第29話 休憩と計画 Intermission. 08

「別に今ここで落ちこぼれだのどうのこうの言うことはしなくて良いと思うのだけれど……、で、何か良いアイディアでもあるのかしら。学校一の落ちこぼれさん」

「気にしていないなら言うんじゃねえよ。……プネウマが言った『そら』って文字通りの意味かどうかが議論を重ねるべきポイントになってくるのだろうけれど……、ぼくはそれを文字通りの意味として捉えた。つまり、プネウマが見た景色は『空』だったんだよ」


 プネウマが落ちてきた――ぼくの部屋の頭上にあったのは、上層街のために設置されている天井だ。

 ということは、彼女が落下したのは何か外的要因によるものであると推察出来る。つまり、ぼくの部屋の頭上まで何者かが運んできたと考えるのが自然だが……。


「それが、何であるかなんて……わたし達には到底見当もつかないわよ。かつてはヘリコプターとか飛行機といった乗り物があって、人間は自由に空を飛べることも出来たようだけれど、この時代じゃ用済み。残されているのは、それこそ上層街の人間がお遊びで使うようなちゃっちいものだらけ。……尤も、上層街で出回っている以上、ちゃんとした代物ではあるのでしょうけれど、飛行機やヘリコプターと比べたら……って話ね」


 補足どうも。それぐらい言わなくても承知しているって。だからまあ、要するに上層街の人間が飛行機……もとい飛行できる装置でそこまで運んだってことになろうけれど、問題は生じてくる。簡単に問題って消えないんだよな。やっぱり何か連鎖的に舞い込んでくる訳で、問題が解決したら次の問題が浮上してくるのは、割と自然なことでもあったりする。


「その飛行できる装置を持っているのって……かなり限定されるわよね。それこそ、政府関係者でもない限り……」

「何か、面倒臭そうな話をしているようね」


 そう言ったのはヒーニアスだった。今度はマグカップ二つとパフェの容器を持ってきた。ココアとホットコーヒーだ。パフェとココアはプネウマの前に置かれる。プネウマがそれを見てキラキラと輝いた笑顔を見せていた。眩しい。太陽かあんたは。

 パフェはというと……、様々な果物が綺麗にカットされていて盛り付けられているだけではなく、その中にはアイスクリームやスポンジケーキにムースにコーヒーゼリーまで入っているようだった。ガラスの容器だから底まで見えるようになっている訳だけれど、パフェのこの断層を見るだけで嬉しくなる人も出てくる訳だから、こういう容器を開発した人は天才だよな。何かしらの賞が与えられる気がする。何の賞かは具体的には言えないけれど、何かこう……世の中に貢献した賞だと思う。


「何よその不確定要素バリバリの賞……。ともかく、意見は別として、そのパフェの容器についてはわたしも同意するわ。あの綺麗な断層を見せるために開発された、と言っても過言ではないでしょうしね。……それにしてもヒーニアスさん、ほんとうにこれ独学なんですよね? 何処かで学んだとかそういう訳じゃ」

「何処でパフェの盛り付け方やコーヒーの入れ方を学ぶって言うのよ。独学に決まっているじゃない」


 確かに、そりゃそうだよな……。一応職業訓練が出来る施設はあるけれど、そこでコーヒーの入れ方とかパフェの盛り付け方とかケーキの作り方とかをピンポイントで教えてくれるような施設はないと思う。調理師の職業訓練はあったはずだから、そこで学べば調理の基本は学べると思うけれど、多分スイーツに関しては門外漢だと思うし。


「スイーツは元々好きだったけれど……食べるの専門だったところもあったのよね。それで、色々あって気がついたらお店を開くことになっていたのよ、うふふ」


 色々って何だ、色々って。そこが一番はぐらかさずに言うべきポイントじゃないのか……。ただまあ、言いたくないのなら仕方ない。プライバシーというのは守らないといけないしな。それについてとやかく言うつもりもないし、言ったところでこちらにメリットなんてありゃしない。騒ぎ立てても無駄なら、駄目だって話だ。ええと、何て言うんだったかなこういうの。押して駄目なら引いてみろ?


「遠からず近からずみたいな解答ね……。しかし、結局の所それが正しいのかもしれないわね。実際、わたし達のような人間からしてみれば、専門家になることは難しい話だけれど、しかしてそれが実現するのが難しいからと言って最初から諦めちゃそれは駄目だと思わない? 何事も先ずは一歩が大事ということよね。宝くじだって買わないと当たらないんですから」


 それとこれとは話が違うような気がするけれど――しかし、言い得て妙とも言えるだろう。物事は簡単に尺度で測れないしな……。尺度と言っても人それぞれ違う訳だし、例えばぼくの考える尺度とメアリの考える尺度を比べてみると、全然違う尺度になってしまうことだって十二分に有り得る訳だ。

 有り得すぎて、例示すらしない。


「……で、そのスイーツはどうなんだ、メアリ? 確か、その見た目からすると……チョコレートケーキ?」

「何でこの特徴的な見た目からチョコレートケーキという答えを導くのよ。何処からどう見てもこれはモンブランじゃない。確か、山という意味の言葉から取られたケーキなんですっけ? ケーキが山のように出来ているから、そのまま山という意味の言葉を付けてしまえ、という昔の人間の価値観って、ごくたまに分からないことがあるわよね。実際、山という意味を付けたところで、ああこれは山だね、なんて言う訳もなく、だったらもっと可愛い名前を付けていれば良いんじゃないかな、って思うのよね。マロンケーキ……とか?」


 それは流石に頓珍漢過ぎる……。確かそのケーキもちゃんと色々考えられてそうなったと思うぞ。岩肌をそのマロンのペーストで再現していて、さらに粉砂糖がかかっているのは山に降り積もる雪をイメージしているとか何とか。それに、モンブランは正確には山じゃなくて白い山。つまり雪山をイメージして作られたものなんだと思う。スチーム・タートルに居る以上、自然の山と対面することは滅多にないのだけれど、写真とか映像で見た限りだと、それを限りなくスイーツに落とし込んでいるのだと思う。ある意味、芸術作品に近いよな。


「まさかそこまでライトちゃんが言ってくれるなんて思いもしなかったわ……。てっきり、スイーツには興味がないものとばかり思っていたから」


 気がつくと、ヒーニアスがいつの間にか入れたコーヒーを飲んで、カウンターの席に腰掛けていた……。何でだよ、ぼく達の注文したコーヒーは時間がかかったのに、どうしてあんたの飲むコーヒーは直ぐ出来上がるんだ。もしかしてストックでもしていたのか?


「ああ、これね……。これのことなら安心しなさい。わたしのお店ではコーヒーをより濃く抽出するために、最初の上澄みをお客さんに提供しないの。でも、それって勿体ないでしょう? だって、上澄みも後から出す液体も同じコーヒーなのだから……。味の濃さや香りの違いはあるけれど、同じ豆から抽出した液体なのだから。だったら、まかないというか、わたしが飲むために取っておこうと思って、こういうタイミングを見計らって飲んでいるって訳。決して、お客さんに出す分をちょろまかしているとかそういう訳じゃないから」

 

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