第31話 休憩と計画 Intermission. 10
「……で、話を戻すけれど、ほんとうに何か良いアイディアが浮かんだの? はったりを言っているならば、わたしはあんたを許さないけれど」
怖いな。いきなりそんなこと言わないでくれよ……。ただまあ、そう言われるのも仕方ないかな。ぼくはずっと戯言を述べていた訳だし、それこそのべつ幕なしに話を続けていた訳だからな。その話の内容には一切の価値がなく――無価値と言っても差し支えないぐらいのクオリティだった訳だけれど、それについては聞き手であるメアリもリッキーも全然反応してくれなかったのだし、別にぼくが百パーセント悪い訳でもないような気がする。責任の押し付け合いと言われればそれまでだけれど、ぼくとしてみては別に悪いことは何もしていないのだ。
聞きたくなければ耳を塞ぐなり無視するなりすれば良いのだから。
聞かせる権利はあっても、聞く義務はないのだから。
「なにモノローグを一人で完結させているんだか。……今はそんなことを話している場合じゃなくて、ほんとうにアイディアが浮かんだのかどうか、それについて議論を重ねていきたい訳だけれど? まさか今のは出任せ……なんて言わないでしょうね。だとしたら、どうなるか分かるでしょうね……」
分かっている。分かっているから、その拳を下ろさないか。ここでリアルファイトなんてしたら、どんなことになるのか分からないのか。それに外仕事が多いお前と、頭脳労働の多いぼくと比べたら――あっという間に勝負は決着が着いてしまうだろうよ。それを理解した上でのその行動なら、はっきり言ってアンフェアだと思う訳だけれど。
「アンフェアよ、アンフェア。でもそんなことを言っていられる立場かしら? 早くあんたのアイディアを言わないとどうなることやら……」
「分かった、分かったよ。……やっぱり、プネウマが言った『空』というのは文字通り……天空のことを言っているのだと思う。となると、天空が見える場所でプネウマは過ごしていた、ってことにもなる。そうなると最初の歯車の意味合いがどう変わってくるのか、って話にもなるのだけれど……」
「……そうよね。歯車の意味はどうなるの、と言われたら簡単に答えは出せないわよね。そこについてはどう考えているの?」
「ぼくは、どっちも正しいと思っているよ。プネウマの記憶が混濁している可能性も、はっきり言って捨て切れない。けれど、それについては今考えないことに決めた。その方がやりやすいからね。……で、そう考えるとしたら答えは一つしか浮かばない」
「一つ?」
そう。それもとびっきりのアイディア。
「プネウマは歯車のある部屋で拘束されていたのだろうけれど……、その他に大空の見える場所、つまり上層街でも住んでいた。だから空の記憶があるってことだと思う。ぼく達下層街に住む人間は、空を見ようったって、上を見上げても上層街の底辺しか見えないのだから、青空を見ることは敵わない訳だからね」
敵わないし、叶わない。
それがこの都市のシステムだからだ。
「まあ、それについては後々語ることとして……、問題は上層街ということよね。どうやって上層街に忍び込むつもり?」
未だぼくは何も言っていないのだが、この探偵は早くも上層街に忍び込むことを考えているようだった。いやはや、考えが追いつかない。探偵よりも泥棒の方が向いているんじゃないか? アルセーヌ・ルパンになれるかもしれないぞ。ルパン三十世ぐらいは名乗ってもバチが当たらないんじゃないか。
「嫌よ、そんなの。第一、わたしはアルセーヌ・ルパンを先祖に持っている訳でもないのだし……。そんなに気に入っているならあなたが称号を引き継げば? そうなったら、わたしは逮捕する立場になるけれどね」
ということはお前はとっつぁんか。
剣の達人――何でも切れるけれど、豆腐は切れない刀の持ち主――と凄腕のガンマンも用意しておかないとな。後は女スパイとか?
「ノリノリで妄想しているところ悪いけれど、上層街にはどうやって向かえば良いのかしらね……。リッキーさん、あなたそういう情報仕入れていないの? 中央塔に入ることが出来るなら、それぐらい」
「簡単だ、って言いたいのか? 言わせてもらうが答えはノーだな。中央塔は結構管理態勢が厳しいんだよ。当然と言えば当然だけれど、上層街の人間に危険が及ぶかもしれない、という訳でおれ達下層街の人間はIDで分別されて絶対に入れないようになっているんだ。だから、中央塔に入ることが出来ても上層街へ向かうエレベーターに乗り込むことは出来るかもしれないが……そこから上に登ることは先ず出来ない。はっきり言って、上層街に知り合いでも居ない限りな」
リッキーはコーヒーを飲みながら言う。そう言われても困る……。ただまあ、それは彼だって同じことなのだろうけれど。ぼく達が悩んでいることを、出来ることなら解決してあげたいと思うのかもしれない――それが人間の義理人情ってもんだろう――けれど、それが解決出来る具体的なアイディアが浮かんでいない限り、簡単に首を縦に振ることは出来ないだろう。何もアイディアが浮かんでいない時点で首を縦に振っていたら、それは無計画ということになってしまう。無計画で、無頓着で、無理難題を簡単にやると言ってしまう……。そりゃ、言った立場の人間からは重宝されるかもしれないけれど、いざ受け入れた側の立場になって考えてみると、簡単に無理難題を受け入れるんじゃなかった――なんてことになるのだろうか。そして、言ってしまった手前、簡単に断ることなんて出来なくなって……、最終的にそれが不味いと思ったときにはもう手遅れになってしまっている。そういうパターンは案外良くあることだったりするのだ。
「おれは、出来ることなら危ない橋は渡りたくない人間なんでな。石橋を叩いて渡る……なんて昔の言葉があるけれど、おれは多分その場面に出会したら、叩きすぎて割っちまうんじゃねえか、って思うんだ。それぐらい、慎重にやらないと気が済まねえんだよ」
意外だ。もっと大胆に行くと思っていたけれど……。まあ、人は見た目に寄らないとは聞いたことがあるし、実際そういうことなのかもしれないな。
「聞こえているぞ、その独り言……。というか、どうにかならないのかね、それ? 今日初めて出会ったばかりだが……、何というか話が長すぎてマッチする人が居ないような気がするけれどな。あんた、良くこいつとつるんでいられるな。昔何かあったのかい?」
それを今言うかね。ただまあ、リッキーがどうしても聞きたいというのなら、答えてあげても構わない。あれはそう、十年ぐらい昔の話だったかと思うけれど――。
「今過去編を始めたら、何万文字あっても足りなくなるわよ……。それは一先ずプネウマちゃんのことが解決してからにしましょう? そんなこと、きっとあんまり望んでいる人は居ないでしょうから。わたしだって望んでいない訳だし」
そうかな。意外と気になる人は居ると思うぞ。ぼくは喋り足りないから、出来ればこのままずっと話し続けていたいのだけれどね。
「そうしたいのは山々だけれどな」
ん? リッキーがいきなり声をあげた。いったいどうしたというのだろうか――ぼくはそう思って、周囲を見渡す。
気がつくと、ぼく達のテーブルの前に、一人の男が立っていた。客……だろうか。いつの間に入ってきたのだろう。感じからするとマスターであるヒーニアスも気づいていないようだったらしく、慌てて立ち上がっていた。
「い、いらっしゃいませ……! お好きな席に座ってね」
ちょっとだけ緊張しているような気がするけれど、実際は違うよな?
とまあ、そんなことを思っていたのだけれど、男は見事にそれを無視。そんでもって、ぼく達を一瞥して――何かを考えているようだった。
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