第30話 休憩と計画 Intermission. 09

 別にそんなこと一言も言っていないだろうが。自意識過剰にも程がある。ただ、強いて言うならば、やっぱりそういうことを考えるのは経営者としては十二分なことなのかもしれないな。流石にヒーニアスはお客さんの前で悠々自適にコーヒーを飲むことはしないだろうけれど、もしそれをして自分の頼んだ物が出て来てなかったら、人によっては嫌悪感を抱くのは間違いないと思う。自分の物が来ていないのに、どうしてマスターはコーヒーを飲めているんだ――まあ、理論としてはおかしくないけれど、ヒーニアスからしてみれば上手く抽出出来なかったコーヒーの出来損ないを飲んでいる訳だから、それをお客さんに出すのは間違っている、という考えなのだと思う。とはいえ、お客さんがそんな考えを張り巡らせるかというとそうではない訳で――誰だって他人のことを考えない。大抵は自分ファーストで考えるのが普通なのだ――だったら、それを起こさない方が良いということになるのだ。仮にヒーニアスがお客さんの前でコーヒーを飲んでいて、そのお客さんが初めてのお客さんで、ヒーニアスの言葉をまともに聞き入れてくれなかったとしたら――、答えは火を見るよりも明らかだ。普通にそこで終わってくれるかというとそうではなく、そのお客さんが持つネットワークに伝播してしまうのだ。

 そうなってしまったら、ヒーニアスの信用は地に落ちる。人間の噂なんてのは尾鰭が付いていくもので、気がつくとそんなことはやっていないのにやっていた風に噂が脚色されてしまうことだってあるのだ。

 だったら、最初から波風を立てない方が良い――なんて思うのだけれど、まあ、多分ヒーニアスのことだから、常連以外の前では気を抜いてこんなことはしないのだと思う。こう見えて根は真面目だ。


「……最後の一言が余計だと思うのだけれど? ライトちゃん、普通に擁護するかと思いきや最後に棘棘しい一発ぶちかますからねえ……。味方と思って殿を任せていたら後ろから切り込まれたみたいな、そんな感じよね」


 ……つまりそれって、信用されていないってことだよな?


「そりゃあ、あんたのことをはなから信用する人なんて居ないでしょうけれど……、でも長年付き合っている人はそういうこと冗談で口にするってもんよ。ほんとうに信用していなかったら言わないでしょう、そんなこと。だってそれこそ刺されかねないんだから。それも滅多刺し」


 しねえよ。なに人を凶悪殺人犯みたいに仕立て上げようとしているんだよ。普通に考えて怒ることはあるだろうけれど、それで人を傷付けたりはしないよ。言葉のナイフで突き刺すことはあるかもしれないけれど、それは偶然であって必然ではなく、故意でも何でもない。結果的にそうなっただけのことで、ぼくは全然悪くない。それだけは理解してもらいたいものだね。


「理解も何も、あんたサイコパスの素質あるからね……。受けたことないんでしょうけれど、もしそういう試験を受けたら百点満点中百二十点取れるんじゃない?」


 それは無理だな。満点が百点なら、どう足掻いても百点しか取れないからな。試験官と蜜月の関係なら追加で得点があるかもしれないが、そんなことは有り得ないし。


「そういうまともに解釈しないから、サイコパスって言われるんでしょうが……。まあ、ずっと付き合っているからもう慣れっこだけれど。あんた、初めて出会った人とどうやってコミュニケーション取っているの? 不思議で仕方ないのだけれど」


 別にわざわざコミュニケーションを取らなくても良いんじゃないか? 確かに、人間として生きている以上、初対面の人とコミュニケーションを取る機会は出てくる訳だけれど……、それについては別段気にしていないしな。ぼくが気にしなければそれで良いんだよ。ただまあ、話が長過ぎるのでもう少しコンパクトでお願いしますと言われることは五回中四回ぐらいはあるかな。


「問題有りじゃないのよ……。八割の確率で話し相手が不満を持っているって相当な高確率よ? ってか、残りの一人はそんな長話を気にしないってことよね……。それはそれで会ってみたいような気がするけれど、その人間実在するんでしょうね?」


 実在しなかったら、それこそぼくは精神を病んでいるじゃないか……。それともイマジナリーフレンドか何かだと思ったのか? ぼくの頭の中に居る、ぼくだけしか認知しない存在。カッコ良く聞こえるかもしれないけれど、良く考えてみると、周囲から見れば不審がられる訳で。だって自分には認知出来ない存在と、その人は延々会話しているんだぞ。イマジナリーフレンドが視界に影響を与えてくるのかは、実際にイマジナリーフレンドが居ないから分からないけれど、もしそういう影響もあるのだとしたら、透明な存在と会話をしているということになる。テレパシーを使って会話出来る訳がないからな。自ずと声を出して会話をすることになるのだろうし。筆談が通用すれば良いけれど、通用するのかね、イマジナリーフレンドには。


「そんなこと言われても分からないわよ、わたしだってイマジナリーフレンドは居ないのだし……。ただ、言えるとしたらその人は相当気味が悪いわよね。もしそういう人に出会ったら通院をオススメするわ。もちろん診療科は精神科よね。昔は……というか今もそうだけれど、精神科ってかなり悪いイメージを抱かれていたのよね。だから敢えてメンタルクリニックなんて柔らかい言葉で――ほんとうにそれだけで柔らかいのかは分からないけれど――表現しているケースだってある。それに普通の病院に比べると雰囲気も違うらしいわね。なにせ見た目からはまったく判別出来ない。寧ろ健康体に見えるんですから。そんな人達が大量に待合室で待っている。ただし、その雰囲気はやはり鬱屈となっている。どの原因は定かではないけれど……、皆ストレスを抱えて病気になってしまった。何かの本で読んだけれど、心も風邪を引くんですって。それを治すのが精神科って訳よね。でもカウンセリングだけで終わる病院もあるみたいで、そういう病院は薬を大量に出して薬局と結託してお金をせしめるなんてあるらしいけれど……、何処までほんとうなのかしらね?」


 知らねえよ。確かにそんなことは風の噂で聞いたことあるけれど……。ほんとうにそんなヤブ医者居るのかね? ただ見た目で判別出来ないから、そういうヤブ医者が出来やすいんだろうな。薬に溺れるというのも……、あんまり考えたくはないけれどほんとうに治るやり方なのかね。ってことは症状に効くかどうかも分からない薬を処方されているのに、医者に処方されたからと言って疑いもせずに飲むんだろうな……。

 気付いた時にはもう手遅れ。

 薬漬けの、社会復帰不可能な存在の出来上がり。

 全員が全員そういう医者ではないだろうし、中では薬に頼らずに治そうとする医者も居るのだろうけれど、そういう医者が悪目立ちするのもあるんだろうな。精神科のイメージが悪くなっているのって。

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