、君も知ってるだろ?』
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止血後、目を開けると思っていたより太陽が登っていた。どうやら軽く目を閉じたと思ったら気を失っていたらしい。
昼休みが中盤に差しかかる頃合だった。
立ち上がると目の前は真っ白になるし、体が冷たく感じる。そんな貧血らしき症状は慣れてきた。
『起きたか』
『おはよう、まさかセルリアの前でこんなにぐっすり眠れるとは思わなかったよ』
『何度か振り下ろそうとしたのだがな、もうすこし危機感を持った方がいいぞ』
それ危機感持たなきゃいけない元凶が言う言葉じゃないよ。喉元まで登った言葉を飲み込んだ。
昼食を終え、教室へ向かう途中、本日二度目の『彼』
が僕に話しかけてきた。
「講義サボって寝てたらしいな」
彼はヘラヘラと笑いながらグチグチと本人の前で嫌味を並べる。実技の試験はまぐれだ、進級もできない出来損ない、彼は僕が気に入らない、その気持ちを率直に伝えてくる。一年生と二年生だから、というより僕を根本的に気に入らないらしい。気に入らないなら話しかけないで欲しいものだ。
「お前みたいな…」
「僕さ、多分君の事嫌いなんだと思う」
唾を飲むとはっきりと言えた。
「用事が無いならもう話しかけてこないで」
言葉と同時にまるで興味がなさそうなセルリアの手を引いた。
彼を通り過ぎてすぐ、脇差は魔法を切った。
正確にはブルーノが放った魔法を背に抜刀。刃に触れた魔法が切れた。
『魔法が物理に影響するならば、魔法も物理で破壊することもできる』
去年の秋頃にレポートに纏め頭に入れていた事だった。
「たかが使い魔を引き連れたくらいで調子に乗んな」
ブルーノは苛立ちを露わにこちらを『見て』いた。
「土人形(ゴーレム)くらい、ガキでも壊せんだよ」
『セルリア、ガキ扱いされてるよ。フフ』
『死にたいのか?二人とも』
「貧国の腰抜け程度━━━━━━━━━」
なんというか、安い売り言葉なんだけど買ってしまった。
「それは、言っちゃダメだよね」
喉元に刃を触れさせた。
彼の魔法を跳躍で躱すと、彼は焦りの匂う笑みを浮かべた。
「放課後、演習場に来い。腰抜け共々殺してやるよ」
『で、あいつはなんて言ってたんだ?』
講義を終え、脇差片手に演習場に向かう道すがらニヤニヤとしながら僕の脇腹をつつくセルリア。
『君を怒らせるとはなかなかの饒舌だったのだろう。君は殴っても殴っても怒ってはくれぬからな』
『ははは、セルリアの講義も気にしない寝相と、生徒でもないのに食堂で馬鹿みたいな量を食べる傲慢さが気に入らなかったらしいよ』
『これ以上どう慎ましやかに生きろって言うんだ君は』
『いや、僕じゃなくて……。あ、はい言い過ぎました。調子乗りました。ごめんなさい。許してお願い、お願いだから『それ』を下ろして!目が本気なんだよ。殺意ムンムンなんだよ!!痛い!!』
『君は簡単に口を割るな』
『いやぁ…思い切りの良さは定評があるんだ』
『君は緊張すると頭の中いっぱいになるタイプなんだな』
『面目ない』
目の前の扉の隙間から光が盛れる。暗くて顔は見えないけど多分僕の方なんて向いていないだろう。
『斬りたくないなら斬るなよ』
『…はは、バレてたか』
肉を貫く感覚、内臓の柔らかな感触、溢れ出る血液の温もり。人を切る者に憧れて、その道を歩むと決めた。けれど刀を握る度手が震える。
「生きて帰るにはそれしか無かった」
それしか自分を正当化する言葉は浮かばなかった。
『君は間違ってなどいない。しかし正しくもない。自分の為、誰かの為、何かの為、人を殺める事に善も悪もない』
『斬るべきだと思うなら斬ればいい、斬らぬと決めたなら斬らなければいい。自己満足でも自分を見たし続けなければ先にあるのは自責と自害だけだ』
気だるげに興味無さそうにしつつ、いつでも僕に言葉をかけてくれる。道を示してくれる。僕が怒ったのは夢を汚されたからじゃない。セルリアを侮辱したからだ。
『そういう座学の類ももうちょい増やして欲しいな』
『ほら、ご学友が待っているぞ。さっさと行ってやれ』
『うん、いってきます』
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