第35話 逃走 Escape!! 03

「ええ、そうです。そういうことになりますね。……ただ、彼もこの世界のことは詳しく分かっていなかったそうです。パラレルワールドは認知こそ出来るものの、それを実際に見ることは出来なかったそうですから。そして、この世界の人達は、この世界より科学技術が進んでいるもう一つの平行世界からの技術を多数取り入れました。運が良いことに彼は科学者でしたから、それについての知識は持ち合わせていた、ということになります」

「……でも、普通に考えて、何も交換条件なしで教えるとは考えがたいけれど。さっき言っていた交換条件は、早々に実現出来るものじゃなかったってことか?」

「彼が必要としていたのは、その当時、この世界では化石とも呼ばれるような代物でしたから……。動いていないジャンク品なら簡単に見つかったでしょうけれど、動いている品を見つけるのは簡単なことではありませんでした」


 まるで、目の前でそれを見たようなことを言ってのけるんだな。

 いや、このスピリトゥス5号は、年齢が不詳なところがある……。となると、やっぱり昔からこの世界を眺めていた、観測者ということになるのか? となると、5号というネーミングが気になるけれど、そこについてはあんまり考えない方が良いのだろうか?


「……近くて遠い、とだけ言っておきましょうか。少しだけ正解には近づいたような気もしますけれど……、やっぱりまだまだ見えないものがあると思います。そして、それはこちらから意図的に隠している訳ですから……、それを見えないと言い張るのは当然の権利です。寧ろ見えていないのに見えているように言い張る方が、今後のやり方的に宜しくありませんから」


 理詰めで話を進めていくタイプなのだろうか――とぼくは思った。スピリトゥス5号は何を考えてぼく達をこんな場所に連れてきているのか、それについては未だ話が纏まりそうにないけれど、出来ることならさっさと解答を得たいところでもある。しかしながら、その正解が導けないのであれば、このまま突き進むしかない。ここで後退したところで、何かより良い正解が得られるか――と言われると答えはノーだ。どう足掻いても良い方向に転ぶ訳がない。であるならば――、このまま進んでいくことが正解であると思うしかないのかもしれない。結果的に悪い方向に転がっていったとしても、それは巻き戻すことは出来ないのだから。


「……で、さっきからあんたは何処にわたし達を向かわせようとしている訳? あんたは見た感じ、こちらの味方でも敵でもありそうなポジションではあるのだろうけれど……、はっきり言って今の状態じゃどっちだかは分からない……。でも、今のところは何とか信じてあげようと思っている。でも、今の状態じゃ……あんたを信用出来ない。あんたは何処に連れて行こうとしているの? それぐらい、わたし達に話すことが出来るんじゃなくて?」


 メアリの言葉は、えらく当たり前のことではあったけれど、それについては完全に同意するほかない。ぼくもメアリも、そしてヒーニアスにリッキーでさえも……、今の状況については疑問符を浮かべざるを得ないのだから。

 何処へ向かって、何をしようとしているのか。

 せめて、それぐらいははっきりしておかねば何も始まらない。


「そうですね。それについて語るとするならば……、先ずは実物を見てもらわないと始まらないと思います。この世界の暗部、それでいてこの世界の未来。……人間が目指している未来の一つの終着点、ですよ」


 扉が再び現れた。今度はカードキーを使うような場所も見当たらない。


「……この先に、何があるって言うんだ?」

「この先に広がっているのは――この世界の真実。そして、この世界をどうするのかはあなた達が決めること。でも、もう分かりきっているのかもしれない。……あなたが、彼女を手に入れたその時から」


 そうして。

 ぼく達はようやくその扉の先を見ることが出来た。


「……ここは、」


 そこにあったのは、子供部屋と言えるような空間だった。積み木や鉄道といった玩具が並べられていて、床はリノリウムの床ではなくその上にパネルを敷き詰めたような感じになっている。そして、その天井には――青空の絵が描かれていた。


「これは、世界の最先端、その縮図。……先程、魂について言いましたが、その続きと顛末についてお話ししておきましょうか」


 椅子に腰掛けるスピリトゥス5号。

 ぼく達もそのまま近くにあった椅子に腰掛けた。

 逃げようとしているのに、こんなにゆっくりしていて良いのか――なんて思うのだけれど、スピリトゥス5号が良いというのだから致し方ない。今は彼女の命令に従うしかなさそうだ。少なくとも、プネウマの秘密を解き明かすにはそれが一番の近道に思える。


「魂はいくつかの器に分けることを始めました。何故か分かりますか? 今、スチーム・タートルは幾つあるかご存知ですか」

「いや……、他の場所には疎いからね」

「一応、全部で十個あるのです。そして、その十個がそれぞれ違うところを移動している……訳ではなく、連なって移動している。だから、他の都市への移動も容易に出来る。けれど、これは常に行っていたら不味いということは想像出来ますかね。あるリスクを抱えているのですよ」

「リスク?」

「……確かに、全人類を集中して配置していたら、もし何か……スチーム・タートルが爆発とか、大規模な災害があった時にバックアップ出来ないわよね。それこそ、それが起きたら人類という種が消滅しかねない」


 メアリの言葉にぼくは頷くばかりだった。確かに、そのことはあんまり想像出来なかったけれど――しかし、言われてみるとその通りだった。スチーム・タートルが存在する以前は――人間はこの世界の至る所に住んでいたのだ。そして、それぞれの生活を営んでいた。少ない資源を奪い合い、時に助け合い生きてきたのだ。しかし、戦争によって全てが消失し――、より人間の資源は少なくなっていった。それによって生み出されたのがスチーム・タートルによる移動型都市であるのだから、それの意図を完全に無視してしまう。


「……ですから、スチーム・タートルは最終的にそれぞれが独立して動かなければなりません。けれど、それをすることでもやはり管理者は必要になる。よって、スチーム・タートルに『魂』を搭載しようという動きは、そう珍しいことではありませんでした」

「機械に、魂を搭載しようってことか? でも、それならロボットと何一つ変わらないような……。『魂』を搭載することで何が変わるのか分からないけれど」

「魂を搭載することで何を変えようとしていたのか……。それは分かりません。けれど、最終的に彼らは十人の肉の器を作り上げ、それぞれに魂を注入しました。そして、その存在に、彼らはこう名付けました……、『精神スピリトゥス』と」

 

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