第32話 休憩と計画 Intermission. 11

「……おい、何か考えているならさっさとそれを口に出したらどうなんだ?」


 痺れを切らしたリッキーがそんなことを言い出した。幾ら何でも見ず知らずの人間に喧嘩を売ろうとするのはどうかと思うんだよな……。そのままやってしまうと、幾ら初対面だからって気を悪くしそうな気がするのだが――。


「……分からないのか? 何故おれがここに居るのか」


 質問を質問で返された。正直、想定内ではあったものの、いざそれをされてしまうと返答に困るものだった。別に悪気はないのだろう――と思いたいけれど、実際のところどうしてそんなことを言い出したのか聞いてみたいところはある。

 それにしても、何故ここに居るのか分からないか――か。ということはこちらに非があるということか? そして、それを認めろ、と。正直、そんなこと言われても困る……。自分のことを思い返してみても、誰かに卑下されたりするようなことは思い出せないからだ。それとも、自分は知らなくても他人を何処かで傷付けたりしていたのだろうか? だとしたら、ぼくは気付けない。そして、もっと言ってしまうと――そんなことになるような経験すら思い出せない。これはとうとう悪質なものになってきたぞ、と思いながらぼくは一先ず返事を用意することにした。


「……申し訳ないが、覚えていない。名前だけでも教えてくれないか? もしかしたら頭の片隅に残っているかもしれない」

「…………あんた、それどう聞いても皮肉たっぷりで火に油を注いでいるようにしか見えないのだけれど?」


 あれ? そうだったかな?

 そんな思惑は一切ないのだけれど――、しかし他人からそう言われるということは、そういう風に感じる人が多いんだろうな。メアリの価値観って割と普遍的なものだ――だと本人が自覚している――から、彼女の価値観がそのまま世間の常識に照らし合わせられることが多い。ということは裏返しになると、ぼくの価値観は世間一般とは違うということになるのだけれど、それについては否定しない。ぼくは敷かれたレールをそのまま走ることが出来るほど、素直な人間ではないからだ。そこについては、ぼくの長所でもありウィークポイントでもある。


「そんなところを長所にしてどうするのよ……。まあ、それは別に良いのだけれど、で……、実際はどうなの? どうしてここまでやって来たのか教えてもらえないかしら。この短期記憶が皆無のライトに教えてあげて」


 ひどい冗談だな……。ただ、何故こいつがここにやって来たのかだけは聞いておかないといけないよな。実際、何度考えたって結論は出て来ないのだから……、だったら答えを聞いてさっさと納得した方が良い。


「……我々はある物を回収するためにやって来た。それは分からないか?」

「回収?」


 何か変な物でも拾ったっけ?

 ……と、惚けてみても無駄だろうな。


「クックック……、分かっているなら話が早い。だが、順を追って説明しよう。我々は上層街にあるとある研究施設……、その施設に務める職員だ」


 さっきから一人称が我々なんだが、見た感じ一人しか居ないんだよなぁ……。

 残りの人間、何処に隠れているんだ?


「回りくどい言い回しだな……。結局、何が言いたいのか全然見えてこないぞ。ちゃんと教えてくれよ。それとも、空気を読めとでも言いたいのか?」

「……分からないなら、分からないで構わん。だが……」


 空気が――変わった。

 さっきまで一人しか居なかったはずの男は、何人かに分裂して――ぼく達を取り囲むように立っていた。

 無論、ソファや壁で囲われている部分は仕方ないにせよ――、このままではぼく達は出ることも出来ない。


「……いったい何のためにこんなことをするんだ? まさか、」

「そのまさかだよ。分からなかったのか? お前達と一緒に居る『それ』のことだよ」


 それ。

 人間ではなく、モノのように扱った言い方だ。

 そして、その意味は何なのか……、ぼくにだって分かる。分からない訳がない。


「プネウマ……のことか?」

「ほう。プネウマと良く分かったな……。ああ、そうか。確か製造番号として書かれているんだったかな。あの耄碌した爺にも困ったものだ……。我々が頑張って研究してきたそれに、情でも湧いたのか……。だとしても、我々にはそれを追いかける幾つものシステムが備わっている。そう簡単に逃げ出すことなど、出来やしない。それを分かっていたのかいなかったのか、あの爺はどう思っているのかね……。口を割らなければ大丈夫とでも思っていたのか……。だとしたら、滑稽だな。そんなことをしなくとも、我々はここまで辿り着けるというのに」


 べらべらと良く喋る男だ……。こちらが聞きたいと一言も言っていないのに、色々と情報を流してくれる。こいつは味方なのか? いや、それはないか……。幾らウルトラCな展開があったとして、実はこいつが味方でした――なんて展開になったら、それはそれで人間不信に陥りそうだ。


「……おれは、別にお前達に感情移入した訳でもこれを逃そうとも思っちゃいない。何故ならそれはスチーム・タートルの……、いや、今後の人類の未来のためには、必要不可欠な存在だからな。それを如何にして成し遂げるか……、それが我々の希望だった。そして、ついにそれは実現出来る段階まで到達したのだよ。……何だと思うかね?」


 何だろうね。人間が定期的に成し遂げたいと思うこと。そりゃあ、凡百の人間にはあまり想像出来ないことだろうけれど、時たまにそういう想像をして、そしてそれが現実になるためにはどうすれば良いかと色々計画をして、そして実現させようとする――それなら、たった一つしか思い付かないね。


「例えば……神になろうとか? 人間はこの世界において強大ではあるけれど、実際の管理者……トップに立っているのは神だ。神そのものになるのは難しいのかもしれないけれど、神に近付こうとする存在が居ても何らおかしくはないと思うけれどね」


 それを聞いて、男は一笑に付した。

 何だよ、不正解なら不正解と言ってくれよ。きちんと意見を述べたぼくが恥ずかしくなる。


「いや、悪かったね。……君とは良い話が出来そうだ。このような出会いでなければ、きっと仲間にはなれていただろう。だが……、今回ばかりは致し方なし」


 刹那、ぼくの頭に衝撃が走った。それは言葉通りの意味にほかならず、そのままぼくは倒れ込む。プネウマは無事なのか、と思いそちらを眺めるがどうやらプネウマ以外の人間に何らかの外的衝撃を与えただけで、プネウマは大切に保管するつもりらしい。一応、それなりの待遇をするということか……。ぼくはそんなことを考えながら、そのままゆっくりと眠りに就くのだった。動けない身体を、怨みながら。 

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